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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
3軒目 一寸法師に案内された家
57/110

3-9 乾杯

 水拭きが終わると、梁子は冷蔵庫に突っ込んでおいたケーキを取り出した。

 スーパーで買ってきた二個入りのミルクレープである。

 梁子はケーキの中ではミルクレープが一番好きだった。これを一枚一枚剥がして食べるのが、またいいのである。食器棚からフォークと小皿を取り出すとトレイの上で盛り付けた。アイスティーも忘れずに用意する。あと、お手拭き代わりのウエットティッシュも。


「デザートまですみません、上屋敷さん」


 それを見たゲンさんが、申し訳なさそうに声をかけてきた。


「いえ。色々買っていたらつい、これにも目が行ってしまいまして……これは完全にわたしが食べたいだけです。美空さんがお好きなものかどうかわかりません……」

「たぶん、好きだと思いますよ」

「そうですか。それなら良かったです。あ、ここに乗っていかれますか? 階段を登るの大変でしょう」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 梁子はゲンさんをトレイに乗せると、二階へ向かった。

 ノックをし、美空の返事があってから中に入る。


「失礼します。掃除がだいたい終わりました。美空さんも少し休憩いたしませんか?」

「……何? ケーキなんて買ってきたの?」

「はい。お嫌いですか?」

「いや、好きだけど」

「じゃあ、一緒に食べましょう」

「ここで?」

「はい。ダメですか? 下で食べましょうか?」

「いや……いいけど。はあ……」


 美空はおおげさにため息をつくと、部屋の角に立て掛けてあった折り畳み机を引っ張ってきて設置した。さっき掃除をしたときに、梁子はめざとく見つけていたのだ。1メートル四方のそれであれば、ここでお茶ができるのではないかと、そして、あわよくばその間にゆっくりとコーナー窓を観察できるのではないかと、そうふんでいたのだ。

 計画通り! 梁子は内心ガッツポーズをとった。


「あのね、これは仕事で使うもんなんだよ。ここでのんびりお茶をするためのもんじゃないの。この部屋で何か食べるのなんて、初めてだよ……」

「そうでしたか……ご迷惑でしたか? 先程、拝見したお人形の服のこととかを色々お伺いするには、こちらでお茶した方がいいかと思いまして」

「ああ、なるほどね。カレーとかを持ってこられたらさすがに困るけど……それならね、商品に臭いがつくこともないだろ。まあいいよ」

「そうですか。じゃ、いただきましょう」


 梁子はウエットティッシュできれいに拭いてから、テーブルにケーキと飲み物を並べた。ゲンさんも、視線が交わしやすいようテーブルの上に移動してもらう。

 梁子はよく冷えた氷なしのアイスティーを手に持つと、姿勢を正して美空と向かい合った。


「美空さん、この度はお家にお招きいただき、ありがとうございました。無事に間取りをすべて拝見させていただきました。つきましては、この貴重な出会いを祝して『乾杯』といたしませんか?」

「えっ? 乾杯? あの……アタシは別に招いてないけどね。これは、ゲンさんが頼んだことで……」

「たとえゲンさんがきっかけだったとしても、こちらの家の主人はあくまで美空さんです。アナタの許可がなければ、こうしてわたしが今ここにいることはありませんよ。ですから……とても感謝しています。ありがとうございます」

「別に……それはいいよ……」

「じゃあ、乾杯しましょう!」

「ええ……? はあ、しょうがないね。じゃあ、乾杯」


 カチン、と美空はすばやく梁子のグラスにぶつけると、ゴクゴクと飲みだした。一気するかと思いきや、半分くらいのところで止まる。


「はあ……喉が乾いてたから、ちょうど良かったよ」

「そうですか。良かったらそちらのケーキもどうぞ」

「……なんでミルクレープ? 普通、苺のショートケーキとか、チョコのケーキじゃないか?」

「そうなんですか? たしかにそっちの種類もありましたけど……美空さんはそっちの方が良かったですか?」

「いや、アタシは別になんでもいいけどさ……」

「つい、自分の好みで選んでしまいました。すみません。でもこうやって食べるのが……」


 そう言うと、梁子は器用に三枚ほどクレープの層をすくい、口の中へと運ぶ。適度な甘さが広がり、至福の笑みがこぼれる。


「好きなんです! ああっ……美味しいっ! ほら、美空さんもどうぞ!」

「あの……上屋敷さん? それ、あんまり人前でやらない方がいいよ」

「どうしてですか? この食べ方が一番美味しいのに!」


 モグモグと手で口元を隠しながら尋ねる。


「いや……まあ、アタシも人のことは言えないけどね。食べ方が綺麗じゃないって……思う人もいるかもしれないし」

「えっ?」


 ガーンと、梁子は後頭部を強く殴られたようになった。

 いつもは家で食べていたから気付かなかったが、まさかこれは……とても恥ずかしい食べ方だったのではないか? 今更ながら他人から指摘されて梁子は愕然となる。


「そ、そんな……すみません。家では父も母も、この食べ方に何も言わなかったものですから……今思えば生暖かい目で見られていたかもしれませんね。不肖、このわたし、家族以外とケーキを食べる機会があまりないものですから……」

「そ、そうなの? 友達とかと食べなかった?」

「はい……学校ではケーキなんて食べませんし……クラスメイトではなく、放課後も遊ぶような友達は……そもそも……」

「やっぱ友達いないってのは、本当だったんだ……」

「はい……」

「普通、誰かが教えてくれるもんだけどね。おかしいかどうかって」

「そうですね……そういうの、なかったですね。今まで」

「はあ……まあ、アタシもそうだけどね。友達なんて、いない」


 美空はグサッとケーキにフォークを突き立てると、そのまま大きく半分に切った。


「あの……どうして、なんですか? ずっと家にいるって聞きましたけど……美空さんには、何があったんですか」

「あなたにそれ話す必要、ある?」

「それは……」

「ミク! オイラに話してくれたじゃないですか! それと同じように、上屋敷さんにも話してください」

「ゲンさん。アタシと友達になってくれってこの人に頼んだみたいだけどね……アタシはまだ、この人のこと信用したわけじゃないんだよ。ゲンさんを見ても驚かないし、間取りを見せてほしいだなんて変なこと言うし。そもそもそれだけのためにこんな……掃除したり、ケーキ買ってきたり……悪い人じゃないってのはわかるけどさ、でも……おかしいだろ! なんなんだよ、いったい!」

「ミク!」

「美空さん……わかりました。話したくないのなら無理にとは言いません。その代わり、わたしの話を聞いてくださいませんか? 信じられないような話をこれからするかもしれませんけど……それが、わたしに友達がいない理由なんです」

「……ど、どういうことだ」

「サラ様、いいですよね?」

『ああ致し方ないな。受け入れられぬようなら、この者の記憶を消すぞ』

「はい」


 急に梁子が何者かに話しかけるのを見て、美空が驚きの表情を浮かべていた。だが梁子は構わずに続ける。


「わたしの家には、代々受け継いでいる守り神様がいまして。名前を『サラ様』といいます。その方は間取りを食べるのが好きでして。ですからわたしは、常に間取りを集め続けるよう仰せつかっています。……あ、ご安心ください。食べるといっても相手方には特に害はございませんよ。その家の『情報』をいただいているにすぎませんので。美空さんも特に変化はありません、その神様のおかげで、我が家はとても安心して暮らせるようになりました。絶大なご加護と、そこそこの富を常に得られるので……誰かに危害を加えられることはほぼありません。一方で……上屋敷家の者は、その恩恵を他の者に奪われぬよう、常に人付き合いには気をつけなければならなくました」

「えっと……よくわからないけど、それって新手の新興宗教か何かか?」

「違います。昔からある、家神、屋敷神などといわれる土地信仰の一種ですよ。うちは少々特殊というだけで……どこかの宗教団体に属しているというわけではありません」

「そう。で? そのせいで、友達がいないってわけなの?」

「はい。友達にいちいちこういった秘密を説明できませんからね……」

「なるほど」

「特に、サラ様のご加護のことは……説明が難しいです。そうだ。試しに美空さん、わたしに何か投げつけてみてくれませんか?」

「はっ? なんで? 急に何言ってるんだよ」

「いいから、やってみてください。不思議なことが起こるはずですから」

「え……?」


 美空は立ち上がり、ベッドの上のぬいぐるみを一つ手に取った。梁子もそれを受けるべく、テーブルから少し離れて立つ。

 あまり勢いのある投げ方ではなかったが、美空はそれを梁子に向かって放った。ぽすっと当たったようになったが、よく見るとまったく梁子に触れないで足元に落ちていく。


「え……なんで……?」

「ご覧になりましたか? 昨日もぬいぐるみを投げられましたが……美空さんはわたしが避けていたように見えていたかもしれませんが、実際は体には一つも当たっていなかったんですよ。それは、サラ様がいたからです。サラ様に守られていたんです」

「さ、サラ様っていったい……」

『わしのことよ』


 美空の疑問に答えるように、サラ様がスッと姿を現した。

 梁子の背中に手をかけて、背後霊のように漂っている。その半透明の姿に、美空は震え上がった。思わずゲンさんにすがりつく。


「ひいいいっ! お、オバケっ!」

『オバケとは失礼な! わしは神だぞ、神!』

「ミク……黙っていようかと思ったんですが、オイラも上屋敷さんに轢かれたときにこの神様を見たんですよ。オイラと衝突したせいで倒れそうになった乗り物が、ふわりと元に戻っていました。不思議な現象だと思いましたが……あれは気のせいじゃなかったんですね」

「ゲンさん……ゲンさんはこのこと知ってたの?」

「はい。でも、ミクが驚くと思って黙ってました」

「そう……。わかったよ。その……ええと、上屋敷さんはその守ってくれる神様のおかげで……友達ができなかった、ってことなんだね?」

「はい、そうです。ご理解いただけたようで助かります」

「はあ……それで、あなたはゲンさんに驚かなかったわけだ。そりゃそうだよね、もっと不思議なもんといつも一緒にいるんだから」


 美空はゲンさんを抱き締めながら、腰をおろした。梁子もぬいぐるみをベッドに戻して、もとの位置に座る。


「こういった不可思議現象が起きたときにいちいち説明するのが面倒くさい、というのと……そんなに公にできないという事情もあって、わたしはずっと、親しい人付き合いをできずにいました。結果、生まれて19年、一度も友達がいたことがありません。わたしと友達になろうという人も、あまりいなかったですね……『友達いらないオーラ』でも出ていたんでしょうか。もしなろうという奇特な人がいたとしても、この秘密を知ったらどう思ったでしょうね。人に言いふらす? 気持ち悪いと距離を置く? わたしにはわかりません。美空さんは……どう思われますか」

「アタシは……」

「いいんですよ。思ったままをおっしゃってくださって」

「アタシだって、ゲンさんっていう不思議な小人と一緒に暮らしているし……言いふらされたら困るよ。それに……無理に理解してもらおうだなんて思わない。だから、その気持ちは、わかるよ……」


 ゲンさんを見つめながら、つぶやく。


「でも、あなたはその神様のせいで作れなかっただけでしょ。アタシは……アタシには、特に理由なんて……なかったんだ。ただ、誰からも必要とされてないって、そう勝手にひとりで思って……他人に期待するのをやめたんだ」

「どうして? それは……ご両親が原因、ですか?」

「そうだね。ずっと家に帰ってこないんだ、あの人たち。電話もあんまりないしね……アタシのことなんて、忘れてるのかもしれない。仕事が忙しすぎて、仕事のことしか考えられなくなって。最初は待ってたよ。早く帰ってこないかなって。でも……待ってても無意味だって気付いた。期待してもむなしくなるだけ。だったら、最初から期待しないほうがいい」

「お友達は? 学校に一人くらいいたでしょう」

「それがね、いなかったよ。アタシは小学校からいじめられてばかりだった。親がいつもいないからね。授業参観だってなんでいないんだって囃し立てられたりした。だから、ずっと、一人だよ。家で人形遊びばかりしていてね。気付いたらこんなにたくさんの『お友達』が出来ていた」


 そう言って、美空は棚の人形たちを見上げる。


『なるほどな。この人形の数は、そういったわけか……』

「お金だけはちゃんと親にもらっていたからね、必要なものは好きなだけ買うことができたよ。それでこの子たちのために服を作ったり……色々してたんだ。そうしたら、だんだんと上手になってきて……いまじゃネットで注文受けるまでになった。ビジネスは期待できる。ちゃんと仕事をしさえすればそれなりの報酬として返ってくるからね。誉められたり、ありがたがられたりすると嬉しいもんさ」

「すごいです……自分でお仕事開業されているのは、本当に尊敬します」

「誉めても何も出ないよ。これも……来週までに納品しないといけないものなんだ」


 美空は立ち上がり、机の上の洋服を手に取る。

 それはフリルのたくさんついた、綺麗なドレスだった。完成に近づいているのか、先程見たときよりもリボンやスパンコールなどが追加され、豪華になっている。


「お上手ですね。そんな小さなものをよく……」

「これだけが取り柄だからね。こうして……ネットだけの関わりで、ずっと一人で生きてこられたんだ。これからも、ずっとそう……そうなると思っていた。でも、ある日ゲンさんが現れた」


 腕の中にいるゲンさんは、そっと美空を見上げている。その瞳には美空しか映っていない。


「人に期待できないアタシでも……ゲンさんにだけは、期待してもいいかなって思えるようになったんだ。ゲンさんには本当に感謝している。今のアタシのよりどころは、このゲンさんだけなんだ……」

「……」


 寂しそうな表情を二人とも浮かべている。梁子はそれがなぜなのかと疑問に思った。 

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