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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
3軒目 一寸法師に案内された家
59/110

3-11 よろしく

「ミク……上屋敷さんと、友達になってくれませんか?」


 ゲンさんが真面目な顔で美空を見つめている。梁子はハッと顔をあげた。


「ゲンさん……アタシ、それ、ずっと必要ないって思ってた。人に期待して裏切られるくらいなら、最初から誰も信じない方が楽、ってね。いじめられることもないし、自由でいられる……でもゲンさんと出会って、これからもずっと一緒にいたいって思ったら……アタシはゲンさんに心配かけないように、ゲンさん以外の人とも仲良くしないといけないんだろうね、きっと……。上屋敷さんなら、秘密守ってくれそうだし……たぶんなれると思うよ、友達に」

「そうですか……だそうですよ、上屋敷さん?」

「えっと……」


 梁子はゲンさんに振られて、固まってしまった。

 美空の言葉をきいているうちに、なんだか照れてしまったのだ。


 美空は打算的だ。自分とよく似ている。

 梁子が好きになったから友達になるのではなく、あくまでもゲンさんのためだと言い切った。本人が目の前にいるというのに……この潔さである。梁子はそれに好感を持った。

 だから、嬉しかった。

 そんな美空から「友達になれる」と言われて。


 たとえ、美空にとって都合のいい存在でもいい。そんなことは梁子だって同じだった。間取りを入手するため、しかたなくこの家に来て、甲斐甲斐しく世話をしていた。きっかけなどどうだっていい。最終的にそれが「本物」になれば……それでいいのだ。


 特殊な状況下に置かれているもの同士。そういった相手とはめったに遭遇できるものではない。

 梁子はすでに奇跡的に一人、千花という友達ができていた。千花とは屋敷神つながりで知り合った。でも、今、新しく二人目ができようとしている。

 美空はたとえるなら「異形のものつながり」だ。このチャンスは貴重だ。お互いの同意が得られたなら、あとはより確実なものとして残すべきだろう。


 梁子はしょせん、一般人とは友達になれない「変わり者」だ。

 であれば、こうしたつながりを大事にしないといけない。

 

 答えは、ひとつだ。


「ミクと友達になってくれませんか、上屋敷さん」


 再度、ゲンさんの声が胸に響く。

 梁子は大きく息を吸うと満面の笑みを浮かべた。


「はい。こちらこそ。よろしくお願いします!」


 さっと右手を差し出す。

 美空はしばらくそれを見つめていたが、やがてゲンさんに促されてそれに応じた。


「うん、よろしく……上屋敷さん」


 握手した手を振ると、美空はそっぽを向きながら赤面した。

 梁子はそれに満足し、手を離す。


「名字じゃなく、名前でいいですよ」

「えっ……名前? なんだっけ?」

「梁子です。天井のはりという字に、子供の子」

「梁子……」

「はい。ゲンさんも。それでお願いいたします」

「いや、オイラは……梁子さんとお呼びしますよ。了承していただいて、ありがとうございました。梁子さん」

「いえ。じゃあ、さっそく連絡先を交換しますか」

「えっ?」


 梁子は携帯端末を取り出すと、待ち構えた。しかし美空はうろたえるばかりでいっこうに何もしてこない。


「もしかして……携帯持ってないんですか?」

「うん。必要なかったから……家電とパソコンのメルアドはあるよ」

「では、それで。わたしも持ってはいますが、ほとんど使用してませんでしたからね……出されても、実はうまく交換できなかったかもしれません。……あ、今、メモに書きますね」


 あわててアナログ式に切り替える。その後、梁子と美空は無事、それぞれのモバイルとパソコンに登録した。


「あ、そうだ。ひとつ聞いておきたいんだけど」

「はい、なんですか?」

「今日友達ができたって言ってたけど、あれはなんだったの? たしか最初、一人もいないって言ってたよね?」

「ああそれは……千花ちゃんていう……少々特殊な子なんですよ。わたしの遠縁の親戚なんですが……友達ってなんなんでしょうねって質問したら、なんか急に友達になってくれました」

「ああ、それが『千花ちゃん』。なるほどね……少々特殊って、いったい何が特殊なんだい?」

『それは口外できん』


 今まで黙っていたのに、急にまたサラ様が口を開いた。これは警告だ。梁子は説明しそうになっていたのであわてて口をつぐむ。


「いや、それはその……」

「ふーん……」


 美空はジロジロこっちを見ながら、それでも納得いっていない様子だった。仕方ない。どうにかうまくぼかしながら説明するしかないようだ。


「えっと……その、わけあってわたしからは教えられないんですよ。すみません。でも……秘密を共有できる方なら、本人から直接教えてもらえるかもですね。あ、そうだ。今度その三人でどこかお出かけしませんか?」

「えっ! が、外出?! 無理。できないって!」

「ああ、美空さんは、お外ちょっと難しかったですよね……でも、映画館とかならどうです? 人混みの少ない時間帯のレイトショーとかなら、大丈夫じゃないですか?」

「レイトショー? でも……」

「ミク。無理はしなくていいですよ。でも、せっかく梁子さんが誘ってくださったんですから……ね?」

「う、うん……まあ無理だとは思うけど一応、考えてみるよ……」

「ありがとうございます! うわあ、千花ちゃんもリアルな友達いないんで、きっと喜びますよ! うへへへへっ、美空さん、絶対ですよ? ちゃんと考えておいてくださいね!」

「あ、ああ……そいつも友達いないのかよ……。まだ行くとは言ってないけどな。勝手に……すすめるなよ?」


 妙な笑い声をあげる梁子に若干引きながら、美空は残りのアイスティーを飲みはじめた。

 ミルクレープもまだ残っていたので口に運ぶ。


「あ、そうだ。買ってきてくれたカレーだけどね」


 美空はふと思い出したようにつぶやく。


「あ、はい。カレー……」

「一緒に食べないかい?」

「……え?」


 ストックのためと思っていたが、このためだったか。

 梁子はなるほどと得心する。


「はい。じゃあ……お言葉に甘えさせていただきます」


 美空はきっと、梁子と食事をともにしたいと思ってくれていたのだろう。だから、今朝あんな言い方をしたのだ。これは世にいうツンデレというやつだろうか……梁子は思わず笑みがこぼれた。


 そんな美空にはぜひ、久しぶりの湯船を堪能させてあげたい。

 梁子はパクパクと残りのケーキを一気に食べきった。まだお風呂掃除の仕上げが残っているのだ。そろそろお茶は切り上げないといけない。

 ふと、テーブルに置いていた携帯の画面が視界に入る。そこには「小泉美空」という名前と、そのアドレスが表示されていた。梁子はそれを見て心の奥が暖かくなるのを感じた。




「それじゃ、ご馳走さまでした。また連絡しますね」


 数時間後、梁子は玄関先で見送られていた。夕飯を一緒に食べたので、もう9時近くになっている。


「ああ……こっちこそ、色々してくれてありがとうな。特に風呂だけど……湯船に入れるなんて久々だ。感謝するよ」

「今までいったいどうしてたんですか、美空さん……。ああ、いえ、やっぱいいです。訊かない方がいいんでしたよね、たしか……はい」

「何を言ってるんだ? まあいいや、お疲れ。また……来るかい?」

「ええ。そうですね……美空さんが来てほしくなったらいつでも」

「ふん、それはお互い様だよ。あなたが来たくなったら、いつでも来ていいんだ。それがきっと、友達ってことだろうからね。っていってもアタシもよくわかってないけど。たんなる知ったかぶりだ。はは」

「……なるほど。わかりました。その気持ち……注意して意識するようにしておきます。もしそう思ったら、すぐに連絡しますね」

「ああ……ぜひそうしてくれ」

「では、ありがとうございました。ゲンさんも……色々とすみませんでした」

「いいえ。梁子さん、こちらこそありがとうございます。初めはひどい出会い方でしたが……最終的には美空と友達になっていただけて嬉しかったです。帰り、お気をつけて」

「はい。では失礼します……おやすみなさい」


 ゲンさんではなく、美空がゆっくりとドアを閉める。

 梁子は家を離れると、長い一日だったなと思わず振り返った。半日ほどいたが、とても濃密なやりとりを交わしたような気がする。

 梁子は歩きながらうーんと背伸びをした。


「はあ、ちょっと疲れましたね。サラ様……なんか色々と勝手しちゃいましたけど、許して下さいね」

『何を言っておる。だから、わしは特にやめろとは言っておらんだろうが』

「そうでしたっけ?」

『そうだ。基本、梁子の好きにさせておるぞ。どんなくだらないことだろうと、それがどんなに意味のないことだろうとな』

「今回わたしがしたことは……そうだったってことですか?」

『いや? お前のためになったと思うぞ。あとは、この家の間取りを奉納してくれれ、ば……』

「ん? どうしました? サラ様」


 小泉邸から離れていこうとすると、ふいにサラ様の声が強張った。

 梁子は小首をかしげる。なぜ急に黙ってしまったのかと思っていると、急に周囲に結界が張られた。そして、瞬く間にサラ様が目の前に実体化する。


「えっ、サラ様! いったいどうされたんですか?」

『胸くそ悪い……あの置き土産では満足しなかったようだ』

「えっ? 何が? ど、どういうことです」

『辞書の付喪神よ! そこにおるのだろう? 出てこい』


 怒気の籠ったサラ様の声に、梁子はあわててあたりを見回す。すると、振り返った先に見知った赤髪の青年が立っていた。

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