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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
3軒目 一寸法師に案内された家
53/110

3-5 寝覚めの良い朝

 ピピピ、ピピピ、と規則正しいアラーム音が部屋に鳴り響く。

 梁子は枕元の携帯端末を引き寄せると、OFFにして起き上がった。手早く服を着替えて一階に行く。顔も洗って、メイクを済ませ、キッチンに向かう。


 母親のゆかはまだいなかった。

 ゆかはいつも7時頃に起きてくるのだが、現在はまだ6時10分。あらかじめ言っておいたら朝食を用意してくれていたかもしれないが、昨夜は帰ってきたのも遅かったので梁子は頼みそびれてしまった。

 いや、違う。

 きっとあえて頼まなかったのだ。

 美空は今日も一人だ。ゲンさんという存在はいるが、食事はきっと……そう思うと梁子は自分の恵まれ過ぎた環境にやりきれなくなる。


「はあ……トーストでいいか」


 冷蔵庫から食パンを出して、トースターに入れる。焼き上がる間に、瞬間湯沸し器に水を入れてコーヒーの準備をする。

 

 これから美空の家に行くが、ついでに朝御飯を買っていってあげた方がいいかもしれない。

 昨日のお粥は食べてもらえただろうか。

 薬は……? 熱は下がっただろうか。


 そんなことを考えていると、キッチンにゆかがやってきた。


「あら、梁子さん。今朝は早いですね」

「はい。おはようございます母さん」

「大学ですか? それとも……」

「間取り関係です」

「やっぱり。昨夜もそうだったんですね?」

「はい。すいません、遅くなりまして」

「サラ様が憑いていらっしゃるから大丈夫だとは思っていますけれど……それでもあなたは上屋敷家の大事な一人娘です。あまり遅くまで出歩くと……わたくし心配になりますよ?」

「すみません。あの……母さん」

「なんですか?」


 梁子はマグカップにインスタントコーヒーの粉末を入れながら言った。


「今、お伺いしているお宅なんですが……そこの住人が、わたしと同い年くらいの女性なんです。独りで一軒家に住まわれていて……ご両親はずっと海外で働いていて……。そんな状況で親は心配じゃないんでしょうか」

「……」

「母さんは、ずっと一緒にいてくれて、こうしてわたしを心配してくれますよね。でも……そうじゃない家庭もあって……わたしにはそれが、よくわかりません。彼女は……とても寂しそうでした」

「梁子さん、子供のことを心配しない親なんて……いませんよ。もしかしたら梁子さんの思うように『ひどい親』かもしれません。でも、どうしても離れて暮らさなければならない『事情』があるのかもしれません。本当のことなんて、誰にもわからないのですよ。だったら外野は勝手な判断をしてはいけません。もし、梁子さんがその方に何かできるのだとしたら、その方の寂しさを少しでも和らげてあげられたらいいですね」

「寂しさを? そう……ですね」

「ええ。そこまで考えられてるなんて……珍しい。いつもは間取りを得られれば、はい、それまでと終わりにされてきたではないですか? いったいどういう風の吹き回しです」


 梁子はお湯が沸いたので、マグカップに注ぐ。


「どういうも何も……今回も間取りを教えていただいたら、速やかに引きあげるつもりですよ。あくまでビジネスライクに、強い繋がりは上屋敷家のためになりませんから。でも……そこの家の人に言われたんです。友達になってくれませんかって……。友達って、どういうことを相手にしたり、思ったりするもんなんでしょう? 今それを考えています」

「あらまあ、それはまた……うふふふ」

「な、なんですか?!」


 焼き上がった食パンにマーガリンを塗りたくりながら、梁子は含み笑いをするゆかを睨んだ。


「いえいえ。お友達なんて、もっと珍しいなと思いましてね。良いことです。色々と考えられたらいいのではないですか? どうすればお友達になれるのか。わたくしも友人は少ないですけどね。強いて言うなら……利益を考えない、ということでしょうか」

「利益を……ですか? 間取り収集とは真逆の考えですね……。たとえばですが、もし相手がこの上屋敷家の財産を寄越せと言ったら、言われるままそっくり渡すということですか?」

「まあ……相手がそれだけ大切な存在でしたらね」

「ありえません。それが『友達』だとしたら、損しかないではないですか」

「まあ、それを損と思うかどうかが友達だと言える境ではないでしょうか。相手もそれを必ず要求するわけではないですからね……しかし、男の方といい、お友達といい、梁子さんはずいぶんとこう……成長されたのですね。なんだかわたくし感慨深いですわ」

「あの……母さん、色々と誤解されているようですけど、わたしは……」

「梁子! 父さんだってな! お前の成長は嬉しくもあり! 寂しくも!」


 ちゃんと説明しようとした梁子だったが、急に物陰から出てきた父親の大黒に遮られてしまった。

 一方の大黒は、喋ろうとする口をゆかの両手によって塞がれている。


「さっ、大黒さん、お食事にいたしましょうね~」

「モガモガ……」

「あの……母さん、父さん……」


 強引にダイニングテーブルに誘導し席に座らせると、ゆかは大黒の目をじっと見つめた。まだ何かを言いたそうだった大黒はごくりと唾を飲み込む。

 梁子は呆れながらトーストを一口かじった。


 いつもの光景だ。でも、これはすごく幸せなことなのかもしれない。両親がいて食事を共にできるということは……。台所でコーヒーをすすりながら思う。当たり前すぎて気づかなかったが、これは少なくとも「寂しい」とは思わない生活だ。ときどきうっとおしく思ったり、一人でいたいと思うこともある。でも、この生活を不幸だと感じたことは一度もない。

 もしかして、美空もそうなのだろうか。

 現状を幸せと思えれば、何も卑屈になることはない。だとすれば、自分が美空の境遇を可哀想に思うのは間違っている。


 ゆかが言った通り、本当のことなんて誰にもわからないのかもしれない。

 本人が自由を満喫してるだけの場合もある。

 何が幸せかなんてその人次第だ。だったら思い込みで決めつけずに、自分はできることだけをしよう。それが相手にどう思われるかは、それもまた相手次第だ。


「ごちそうさま」


 梁子は食べ終わると、食器を流しに入れた。

 洗い物はゆかがいるので任せる。こうして甘えられるのも、いつまでだろうか。


「梁子」


 ゆかの顔色を窺いながら、大黒がおそるおそる声をかけてきた。


「なんですか、父さん」

「いや……その……この間、奉納した間取りを見た。あれはなんというか……特殊な家だったな。化けタヌキがいたとは……。今はその……なんだ、次の目星はついているのか」

「はい。これから、そのお宅に行きます。そのために早起きしたんです。そのお家は少し汚れているので、お片付けやらお掃除をお手伝いする代わりに間取りを教えてもらえることになってます」

「そうか。で……どんな家なんだ?」

「ええと、珍しいコーナー窓がある家ですね」

「コーナー窓! それは是非父さんも見てみたいな。そうか、色々と大変だろうが、頑張れよ梁子。応援しているぞ!」

「父さんは……ただ間取りを見たいだけでしょう」

「いや、まあ、そうだが……一応父親として娘をだな……!」

「父さん? 父さんも新しい間取り奉納してくださいよ? 最近またお仕事の方が忙しいのかもしれませんけどね……」

「ああ、わかっている。だが……うちのお客さんのはその……まだ住む前だからな。いくら手元に間取りがたくさんあったとしても、歴史がないものは奉納できんのだ。済まん。リフォームの仕事が入れば、そっちはゲットできるんだが……それもなかなか……許してくれ、梁子。俺よりも自由度の高い、お前に頼む!」

「まあまだそんな一年以上奉納期間が開いてないから、焦ってはいないっていうか……いいんですけどね。とりあえず、わかりました」

「ああ、頼むぞ梁子!」

「はあ……」


 実質、ここ数年で奉納する比率は大黒よりも梁子の方が多くなっていた。

 梁子は高校にあがってから、アルバイトをしながら地道に目星をつけた家主たちとコンタクトをとっていた。現在はピザ屋に落ち着いているが、それまでは新聞配達やポスティングをしたりと職を転々としてきたのだ。間取り入手と仕事の両立は難しく、結局アルバイト先に迷惑をかけてしまったりして長く続かなかった。今の勤め先はわりと「もって」いる方だが、それもいつまで続けられるかわからない。


 最近は父親の大黒が多忙になってきて、なかなか間取りの方に着手できてないようだった。

 大黒の経営する建設会社は、注文住宅から、分譲住宅、マンションやビルの建設など幅広く請け負っている。リフォームの部門もあるが、主な仕事は一から作る新築だ。先ほども言っていたように、大黒は社長という立場もあり、リフォームの仕事にはそれほど携われていないのかもしれない。


 こういった事情から、最近は梁子に過度な期待が寄せられつつあった。まだまだ学生の身分だというのに、酷なものである。でもそれは、いずれ自分がこの家を背負って立つのだからいい予行練習になるか、と割りきってもいた。とはいえ、また体よく頼まれてしまったなと梁子は苦笑いを浮かべる。


「じゃあ、行ってきます」


 そう言ってリビングを出ようとすると、両親の元気な声が後ろから返ってきた。


「ああ、行ってらっしゃい、梁子」

「行ってらっしゃい、梁子さん」


 笑顔で見送られて、今度はちゃんと清々しい顔になる。

 梁子は廊下を進むと、中庭に出た。お堂に向かって大きく一歩を踏み出す。苔むした中庭の真ん中に、一本だけ通る渡り廊下。

 今日は一日、忙しくなりそうだ。

 サラ様にも色々付き合わせてしまうなと思いながら、梁子は朝の空気を胸一杯に吸い込んだ。

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