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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
3軒目 一寸法師に案内された家
50/110

3-2 風邪をひいた娘

 気がつけば、あたりはすっかり暗くなっていた。

 六時ちょうどに交番、そのあとに別の家に行ったので、今は六時半を回ったあたりだろうか。

 まだ雨はしとしとと降っている。

 注文がじゃんじゃか入って忙しくしているだろう店を想像して、梁子は若干焦っていた。


 早く帰らないと、店が回らなくなっちゃいますね……。


 しかし、「怪我人」をそのままにしておくわけにもいかない。

 こころもち急ぎ足でスクーターを押していくと、すぐに小人が案内する家の前に着いた。


「門を開けて、中に入ってください」


 小人は比較的大きな声で指図してくる。

 サラ様の結界があるとはいえ、少しは周囲の目も気にして欲しいところだった。この状態はかなり異常だ。ピザの配達人が人形のようなものをスクーターの足場に乗せ、それと会話しながら移動しているのだから。周りから認識されないという術を使われていて本当に良かったと梁子は思った。


 家主の車はなく、サンルーフ付きの駐車場はスペースが空いていた。

 梁子はアコーディオンのような伸縮性の門扉をこじ開け、スクーターをそこに乗り入れる。


 あらためて見ると、白い外壁の家は二階建てで、庭もそこそこあり、住んでいるのは中流家庭であろうと思われた。

 玄関先と二階の一室だけ明かりが点いている。

 その二階の窓を見て、梁子は歓喜した。


「さ、サラ様! あれ、コーナー窓ですよ!」

『コーナー窓?』

「部屋の角に面している出窓のことです。1990年代に流行ったデザインなんですが、構造上、耐震性が危ぶまれてすぐに廃れてしまったんですよ! いやあ、まだ残ってるなんて貴重ですね。だいたいガラスが二面とも直角に接してるなんて、地震のたびに亀裂が入って補修とか大変ですよ……視界が開けて見張らしが良くなるというメリットはあるんですが、意外とあれに合うカーテンとか目隠しがなくてむしろデメリットの方が……」

『おいおい、梁子、うんちくはそれくらいにしておけ。一寸法師が引いておるぞ』

「あ、す、すみません。つい、熱くなってしまいました……」

「あ……ちょっとオイラ急いでいるんですけど。あと、『一寸法師』じゃない。オイラは一寸どころか……少なくとも20センチはありますよ! とにかくちょっと急いでください! はい、動けないんでお願いします」


 叱咤とともに命令されて、梁子はしぶしぶ小人に手を伸ばす。

 両腕を高く上げているしぐさは可愛らしかったが、近くでよく見ると、ただのサラリーマンだった。40代後半くらいだろうか。細身で、まだらな無精髭がある。見た目的には地味なオッサンだった。

 小人を潰さぬようにつかみ、もう片方の手にペットボトルを持つと、梁子は歩き出した。


 たしかな温もりがてのひらに伝わってくる。梁子はこれが生きているものなのだとあらためて実感した。

 しかしこの小人は「何」なのだろう。

 疑問に思いながら、玄関先に立つ。


 ペットボトルを小脇に抱えて、インターフォンを押そうとする。

 それを、やんわりと止められた。


「いいです。鳴らして出てこられるとミクに負担をかけます。オイラが開けるので、下がっていてください」

「えっ?」


 その言葉に驚くが、言われるまま一歩下がる。

 この小さな体でどうやって……そう思っていると、小人は片腕でしっかりと梁子の手をつかみ、もう片方の手を玄関に向けた。すると、不思議なことにカチリと鍵の開く音がし、扉がするすると開いていく。


「今の……いったいどうやって……」

『術を使っただと? お主……何者だ』


 呆然と梁子たちが驚いていると、小人は目で早く入れと促してくる。

 仕方なく梁子は中に入った。その瞬間バタンと扉が閉まり、また鍵がかかる。


 閉じ込められた?

 梁子は一瞬青くなって、手の中の小人を見下ろす。


「……今のはこの扉が開いていた時間まで巻き戻して、また今の時間まで戻しただけです。オイラは……時間の妖精です」

「時間の妖精?! なんですか、それ?」

「最近では都市伝説なんかで『小さいおっさん』とか言われています……。忙しい、忙しいと思う人の思念によって生まれた存在です。オイラは生まれつき、こんな姿です。はじめは下着しか身につけてなかったんですが、ミクに会ってからはこの服装に……って、ミク! そうだ、こんなゆっくりしてる場合じゃなかった。さっさと靴を脱いで、二階に上がってください!」

「はっ、はい……」


 衝撃の事実を知らされるも、梁子は急かされたため慌ててペットボトルと小人を下に置いた。

 スリッパは存在していなかったが、構っていられない。


「し、失礼します……」


 小声で言ってから、おそるおそる靴を脱いであがる。

 また小人とペットボトルを抱えると、家の中を見渡した。

 玄関には電気がついていたが、廊下には全く明かりがなかった。梁子は壁際のスイッチを押す。明るくなると、そのまままっすぐ突き進んだ。廊下の左右には部屋の入り口があるが、ゆっくり見ている時間はなさそうだった。小人の言うままに二階を目指す。

 突き当たりの階段をぐるりと半周するように登ると、一帖ほどしかない廊下に出た。三つほど部屋の扉があるが、どこに行けばいいのかわからない。


「あそこです」


 小人が指し示した先は、わずかに明かりが漏れているドアだった。

 梁子はそっとノックをする。


「……ゲンさん? 帰ってきたの?」

「し、失礼します」


 中から女性の声がしたので、梁子はおそるおそるドアを開ける。

 すると、そこにはベッドで横たわる若い女性がいた。

 女性は梁子と同じくらいの年齢に見えた。こちらを見て驚いていたが、すぐに険しい顔になる。半身を起こして枕元の眼鏡を取ると、あわててかけた。


「だっ、誰? なんで勝手に入ってきてるんだ、ど、泥棒っ!」

「ちっ、違います、違います」


 女性は枕元にあったたくさんのぬいぐるみをつかむと、こっちに投げつけてくる。

 よく見ると、ベッド周りはUFOキャッチャーで取ったような愛らしいぬいぐるみで溢れかえっていた。ベッドの向こうの出窓の上にも置いてある。コーナー窓にはたくさんのフィギュア。ベッドは右脇にあり、左にはなにかの作業台があった。その手前の棚には一面ドールと呼ばれる大きな人形が並べられている。


『ここは……人形屋敷か』


 姿を消したサラ様が耳元で語りかける。けれど、梁子はそれどころではなかった。ぬいぐるみを避けつつ、必死に弁解をする。


「あの、勝手にあがってきてすみません! でも、決して怪しいものでは……というか、この小人さんに案内されてきてですね……」

「えっ? 小人?」


 その言葉に、女性はハッとして手を止める。

 小人の方に視線を動かす。


「あっ、ゲンさん! その人何? 外で見つかっちゃったの?」

「はい。ええと、この近くで……轢かれました」

「えっ、轢かれた? この人に? 大丈夫なの?!」


 女性は布団をはねのけると、赤い顔をしながらよろよろと近づいてくる。

 どうやら風邪をひいているらしい。

 女性は梁子から小人を奪い返すとベッドに腰掛け、大事そうに両の手のひらに乗せた。


「心配しないでください、ミク。こうすれば……」


 小人はひねった足首に手をやって、何かを念じる。


「時間を早めて回復させました。だからもう、大丈夫です。それより頼まれていたものを買ってきましたよ。あれで良かったですか?」


 そう言って梁子を見やる。ペットボトルのことだ、と瞬時に理解した梁子はそれもすかさず女性に渡した。

 女性はそれをじっと見つめ、首を振る。


「いや、違う。惜しい。これじゃない。わたしが欲しかったのは、『奥日光の天然水』の『ミカン味』なんだ。これはノーマル」

「間違えましたか、すみません」

「いいよいいよ、重かったでしょ? せっかく買ってきてくれたんだから、ありがたく飲ませていただくよ。もう喉がカラカラだ」


 女性は小人をベッドの上に移動させると、ふたを開けてペットボトルの中身を飲み干す。

 ぷはーっと息をはくと、笑顔になった。


「あーっ、生き返った。ありがとう、ゲンさん!」

「どういたしまして。まだ熱はあるんですか?」

「え、いや、うん……まだ熱いかなー。でも、もう少し寝てれば治ると思う。ああ、でも……根をつめすぎた。納期が近いって言うのに参ったなあ」

「できたらミクに薬を買ってきてあげたり、料理を作って食べさせてあげたいんですが……オイラにできることは限られています。とてもそこまでは……」

「いいのいいの。これを買ってきてくれただけでも、アタシは嬉し……」


 言いながら女性はベッドに倒れる。

 小人と梁子はあわてて駆け寄る。


「だっ、大丈夫ですか?」

「ミク、どうしたんですか!」


 女性は顔をあげて、にこりと微笑む。


「へへっ、お腹が空いて、力が出ない」


 小人は心底困ったように下唇をかんでいた。梁子はどうしようと思いつつも声をかける。


「あのー、もう帰らせていただいてもいいですかね? わたし仕事中ですので……」

「あ、ていうか、あなた誰?」


 女性はハッとして梁子に顔を向ける。


「えっと……上屋敷梁子といいます。ダイスピザというピザ屋で働いてまして……配達から戻る途中で、そちらの小人さんを……その……」

「轢いたってわけだね」

「はい、申し訳ございません」

「はあ……でも、たいしたことなくて良かったよ、ゲンさんが時間の妖精じゃなかったら、きっと大事になってたよ?」

「ええと……そうですね」

「へえ、それには驚かないんだ。あなた変わってるね。この人は小人さんじゃないよ。ゲンさんって名前なの。アタシがつけたんだけどね。アタシは小泉こいずみ美空みく。そうだ……ついでだから注文しようかな。なんでもいい。一番安いピザ、一枚お願いしたいんだけど」

「えっと……一応電話番号教えていただけますか?」

「いいよ、03○△□◇●▲■◆」

「はい。たしかに……」


 メモをとりながら、梁子はふと思い付いた。


「あの……余計なお世話かもしれませんが」

「何?」

「小泉、さん? 風邪をひかれてるんですよね?」

「うん、まあね。もう三日かな。仕事してたら疲労でね……。二日は何も食べてないんだ。そろそろ何か食べなくちゃなんだけど……それが何か?」

「だったら……ピザなんて、すごく消化が悪いですよ。わたしが言うのもなんですけど。あの、もしよかったら……10時以降になりますけど、わたし仕事上がったあと、またこちらに来ていいですか? 待っていてもらえたらその……おかゆとか作って差し上げたいんですけど。解熱剤とかもついでに買ってきますし……その、そちらのゲンさん、ですか? 彼をこちらの不注意で傷つけてしまいましたので、その償いといいますか……」

「いや、それは……」

「ほ、本当ですか! ぜ、ぜひ、お願いします! オイラじゃどうしようもないんです。置き薬もないっていうし、家からは出たくないっていうし……本当に手を焼いてまして」

「ちょっと! ゲンさん! いいよ……そんなことまでしてもらわなくっても……。ピザ持ってきてくれればいいから。余計な世話はいらないよ。それに、手を焼いてるってなにさ。別にゲンさんは何もしなくたっていいって言っただろ。どうしてもなにかしたいっていうからお願いしたけど……寝てれば治るんだからね、いいのいいの。じゃ、上屋敷さん? デリバリーよろしく」


 そう言うと、ミクは頭から布団をかぶって寝てしまった。

 梁子は呆然として立ち尽くす。


「えっと……それじゃあ……失礼します」


 そろそろと部屋を出て、ため息をつく。

 妙な人たちに出会ってしまった。

 しかもどうしよう。注文を受けてしまった。しかし病人にピザというのは……。かといって余計な世話はいらないと言うし……。勝手なことは……あああああ。

 悩みながら階段を降りようとして、声をかけられた。

 それはゲンさんと呼ばれた小人だった。


「ミクはああ言いましたけど……オイラからは、あらためて頼みます。いくら遅くなってもいい、かならずまた来てください。来なかったら……匿名で通報しますよ。小動物を轢いたって」

「わかりました。かならず……来ます」

「ありがとうございます。ミクは、オイラが説得しときますから」

「はい、では」


 梁子はうなづくと、小泉邸をあとにした。

 玄関を出ると、梁子の背後で鍵の閉まる音がする。


『時間の妖精か……また奇怪なものに出くわしたな。ああ、なんだったか、あの筋肉……強そうな警官が言っておったな、お前は事件を引き寄せる体質とかなんとか……』

「ええ、本当にそうなんですかね? とにかく、お店に早く戻らないと。小泉さん家にはまた後で来ます。ああ、先に薬局行っておかないとですね。仕事の後では閉まっちゃいますから」

『お前も妙な世話焼きをするのう。でもまあ、あれか、本当はあの家の間取り目当てだからか?』

「当たり前じゃないですか。珍しいコーナー窓があるんですよ! これは確実に収集しておきませんと!」

『まあ、それはわしも願ったり叶ったりだが……。お前の場合は、たんにもっとあの窓を観察したいだけだろう?』

「そう見えます?」

『まあな』

「はあ、でもそれだけじゃないですよ。あの小人さん、気になりませんか? 時間の妖精だなんて……いったいどういう存在なんでしょう」

『そうだな……あの術は非常に興味深い。時間、か。あと、あの娘だな。あの人形の量も気になった』

「ですね。ああ、ワクワクしますっ! うへへへへっ」


 梁子は妙な高笑いをすると、小泉邸の門を閉め、スクーターのエンジンをかけた。


【新しい登場人物】

●小泉美空――コーナー窓のある家に住んでいる娘。わけあって人形をたくさん所持している。ゲンさんの名付け親。

●ゲン――美空の家で世話になっている小人。自称「時間の妖精」。世間では「小さいおっさん」と呼ばれている。

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