3-4 梁子の作ったお粥
後半、美空たち視点です。
「トモダチ……ですか?」
「はい。ミクと友達になってくれませんか? お願いします!」
梁子の足元で、小人は必死に頼み込んでいる。
梁子はトモダチという言葉にうろたえた。
「あの、トモダチって、友達のことですか? ななな、なんで……?」
「ミクは、ずっとこの家で独りなんです。オイラと出会う前からずっと……ミクはこれでいいんだって言ってましたけど、オイラは心配なんです。こうしてミクが倒れても、オイラは何もできない。ミクの両親だってずっと遠いところにいる。だから……ミクの側でいつも気にかけてくれる人間がいれば……!」
「ゲンさん。ストップ」
「ミク……!」
声がした方を見ると、グレーのスウェットを着た美空がリビングの入り口に立っていた。
セミロングの黒髪が乱れている。寝ているときはよく判らなかったが、ゆったりとした服の下で梁子に負けず劣らずの大きな胸が主張していた。
美空は、暗い赤色の眼鏡をくいっとあげて、こちらを睨み付けている。
ゲンさんは困ったような表情を浮かべた。
「心配してくれるのはありがたいんだけどサ、そういうの、アタシはいいんだよ。ピザ屋さん、あなたもそこで何をしているのかな? アタシはピザを頼んだはずだけど」
「……」
梁子は黙って出来上がったお粥をレンジから取り出す。
そして、キッチンのお盆の上に置く。
「さっきも言いましたけど……ピザは消化が良くないと思いますよ。だから……代わりにお粥を買ってきました。あと、解熱剤も。良かったら服用してください」
「何、勝手なことしてるの? そんなの頼んでないよアタシ」
キッと鋭い目が向けられる。
梁子は申し訳なさそうに言った。
「すみません。でも、このまま放っておけなくて……」
「キッチンも、なんか片付いてるんだけど。いったいどういうこと? まさか何か盗んだんじゃないだろうね」
「それは、そこのゲンさんという方に聞いてください。ずっとわたしの行動をご覧になってましたから。怪しい行動をしていたらすぐにわかるでしょう」
「……どういうこと? ゲンさん」
「ミク、これは……オイラが頼んだことなんです。そんなに怒らないでください」
「……はあ。アタシは……何もいらないのに……ゲンさんがいればそれだけで……」
「ミク……!」
力なく座り込んだ美空に、ゲンさんが走り寄る。
梁子も美空の側に行った。
「美空さん、とお呼びしていいですか? 明日の朝、また来ます。ゴミを出さないといけませんからね。それと、お粥は食べられるだけでいいですから」
「な、なに……? ちょっと、アタシの話きいてたの? そういうのいらないんだって!」
「うーん。アナタの頼みじゃなく、そちらの……ゲンさんからのご依頼ですからね。それに、どちらかというとわたしがやりたいだけかもしれません。一度片付け始めたら、最後までやりたくなったりしませんか? 今のわたしがそれです。なんかスイッチ入っちゃいました」
「はあ?」
「わたし、友達いないんですよ。美空さんもですか? ゲンさんにお願いされたんですけど、わたし、アナタと友達になれるかどうかはわかりません。それでも、美空さんが元気になるまでこの家に来てもいいですか?」
「あの……え? ちょっと……」
「はい、お願いします! いやあ、助かります……オイラ本当にありがたいです!」
「そうですか。じゃ、明日の朝、7時頃にまた来ますね。わたし大井住学園の大学に通っているんですが、学校終わったらまた来ます。その時必要な……」
「ちょ、ちょっと待ったああ!」
梁子とゲンさんの間で勝手に話が進んでいくので、美空がついに大声をあげる。
体力がないのに無理をしたものだから、肩でぜいぜいと息をした。
梁子とゲンさんはそれにキョトンとした顔を向ける。
「なんですか?」
「どうしました、ミク」
「どうしました、じゃ、ないっ! なんっで、そういうことになるんだよ! ここはアタシの家だ。勝手に入ってくるなっ! 警察呼ぶぞ、警察!」
「ええ……? そんなことするなら、こっちにも考えがありますよ。ゲンさんの存在が公になってもいいんですか? 美空さん」
「なっ、あ、アタシを脅す気かっ! だったら、こっちだって。小動物を轢いたって通報するぞっ!」
「なんの小動物ですか? 証拠がないと、警察も動かないと思いますけど……そのときもゲンさんがポイントになりますよね?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
美空は拳を握りしめて睨んでくる。
梁子はふふんと鼻で笑った。
間取りを得るためならば、いかなる手段でもとる。その覚悟で臨んだ。これで折れてくれればいいのだが、果たして美空はどう出るだろうか。
美空は梁子を見上げるような格好だったが、ふとひとつの疑問を口にした。
「なんで、そこまでする……? いくらゲンさんの頼みだって言っても、ちょっとおかしいんじゃないか。詐欺師かなんかなのか? いったい何が狙いだ」
「……」
核心をつかれて、梁子は目を見開いた。
サラ様も感心したように声をあげる。
『ほう、この娘……本質を見極められるようだな。これはちょっとやそっとでは誤魔化しきれぬようだぞ、梁子』
「ええ。そうみたいですね……。では本音を言いましょうか、美空さん」
「本音? なんだ、何を企んでる?」
「わたしは……アナタの家の間取りを知りたいんです。教えてくれませんか?」
「は? ま、間取り?」
美空とゲンさんは一瞬ぽかんとした顔になる。
「ええ、そうです。わたし、理由あっていろんなお宅の間取りを集めているんです。さすがにただでとは言いません。ギブアンドテイク。美空さんの看病やお家のお掃除のついでに、家の中を拝見させていただけないでしょうか。どうです? お互いメリットありますし、いいご提案だと思いますが」
「な、なんだそりゃ……何考えてるんだいったい」
「まあ、オイラはミクのためになるなら別に構わないですけど……。ミク。この人、変な人かもしれませんけど、でも悪い人じゃないですよ。家も汚くなってきたことだし……ちょうどいいんじゃないですか? オイラがこの人の行動を常に見張ってますから。ちょっと頼んでみませんか?」
「うーん……ゲンさんがそう言うなら……って、でもやっぱりすごい怪しいよ……!」
「そう思われるのも当然ですね。もしわたしがアナタたちの立場でも、同じように不審に思うでしょう。わたしのライフワークは少し特殊ですからね……理解されないのは仕方ありません」
「少し……? いや、だいぶ変わってるけどね……」
苦笑いし続ける美空に、梁子は優しく言い聞かす。
それが普通の反応です、とーー。
常軌を逸したお願いではあったが、どうやら受け入れてもらえたようだった。
明日から暇を見つけてはこの家に通おう。そう思って、梁子はそろそろ帰ることにする。
「じゃあ、美空さん、ゲンさん。今日はこれで。ゆっくり休んでください。明日、また来ますから」
「あ、ああ……頼んだ覚えはないけどな……。うん、わかったよ……。あ、そうだ。料金いくらだった?」
「え? ああ、お粥と薬代ですか? いいですよ、これは今日お近づきになれた記念でサービスです。それじゃ、おやすみなさい」
「うん、はい。まあ……もう好きにして……よくわかんないけど……」
ぶつぶつ言う美空に一礼してから、リビングを出る。
トコトコとついてきたゲンさんは、明るい声で見送ってくれた。
「ありがとうございます。じゃあ、お気をつけて! 上屋敷さん!」
「ええ。また明日」
梁子は玄関の扉を開けると、小泉邸をあとにした。
***
「なんだったんだ、いったい……本当に変なのと出くわしたね、ゲンさん」
「すみません、ミク……。でもオイラは心配なんですよ。もしオイラがいなくなったりしたらどうするんですか? そうしたら、またミクはひとりぼっちです。そんなのオイラ……心配で心配で……」
梁子がいなくなった小泉邸で、美空とゲンさんは静かに話し合っていた。
「心配してくれるのはありがたいんだけどね、ゲンさん。あなたまでアタシを置いてどっかに行っちゃうの? そりゃあ、ショックだなあ……」
「えっ、いや、あくまでたとえですよ! 当分はここにいますから……」
「でも、いつまでいられるかは分からないんでしょ?」
「はい。オイラ自身、自分がいつまで存在できるのかわかりません。ある日突然消えるかもしれないし、百年ぐらい生きてるかもしれません。なにしろ、他の仲間に会ったことがないですからね。それにオイラ、いつ生まれたのかもわからないですし……」
「小さいおっさんね……本当にいるとは思わなかったけど。でも素敵な姿をしているよね」
「えっ、そ、そうですか?」
「うん」
美空はかがむと、ゲンさんを手に乗せる。
うっとりとした目で見つめられて、ゲンさんは恥ずかしげに頭をかいた。
「アタシ、年上のオジサマが好きなんだよ。枯れ専ってやつ。そんでもって人形も昔から好きなんだ。だからゲンさんはまさに理想。このサイズのオジサマなんて、本当に素敵だよ!」
「はは、ありがとうございます。なんだか、照れますね……」
「アタシ、お父さんとあんまり会ったことないからさ……もしかしたらファザコンこじらせてるだけなのかもしれない。昔っから、テレビドラマでも小説でも、漫画でも……年上のダンディな人が好きなんだ。でも、ゲンさんは、見た目はオジサンでも年上じゃないかもしれないんだよね?」
「はい。そんなに長い記憶がないので、生まれてからたぶん三年くらいしか経ってないと思います」
「そう。でも、とにかくアタシはこの姿のゲンさんが好きだよ。できればずっと側にいてほしいね」
「はい、オイラもできたらずっと、ミクの側にいてあげたいです」
二人は見つめ合うとにっこりと笑った。
「あ、そうだ。せっかく買ってきてくれたんだ。あのお粥もらおうかね」
「ええ、早く食べてください、ミク」
「どれどれ……」
キッチンの上のお盆に乗っているお粥をひとさじすくって食べる。
ほんわりと広がる優しい味と暖かさに、美空はほろりと涙を流した。
「あれ……なんで……」
「ミク?」
もうひとさじ口に入れる。
なんの変鉄もない、ただの梅味だ。
でも、なぜか涙が止まらない。美空の異変に、ゲンさんが心配そうに見上げる。
「おかしいな……これ、たぶん既製品だろ? チンしただけ……なのに……」
「ミク、大丈夫ですか?」
「うん、ああ……そうか。たぶん……久しぶりに他人に作ってもらったからかもしれない……ね」
ぽろぽろこぼれる涙をぬぐいながら、美空はお粥を口に運ぶ。
「悔しい……そんなに旨いもんじゃないってのに……もうなんなんだ、あの女!」
イライラしながら掻き込む姿は少し異常だったが、それでも美空は全部完食した。
薬もついでに飲んで、食器を全部流しに入れる。
「変な人だったけど……まあ、たしかに悪い人じゃない、かな……」
シンクに置いた食器を見つめて、美空は何を思い立ったか腕まくりをしはじめた。
「少し片付けるか……せっかくここまでしてくれたしね」
「ミク!」
にかっと笑うと、美空は食器を洗ったりテーブルの上のゴミをまとめはじめた。
ゲンさんはあたふたしながらも、それを手伝う。床に落ちているゴミを袋に放りこんだりする。
「ミク……その気になったのはいいですけど、ほどほどしてくださいね。まだあなたは熱があるんですから!」
「うん、わかってるよ」
ひとしきりまとめ終わると、二人は少しだけスッキリした。
ゴミと一緒に、心のモヤモヤもまとめて片付けられたような気がする。
やっぱり、何かをお腹に入れると力が出るらしい。そしてその「何か」は体だけではなく、確実に心にも作用しているのだ。美空の様子を見てゲンさんはひそかにそう感じていた。




