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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
3軒目 一寸法師に案内された家
56/110

3-8 掃除という名の探索

 途中のスーパーや薬局で色々と買い込んでいたら、三時過ぎになってしまった。

 ピンポーンと小泉邸のインターフォンを押す。


「はいはい……ちょっと待って」


 扉が開いて声がしたかと思うと、ゲンさんではなく美空が出てきた。


 寝間着のスウェットではなく、なんと私服姿だ。

 美空の雰囲気ががらりと変わったので梁子は目を見張る。


 青いジーンズにふんわりとした白いチュニックブラウス。ボサボサの髪も長めの前髪を赤いピンで留め、顔の横に三つ編みを一房垂らしていた。髪をそうしているため、顔がはっきり見えるようになっている。

 眼鏡の奥にくりくりっとした大きな目。鼻も高く、唇はうっすらと赤い。おそらく化粧はしていないだろう。ずっと家にいるせいで肌がとても白い。そのため、頬にも赤みが差しているように見える。

 とても可愛らしい顔だちだった。


「もう……お加減はよろしいんですか?」

「ああ、うん。今日はほとんど起きてたよ。おかげさまで……。それより、頼んだのは買ってきてくれた?」

「はい。あ、ついでにお風呂のカビ取り剤なんかも買ってきました。あとで掃除しておきますね」

「……うん」


 美空は口をとがらせると、すぐにそっぽを向いた。

 どうやらお風呂の惨状を知られて恥じたらしい。梁子は微笑ましく思って美空を優しい目で見つめた。


「さっさと入ったら?」

「はい」


 うながされて靴を脱ぐ。リビングに行くと、ゲンさんがいた。だいぶ小綺麗になった空間でトコトコと走り回っている。


「あ、上屋敷さん。いらっしゃったんですね」

「はい……今朝より片付いてますね」

「はい、ミクと二人で頑張りました! 昨日まとめきれなかったゴミとかは、もうほとんど終わりましたよ」

「ありがとうございます。じゃあ、わたしお風呂をカビパックしてから、家全体に掃除機かけますね」

「……カビパック?」

「カビ取り剤を壁にかけたあとにラップしておく方法です。そうすると、すごく綺麗になるんですよ。時間をおいてからまた洗い流すんですが……先にそれをやっておくとその間に色々できます」

「なるほど……効率的ですね、上屋敷さん」

「いえ、家でも大掃除のときとかよくやってたんで。こちらでもそれが役に立って良かったです」

「……」


 美空は所在なさげに梁子とゲンさんの会話を聞いていたが、自分はどうしたらいいかと悩んでいるようだった。それに気付いたゲンさんが、優しく声をかける。


「あとは上屋敷さんにまかせましょう。納期が迫っているのでしょう? 無理ない程度に、ミクは仕事の方をやってください」

「……わかった」

「上屋敷さんは、オイラが見張ってますから。安心してください」

「うん。じゃあ……頼むね。アタシは二階にいるから」

「はい。任せてください!」

「わたしも、またあとでお声かけしますね、美空さん」

「うん。じゃあ、よろしく……」


 美空が二階に戻っていくのを見届けると、梁子はさっそく風呂場に向かった。


 まずは買ってきたカビ取り用洗剤を取りだして、ゴム手袋を装着する。

 入り口にお風呂用のスリッパがあったので、それを履いて浴室内に入った。換気扇の紐を引く。窓も開ける。準備が整うと、さっそく壁や床、浴槽やお風呂の蓋にいたるまでくまなくカビ取り剤を噴霧した。


 すぐに中身が無くなったが、こんなときのために予備を買っておいた。

 梁子は落ち着いてそれと交換し、また全体をまんべんなく泡で覆っていく。特にカビがひどいところにはさらにラップをする。必殺カビパックである。本当は半日ほどこれで放置しておきたいところだが、他の家事のことを考えるとせいぜい3~4時間くらいしかできないと思われた。それでも大半は綺麗になるのでそれで良しとする。


 梁子はさらにアルコール除菌剤を取り出して、納戸にあったクイック●ワイパーの先に噴霧した。これで天井を拭く。何度か往復させるとけっこう汚れが落ちた。


「ふう……」

「すごいですね……人間はこんなもので汚れを落とすのですか」


 梁子が満足げに一息つくと、その様子を眺めていたゲンさんが感心したようにつぶやいた。

 ゲンさんの側にはカビ取り剤の空き容器が転がっている。それを触ろうとしていたので、梁子はあわてて拾い上げた。


「駄目ですよ、ゲンさん! これに触ると皮膚が溶けちゃいますよ。劇物なので離れててください」

「え、そうなんですか? うわ……危ないところでした。いや、どんなにオイラがこすっても落ちなかったものですから、その汚れ……カビ取り剤とやらがどんなものなのかとつい見たくなってしまいました」

「ええと……いろいろとツッコミどころがあるんですけど、まさかこういうのを見たのって初めてですか? 掃除というか……」

「……え? ええ、はい」

「……」

「何か?」

「いえ。ゲンさんが、こちらの家に滞在するようになって、どのくらいでしたっけ。ええと、一ヶ月?」

「はい、それくらいです」

「そうですか……」

「えっ、ですからそれが何か」

「その間……一度も見ていないんですよね。その……美空さんが掃除しているところ。ってことは……いや、止めておきましょう」

「……?」

「こちらの話です。あまり気にしないでください」


 梁子は風呂場を出ると、納戸から掃除機を取り出した。

 まずは一階の廊下から。玄関から突き当たりの階段前まで一気に掃除機をかける。


 続いて廊下右側のリビング・ダイニング。さらに廊下左側の和室。階段のすぐ左の脱衣所。髪の毛だらけの床を綺麗にし、ついでにバスマットも洗濯機に放り込んでおく。階段右のトイレ。そこの床も綺麗にする。トイレマットにも掃除機をかけて、また洗濯機に放り込む。


 洗剤を入れてスイッチオン。

 洗濯機のすぐ上の戸棚にあったこの洗剤は、残り少なかったので詰め替え用を補充しておいた。

 掃除開始からここまででおよそ一時間半である。


「ふう、これでよしっと……」


 洗濯機が回りはじめたのを見て、一息つく。

 そういえば、美空は自分の服は自分で洗濯しておくと今朝言っていたような気がする。あれはいったいどうしたのだろう。脱衣所にあったかごは消えている。たしかあの中には山盛りになっていた服が溢れだすほど入っていたはずだ。洗濯機の中にも無い。ということは……もうすでに干されているのだろうか。


 梁子は廊下に出ると階段に向かった。

 掃除機の本体を持ちあげながら、狭い足場を慎重に上っていく。角にけっこうたまっているホコリを、短いノズルで吸い込んでいく。


『梁子。ほれ、そっちにもあるぞ。そこだ。ああ、もっと上! そうそう……』


 しゃがれ声がいちいち口を出してくる。美空の目がないため、サラ様はいつの間にか実体化していた。

 

「あーもうサラ様、いちいち言わないでくださいよ。わかってますって……」

『そうか? ここは少し暗いからな、わしが教えてやったほうが早いかと思ったのだ。あ、梁子、足場にだけは気を付けろよ。狭いからな、落ちたら大変だ』

「……わかってます」

『こういうのは、上からやったほうがいいんじゃないか。どうして下からやる? 効率的では……』

「だからもう、わかってますってば! ちょっと、黙っててください! 掃除の基本は『上から下』でしょう? でもいいんです。慣れない場所なんで。それこそ落ちて怪我したくないですからね、下から慎重にやっていきます!」

『そ、そうか……』

「そうです!」


 どうもこの守り神は過保護気味でいけない。梁子はびしりと言い切ると、やれやれと首を振った。こころなしかサラ様がしゅんとした気もするが深く気にしないようにする。

 階段を一所懸命に登ってきたゲンさんが同情したように言った。


「なんというか、上屋敷さんの守り神様も大変……ですね。オイラよく分かります」

『……』


 しきりとうなづいているが、梁子はそちらも気にしないようにする。

 掃除機の音を響かせながら二階にあがると、一帖ほどの廊下と三つの扉が見えてきた。

 たしか真ん中の扉は美空の部屋だったはずだ。


 とりあえず、そこは後回しにし、左側の部屋から行くことにした。

 左側一面に、作り付けのクローゼットと中央に大きなベッドがある。おそらくここは夫婦の寝室だろう。ベッドにはホコリ避けのためか白い布がかけられていた。薄いグレーのカーペットが右側の吐き出し窓まで続いている。

 窓の外はベランダのようだった。

 開け放たれたカーテンの向こうに洗濯物が揺れている。美空はここに干したらしい。梁子はこの部屋も一応掃除機をかけておいた。窓際には洗濯物かごが置かれている。あとで取り込まないといけないので、これはここに置いたままにした。


 続いて向かいの右の部屋に入る。

 そこには机が二つと、大きな本棚があった。机とイスの上には同じように白い布がかけられている。本棚には、世界各国のガイドブックや経済や金融に関しての本がびっしりと並んでいた。

 美空の親がどんな職業なのかちょっと見当がつかない。

 梁子はあらかた掃除機をかけると、ようやく美空の部屋をノックした。サラ様はそこでようやく姿を消す。


「はい、どうぞ」


 声がかかり、ドアを開ける。

 美空は作業机でミシンを使っていた。机の前の壁にデザイン画を張り付けて、それと見比べながら布を動かしている。梁子は邪魔にならぬよう、そっとお伺いをたてた。


「あのー、こちらも掃除機をかけたいんですけど。よろしいですか?」

「……いいけど」

「じゃあ、失礼します」


 ウィーンと音をたてながら端っこの方をやっていく。

 手を動かしながらさりげなく部屋を見回すと、入ってすぐ右手にクローゼットがあった。目の前には相変わらずファンシーなもので溢れかえっているベッド。その向こうには右奥に例のコーナー窓があり、ベッドと机の間辺りの壁には普通の出窓がある。

 机より手前の壁には巨大な棚。美空の作品を陳列するところだろう。上の方には大小様々な人形が色とりどりの服を身にまとって並んでいる。下の方には色んな布やリボンなどの素材。


「あの、美空さんすみません。イスの下、よろしいでしょうか……?」


 最後に美空のところに行く。

 梁子はおそるおそる声をかけた。作業中の美空はこちらを一瞬睨んだが、しぶしぶといった様子で腰をあげる。 その間にササッと終わらせる。


「ありがとうございました。では、またあとで来ます。あ……」

「何?」


 去り際、梁子が足を止めた。

 視線を受けた美空が振り向く。梁子の目は一点を見つめていた。それは美空が製作していた人形の服だ。


「すごい! とっても綺麗なドレス……細かい……なんて丁寧な作りなんでしょう!」

「えっ? ちょ、ちょっと、見ないでよ!」

「いいじゃないですか、ちょっとだけ見せてくださいよ! うわあ、素敵。これ、千花ちゃんが着ている服みたいですねえ……」

「ち、チカちゃん?」


 疑問に思った美空が訪ねると、梁子は少し照れながら言った。


「はい。わたしの……唯一の友人です。つい最近できたんですけどね。というか、今日できました」

「はっ? 今日……え、どういうこと?」

「うーん、話せば長くなるんですけどね……あ、そうだ。スイーツも買ってきたんです。あとでそれお持ちしますね。お茶でも飲みながらごゆっくりお話ししましょう。それじゃ、お邪魔しました!」

「え、ちょっと……」


 美空の引き留める声も聞かず、梁子はさっさと部屋を出ていってしまった。トコトコと後からゲンさんがついていく。


「上屋敷さん……お友達いたんですね。前はいないって言ってませんでした?」

「ええ。自分なりに色々動いた結果……ですね。ようやく一人できました。美空さんともお友達になれるといいですが……さて。廊下とリビングを水拭きしたらお茶にしましょうか」


 梁子はコンセントから掃除機のコードを引き抜くと、階段を下りていった。

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