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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
3軒目 一寸法師に案内された家
51/110

3-3 ゲンさんからの頼み

【閲覧注意】一部腐った表現があります。

「ただいま戻りました……遅くなってすみません!」

「おかえり、上屋敷。配達、どうだった?」

「どうだったんすか~?」


 店に戻ると、店長とここあの二人がニヤニヤして待っていた。

 梁子は曖昧に笑うと、ささっと更衣室の方に行き、自分のバッグに買ってきた薬を入れる。

 さて、と戻ろうとすると、厨房の入り口にここあが立っていた。


「な、なんですか、名ヶ森さん」

「今のは何っすか? もしや、例のお巡りさんからプレゼント? もらったんすか~?」

「えええ? い、いや、違いますよ……」

「何っそうなのか?」


 ここあの誤解にあわてて否定すると、店長の大輔も顔をのぞかせてきた。


「だから違いますって。店長まで……。あ、あれは風邪薬です……」

「風邪薬?」

「ええ。ちょっと……必要になって」

「風邪を引いちゃったんすか? 梁子ちゃん。たしかにこの雨っすからね。濡れたっすか?」

「いえ、わたしではなくて……その……」

「あっ、わかったぞ。もしや、その警官に……」

「違います! もう、それより、次の配達もあるでしょう? 今注文いくつ溜まってるんですか、店長」

「ええと、五件だ。今河岸沢が前の三件行ってるが、もう少しで帰ってくるだろう。上屋敷、すぐに行ってくれるか?」

「はい」


 その時、プルルル、と電話が鳴る。

 厨房に一番近かった店長が受話器を取りに行った。

 次の注文だろう。やはり少し遅くなったので配達が溜まっているらしい。梁子は苦い顔をする。個人的なこととはいえ、薬局に寄ったのは失敗だった……と後悔する。

 ここあは反省する梁子に小さな声で話しかけてきた。


「梁子ちゃん、気にしないでいいっすよ。とりあえず、三件ずつ行けばいいっすから。ほら、店長が用意しておいたピザを焼きはじめたっす。落ち着いて、焼き上がり次第つめていけば大丈夫っす。あと、梱包する箱も出しておいたっすよ。安心して……」

「名ヶ森さん……」

「で? あのお巡りさんとはどうなったっすか? それを聞きたくて待ってたんすよ~!」


 励ましてくれたのかと感動した梁子はガクッと肩を落とす。

 ニコニコしながら、ここあは肘で梁子の腹をつついてきた。


「名ヶ森さん、仕事は大丈夫なんですか?」

「うん、梁子ちゃん待っているあいだに、あらかた仕込みは終わったっす。ピザが焼き上がるまで、聞かせてくださいっす~。はい、コ・イ・バ・ナ! コ・イ・バ・ナ!」

「いや、その……」

「会えたんすか?」

「ええ。一応……交番にはいらっしゃいませんでしたけど、帰る途中には出くわしました」

「いやーっ! それ偶然っすか? 偶然とかヤバイっすね! もう運命じゃないっすか!」

「いや、運命というか……」

「で? 何を話したんすか?」

「えっと……しょく……を……」

「えっ? なんすか、聞こえないっす」

「食事を……ですね……」

「マジっすか? すごいっす! 誘われたんすか? ひゃはははっ、これはもう……やばい、ドキドキが止まらないっす~~!」

「ちょ、名ヶ森さんっ! 声が大きいですっ」


 肩を震わせて笑っているここあに、梁子は赤面しながらつっこんだ。

 厨房の店長に聞こえやしないかとハラハラする。


「いや、でも……良かったっすよ。梁子ちゃん、河岸沢さんと……って思ってたから安心したっす」

「だから違いますって。なんでそうわたしと河岸沢さんを……って、安心? もしかして、名ヶ森さん……」

「違うっすよ。アタシは誰にも恋してないっす。あえていうなら店長……」

「へっ?」

「と、河岸沢さん……」

「えっ、えっ?」

「……の二人を、応援してるっす!」

「ど、どういうことですか?」

「梁子ちゃん、フジョシって知ってるっすか?」

「えっ? フジョ……なんですか?」

「知らないならいいっす。お互いを無二の相棒として切り盛りする姿……うーん、たまらないっす。いやあ、二次元はもうお腹いっぱいで。三次元は邪道って思ってたんすけどね……あ、誤解しないでください、二人は別にただの仕事仲間っすよ、けっしてそんな間柄じゃ……これはアタシの妄想の中だけであって……あだっ!」


 ゴチン、とここあの脳天に鋭いチョップが叩き込まれる。

 おそるおそる振りかえると、そこには裏口から帰ってきた河岸沢がいた。


「名ヶ森……おもしろそーな話してるじゃねえか……」

「えっ? き、聞いてたんすか? 河岸沢さん……ていうかどこまで知って……」

「ううん? よくわかんねえなあ? 俺にも分かるように説明してくんねえかなあああ?」

「ひ、ひいっ、ご、ごめんなさいっす! 違うんす、決して変な妄想とかじゃなくってですね、アタシの中では真剣にっていうか素晴らしいこう……」

「そっちのほうが万倍キモいわ! 何が真剣だって? おい、上屋敷、お前もコイツに何言われたか知んねえけどなあ……」

「あ、もうピザが焼けたみたいなんで、わたし準備しますね。じゃ!」

「おい、上屋敷!」

「梁子ちゃああん! 置いてかないでくださいっす~~!」

「おい、名ヶ森……店長には言わないでおいてやる。代わりに居残りで説教だ、わかったな?」

「ひいっ! は、はいっす……」


 なんだか物騒な会話がされている中、梁子は何も聞かなかったことにして厨房に戻った。



 閉店後。

 後片付けが終わり、裏口が施錠されると、梁子と大輔は振り返った。

 まだそこには河岸沢とここあが残っている。

 いつもより人相の悪い河岸沢と、うなだれたここあ。

 梁子は心の中で合掌した。


「大輔さん、俺はちょっとこいつに用があるんで、先行ってください」

「ん? そ、そうか? じゃあ、お先にな。お疲れ河岸沢、な、名ヶ森……」

「お疲れっす……」

「わたしも、お先に失礼します。お疲れさまでした」

「梁子ちゃあああん!」


 ここあの絶叫が聞こえたが、振り返らずに歩きはじめた。

 大輔は「いいのか? 呼んでるぞ?」というようにこっちを見ている。


「いいんです。さ、店長も行きましょう。あの二人はちょっと長く話す用件があるみたいですから。邪魔せずに帰りましょう」

「そ、そうか? 後輩いびりとかじゃないよなあ?」

「ええ。たぶん大丈夫です。じゃあ、店長、わたしこっちなので」

「ああ、お疲れ、上屋敷」

「はい。お疲れさまでした」


 少し行ったところで店長と別れると、梁子はバスに乗って小泉邸へと向かった。




 すでに十時半を回っていたが、ピンポーンとチャイムを鳴らす。

 梁子の手には途中のコンビニで買ってきた食材の袋があった。

 ややあって、ドアの鍵がカチリと開く。


「入ってきてください」


 中からゲンさんと思われる小人の声がした。

 梁子はそっとドアを開けて中に入る。


「お邪魔します。遅くなりました」

「いえ、本当に来てくれたんですね。オイラてっきりすっぽかすかと思いましたよ」

「約束は守ります。それより、さっそくお粥を作りたいんですが、台所はどこですか?」

「こっちです」


 小人はトコトコと玄関から右手の部屋へと入っていく。

 部屋のドアは開いていたが、中は暗かった。

 小人が指図する。


「そこのスイッチを押してください」


 ドア側の壁に電気のスイッチがあったので、つける。

 そこはリビングとダイニングが一体になった部屋だった。

 手前にソファが置いてあり、玄関側の壁にテレビが置いてある。右手は掃き出し窓で、ソファの向こうにダイニングテーブルがあった。その左手に壁に面したキッチンがある。


 梁子はキッチンに向かおうとして足を止めた。

 足元にたくさんごみ袋が溜まっていた。キッチンの台の上にはカップラーメンの空き容器が積み重ねられており、テーブルの上も同様だ。

 梁子が言葉を失っていると、小人がごみ袋の間から顔を出して言った。


「ミクは外出をほとんどしないんです。ひきこもりって自分で言ってますけどね。だからゴミもほとんど出せてないんです……困ったものですよ」

「燃えるごみの日はいつですか?」

「えっ?」

「だから、この地区の燃えるごみの日はいつですかって聞いているんです」

「えっと……たしか、水曜と土曜だった気が……オイラは出せないですよ? 少しでも持っていこうとしたんですけど……やっぱり人目もありますし……」

「いえ、あなたに頼もうとは思っていません。わたしが代わりに出してあげましょうかとご提案しているんです」

「えっ? あなたが! ほ、本当ですか?!」

「はい。もう、乗りかかった船です。一応明日が水曜日ですね。あとで外に出しておくんで、とりあえず、キッチンの上を片付けましょうか。ごみ袋はありますか?」

「ええと……たしか、そこの収納にあったはずです」


 入ってすぐ左側の扉を開けると、半畳ほどの収納庫だった。

 その中も雑然としていたが、45リットルのごみ袋を出して、シンクの中やキッチンの上に乗った空き容器を詰め込んでいく。ひどい臭いだったが、ごみ袋の口を閉めればなんとかマシになるだろう。

 そうこうしていると、ゲンさんが感心したように見つめているのに気付いた。


「何ですか?」

「いやあ、そこまでしてくださるとは。いったいどうしてですか? 他人ですよ。オイラを轢いたお詫びにしては少しやりすぎじゃないですか? ありがたいのはありがたいんですけどね」

「やりすぎ、ですか? まあ、そうですね。他人の家なのに、ここまでするなんて……。でも病は気からともいいますし、健康はやっぱり食生活というか、生活空間からも影響を受けると思うんです。そう思ったらここを綺麗にしたくなってしまいました。変、ですかね」

「上屋敷さん……と言いましたか。あなた、いい人だって言われませんか?」

「さあ、どうでしょう。わたしより、お人好しな人を知っていますので。自分がいい人かどうかは分かりませんね。打算的な人間だとは自覚していますが」

「打算的?」

「ええ……」


 あらかた片付けると、梁子は途中で雑巾を見つけていたので、それを濡らして台の上を拭きはじめた。

 シンクの中にはまだ汚れた食器がある。

 スポンジと洗剤があったので、それらを泡立てて洗う。このあたりは実家でもたまにやっていたことだったので朝飯前だった。しかし、洗っている最中で気づいた。この洗ったあとの皿はどうしようと。食器を置く洗いかごが見当たらない。そこらの棚をあさる。あった。大きなザルだ。これを当座の洗いかごにする。


 たわしでシンクもついでに洗っておくか。そう思って磨くと、排水溝も臭うのに気付いた。水を流すとすぐ詰まる。しかたなく、中の生ゴミをごみ袋に突っ込む。ひどい汚れだったが、梁子はあまり考えないようにした。

 ここまででかなりの重労働である。

 家では母親のゆかがこまめに掃除をしていたので、ここまで汚れることはなかった。

 だから年末の大掃除も大変だと思ったことはない。

 でも、ここまでの有り様とは……美空の両親はいったいどうしているのだろうとふと疑問に思う。


「あの……ゲンさん、とおっしゃいましたよね」

「はい」

「美空さんとはいつ頃からその……一緒に住まわれてるんですか? 美空さんのご家族は? どうされているんですか」

「オイラがこの家に来たのは……ちょうど一ヶ月前です。それまでミクはひとりでここに住んでいました。両親はいるようですが、二人とも海外に出張していて、めったに帰ってこないそうです。ミクは……お金だけ渡されて、中学くらいからほぼ一人で暮らしていると言っていました」

「そんな前から……学校はどうしているんですか?」

「ずいぶん前から不登校みたいです。中学はほとんど行っていないと言ってました。その代わり、ずっと家で人形相手に遊んだり、服を作っていたみたいですよ。今はオイラの服を作るのに夢中です」

「へえ、服を作れるんですか。すごいですね」

「ええ、すごいんですよ! ミクは独学で洋裁を覚えたんです。それで、今はネットで人形用の洋服を売ってたりもするんですよ。人付き合いは嫌いだって言ってたのに、人形を好きな人には悪い人はいないって、それだけは続けていて……」

「お店も開いているんですか……それで……あんなに沢山の人形が……」


 ひとしきり洗い終わると、梁子は話しながら食事の準備をすることにした。

 まずは洗った大きめの器に、買ってきたレトルトのお粥を入れる。

 レンジに投入して温まるあいだ、スプーンとお盆を食器棚から見つけてくる。


「あ、そうそう、お水とお薬も……」


 コップに水を入れて、それもお盆に乗せる。

 薬は買ってきた解熱剤だ。市販のものだが、これでたぶん大丈夫だろう。

 インフルエンザとかだったら、やはり病院に連れて行ってあげた方がいいのだが……話を聞く限り、相当のことがない限りそれは無理そうだ。最悪の事態になっても、救急車を自分で呼ぶぐらいしかしないかもしれない。

 人嫌いか……梁子は苦笑した。自分もまさにそういうがあったからだ。


『気が合うかもしれんな』


 ふと、サラ様のしゃがれ声が聞こえる。

 梁子は笑いながら言った。


「そうですか? わたし、たぶんあの女性に煙たがれてますよ? 人嫌い同士、仲良くなれるとは思えませんけど」

『そうか?』

「ええ、友達なんて、いままでいなかったんです。毒にも薬にもならないようなクラスメイトとはそこそこ付き合ってきましたけど……それ以上の関係って必要ですか?」

「上屋敷さん、どうしました」

「ああ、すみません、わたしの守り神様とお話してました。今は見えなくなってますけど……」

「ああ、白い服を着た幽霊みたいな人ですね。まあ、オイラも不思議な存在ですし、オイラの前では姿を見せてもらっても大丈夫ですよ。あ、でも、ミクは驚いちゃうかもしれませんのでちょっと……」

「ええ、わかっています」

「それで……さっき、つぶやかれてたことなんですけど……」

「はい?」

「もし良かったら、ミクの友達になってくれませんか?」

「……はいいっ?」


 梁子がすっとんきょうな声をあげるのと同時に、レンジの音がチンと鳴った。

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