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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
1軒目 魔女の墜落した家
5/110

1-3 侵入者への洗礼

「じゃあ、行くぞ」


 真壁巡査はそう言って、道路に面した門扉に向かった。

 取り付けられているインターホンを押す。

 鳴らない。

 何度も押してみるが、カチカチと言うだけで鳴る気配はいっこうになかった。


「うーん、壊れてるな……。はあ、仕方ない。すいませ~ん、ちょっと入らせてもらいますよー……」


 鉄の柵を開けて敷地内に入る。

 梁子も続いて入ろうとした、その時だった。


「……!!」


 一瞬パリッとした静電気が全身を駆け抜けていく。

 あわててあたりを見回すと、しゃがれ声が姿を現していた。


「え? ちょ、サラ様?!」

『こしゃくな……結界か』


 ふわふわと空中に漂うは、足先まで白髪が伸びた美しい人間だった。

 背丈はゆうに180cmは超えている。


 白い着物を身にまとい、きゃしゃな腕を胸の前で組んでいる。

 一見女性に見えるが、その胸は膨らんでおらず、また着物も男物だった。

 凛々しい眉はきりっと上がり、長いまつ毛が目の上を縁取っている。顔の輪郭や体つきの線も細いため、男なのか女なのか判然としない。


 そんな中性的な見目の持ち主は、苦虫をかみつぶしたような忌々しい顔つきをしていた。

 あおく透き通った瞳が鋭く光っている。


「え、ちょっと、お巡りさんもいるんですから! サラ様!」

『フン、なに、すぐ消えるわい』


 小声で梁子がたしなめると、下賤の分際で……などとつぶやきながらしゃがれ声の主は姿を消した。

 あわてて警官の方をみるが、玄関の前にすでに移動していて、こちらの異常にはまったく気が付いていなかった。

 梁子はホッと胸をなでおろす。


「ん? どうした?」

「えっ、いえ、なんでもありません。どうですか? 誰かいましたか?」

「いや、これからノックしてみるところだ。中の、物音は……しないな」


 そう言って、真壁巡査はドアに耳をあてている。


「コホン、では……。すいませーん、衣良野さん、いらっしゃいますか? 警察の者ですが!」


 ドンドンと木の扉を叩いてみる。だが、まったく反応がない。

 静寂の中、またふたたび声をかける。


「すいませーん、衣良野さん? ちょっとお話をお伺いしたいんですが!」


 叩き続けてもみるが、やはり誰も出てこない。


「空き家……だよな、やっぱり」


 真壁巡査は手をひっこめるとポリポリとあごをかいた。

 だが何か思いついたらしく、家の横へと歩いていく。


「えっ、お、お巡りさん?」

「いや、ちょっとメーターをだな……」

「メーター?」

「ああ。電気のメーターだ。どっかについてるはずだが……お、あったあった」


 家と塀のあいだの植栽の隙間をぬっていくと家の真横に出た。

 そのあたりも草はぼうぼうで、立ち枯れた庭木や崩れた花壇のレンガなどが散乱している。

 壁沿いをよく見ると、そこには道路の方から延びた電線と、それにつながる電気のメーターらしきものがあった。


「どれどれ……ふむ」

「どうですか?」

「回ってないな」

「え?」

「誰かが住んでれば少しでも回るはずなんだが。冷蔵庫とか、電源切れないやつもあるからな……完全に空き家か」

「ああ……なるほど」


 真壁巡査は、ふうと息をついてあたりを見回す。

 と、突如ガサッという音が家の裏手からした。二人ともすぐその音がした方向へと急ぐ。


 角を曲がると、広めの裏庭に出た。

 かつては色とりどりの花が咲き乱れていたであろう立体的な花壇がいくつも点在している。だが、そこは家の前と同様荒れ果てていた。


 その一角に、猫がいた。


「なーご」


 侵入者を目ざとく見つけて威嚇してくる。

 だが、驚くべきはその数だった。

 一匹どころではない。

 黒猫や、ブチの猫、茶トラや三毛……少なくとも十匹ほどはたむろしている。


「なーご」

「ふにゃあああ!」

「にゃーご」


 一匹が鳴きはじめるとつられて他の猫たちも騒ぎだした。

 そして、伏していた体を起こしてこちらへとやってくる。


「おわっ、猫屋敷か!」

「うわー、ちょっとこれだけいると不気味ですね……」


 思わず後ずさりすると、足元の小高い土の盛り上がりにつまづく。


「おっとと」


 どうにか転ばないように踏みとどまり、よく見てみると、その盛り上がりはどうやら猫がフンをした後に土をかけたものらしかった。


「うわー」


 梁子がげんなりしていると、突如猫たちが飛びかかってくる。

 目の前にいた真壁巡査の体に次々ととりついていく。

 梁子のところにも寄ってきていたが、しゃがれ声が何事かつぶやくと、ある一定の距離をとってそれ以上近付いてこなくなった。


「あれ、サラ様。何かしたんですか?」

『ああ、少し幻覚を見せて寄り付かなくさせた。こやつら……使役されておるな』

「へっ? 使役?」


 あいかわらず真壁巡査は猫がよじ登ってこないように、手で振り払い続けている。

 猫が傷つかないように手加減しているのか、それはあまり効果がないようだった。放り投げても、また戻ってきてしまう。幾度目かの防御で、真壁巡査はついに手をひっかかれてしまった。


「痛っ! ああ、くそっ、なんで俺ばっかり! いい加減にしろっ!」


 そう言いながらも、猫を丁重にひきはがしているので、梁子はちょっとおかしくなってしまった。


「ふふっ、お巡りさん、お優しいんですね。猫もそんなお巡りさんのことが大好きみたいです」

「冗談はよせ! これが、好かれているように見えるか?! ちょっと、なんで君は襲われないんだ。って襲われなくて良かったが……俺ばっかり、どうして! ちょ、やめろ!」


 孤軍奮闘する真壁巡査をおいて、梁子は家の方に近寄ってみた。こちらからの様子は観察できていなかったのであらためてよく見る。

 出窓が表同様に各階にあり、すべての窓にカーテンが引かれていた。

 だが、一か所だけ、わずかにカーテンが開いている場所があった。二階の奥の窓――。


「サラ様、あれ……」

『ああ。「いる」な』

「人の姿は見えませんが……」

『この猫を操っているやつが必ずどこかから見ているはずだ。あそこなら……うむ、最適だな』

「なるほど」


 さて、どうしようかと思っていると、あらたに発見できたことがあった。

 それは裏口である。

 表玄関と同じように木製の扉だったが、表とは違うのは小さな透明のガラスの小窓がついていることだった。

 カーテンなどの目隠しはないので、もしかしたらあそこから中を覗き込むことができるかもしれない。

 そう思って近づこうとしたが、その前に梁子は真壁巡査を振り返った。


「お巡りさん、いつまでやってるんですか?」

「えっ? いや、どうにも離れてくれないんだよ!」

「はあ……まあいいです。そのまま聞いていてください。あの、裏口があります」

「えっ?」

「裏口の玄関です。勝手口……ですかね? あそこからなら中が少し見えるかもしれませんよ」

「あ、ああ……」


 猫を数匹抱えたまま、真壁巡査は裏口へと近づいていった。


「うーん、暗くて良く見えないな……」


 ガチャガチャとドアノブをひねってみるがもちろん開かない。

 奥に廊下が伸びているが、光が届く範囲には何もなさそうだった。


「すいません、警察の者ですが!」


 ドンドン、とまた真壁巡査が戸を叩いてみるが相変わらず反応はない。


「なあ……もう、帰らないか」

「えっ?」

「だって、どう見ても無人だろ。猫には襲われるし……もう誰が通報してきたかなんて、正直どうでも良くなってきたよ。この家に、事件性はない。見たところ窓もドアも壊されてないようだし……浮浪者が住み着いてるってこともなさそうだ。確認できたことだし、俺はもう帰る……」

「そうですか……」


 梁子はそう言って肩を落とす。


「君も……もう帰りなさい。勝手についてきたのは君だが……変なことに付き合わせてしまったな。ええと……」

「上屋敷です」

「上屋敷さん、ちょっと変な通報だったから、気を付けて。もし何か君の身に起こりそうになったら、すぐ相談して。なんなら俺がいる交番に来てもらってもいい」

「ありがとうございます」

「ええと……」


 ふと、目が合った。

 猫にたかられながら困ったような顔をした警官とーー。

 短く刈りそろえられた髪に、精悍な顔つき。鍛えられているのか、よく引き締まった体。よく見るとイケメンの部類に入るかもしれない。

 あまり興味がなかったので特に気にかけていなかったが、そのイケメンは頭に猫がよじ登ってきているにも関わらず、呆けたように梁子を見つめていた。


「……」


 こういうことはたまにある。

 大学の構内にいても、電車に乗っていても、街で歩いていても、急に異性が自分を見つめてくるときがあるのだ。


 その視線はときに驚きに満ちたものである。

 自分の理想とする女性に会ったかのような、恍惚とした表情。そして、そのままその熱い視線はどこまでも追いかけてくるのだ――。

 たまに同性からもそうした視線を受け取るときもあるが、たいていは無視している。しつこくされても、たいていはサラ様がどうにかして追い払ってしまう。だから今までさしたる害はなかった。


 梁子はまたか、と思いながら、半ば呆れつつ真壁巡査の視線を受け止めていた。

 普通の女子ならば胸キュンするだろうシチュエーションだが、梁子には何のときめきも起こらない。ようするに「慣れっこ」なのだ。


「あの……?」

「あ、いや、失敬……」


 無遠慮に見つめていたと気づかされたのか、真壁巡査は視線をさっと逸らした。


「そろそろお暇しようか……」

「ええ」


 梁子は我ながら不思議に思った。

 サラ様のように美しくはない、どちらかというと地味な顔つきなのに、なぜそうも自分は人の目をひきつけるのか。

 しいて言えば……と、梁子は己の胸を見下ろしてみた。

 人並みより多少発達したそのサイズはFカップ。異性は大きい胸に魅力を感じるのだという。

 そういうフェチの男は多い。だが、女性は? なぜ女性も自分を見てくるのだろうか。


 いや、おそらく胸ではない、人はなぜか自分の『目』も見てくる。

 この警官もそうだった。

 魅入られるように「目」を見てきた。

 胸も見ていた気もするが……割と長い時間見ていたのは目の方だった。

 小首をかしげていると、しゃがれ声が耳打ちしてきた。


『ふははっ、このようになるのが不思議か? それはな、お前にわしが憑いているからだ。お前を通して、人はわしを見る。魂が、感じておるのだ。見れはしないが、感覚で知る。そこはかとなくにじみ出る異形の美しさ、そういったものをな。お前の内から知らずに外へ漏れ出しているのだろうよ。前にも言ったが、決して『お前』を見ているわけではないぞ。だからこそ、わしのせいだからこそ、祓ってやっている。お前のためにもな』

「……」

『まあ、お前のよく育った乳「だけ」を見ているやつもおるがな』

「なっ……! そういうこと、言わないでくださいよ!」


 悪い冗談を言われた梁子は、思わず声を荒げてしまった。

 その声に地面に猫を下していた真壁巡査が顔をあげる。


「ん? どうした?」

「え、いや……なんでもありません。その……」

「ん?」

「そういえば、言い忘れてたんですが……昨日……」

「昨日?」

「ええ。わたし、ピザ屋でアルバイトしているんですけど……昨日の夜、このあたりを配達で通りかかった時に……見たんです」

「え? 見た? なにを……」

「それは……」

「まさか不審者が?!」


 身を乗り出し、真壁巡査が梁子に詰め寄る。

 と同時にガチャリと裏口の戸が開いた。


「なんです、さっきから。人の家の敷地で……騒々しい」


 そこには、上下黒づくめの服を着た、赤毛の男性が立っていた。

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