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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
2軒目 白木蓮の咲く家
43/110

2-23 サラ様の置き土産

後半、物の精たち視点です。

「さて。異常を知らせるアラームが鳴ったので来てみたのデスが……これはいったいどういうことデス? 何があったのデスか」


 白衣を着た金髪の女性は、部屋の惨状を見て、誰にともなく訊いていた。

 捕獲していた実験動物は解き放たれ、衣良野たちもひどい有り様となっている。

 この館の主であれば、誰かに説明を求めたくなるのは至極当然のことだろう。

 衣良野は床を見つめたまま気まずそうにしていた。

 おずおずと口を開く。


「あの、マスター。申し訳ありません。すべて私の責任です……。そのタヌキを、上屋敷さんたちが探しに来られまして……どうやったのか私たちの館までたどり着かれたのです。そして、これを実験動物モルモットにしているとお伝えしましたところ、激昂なさって……持ち出されると困るともお伝えしたのですが……結果、このようなことに……」

「ふむ。D、なぜすぐワタシに知らせなかったのデス?」

「も、申し訳ありません。マスターのお手を煩わせたくないと思い……私の独断で、しばらく様子をみようとしておりました」

「いえ、そうではなく……。なぜワタシに知らせることを『ためらって』いたのデスか、と訊いているのデス。ワタシはそれを知りたい。ワタシの手を煩わせたくないなんて……そんな理由より、もっと他に何か……強い思いがあったのでショウ?」

「そ、それは……」


 三日月のように目を細めたエアリアルは、一見するとまるで聖母のような微笑みだった。だが、その視線は鋭く、まるで心の奥を見透かされてしまうかのようである。

 見つめられた衣良野は、すぐに頬を赤らめた。

 何か知られたくない思いでもあったのだろうか。

 エアリアルはその様子を見ただけで、とても満足そうだった。


「なるほど……わかりマシタ。あとでその件はゆっくりと問いただすことにしマス。さて……上屋敷サン、そのタヌキをいったいどうされるおつもりデスか? たしかに持ち出されると困るのデスが……もともとお知り合いだったのデスか?」

「ええ。この化けタヌキさんは……アナタ方と同じように、わたしたちととある契約をしていた仲でした。こちらに捕らえられていると、我々はその契約を遂行できません。なので、無理を言って返していただきます。このタヌキ、正吉さんとおっしゃるんですが……彼は強制的にここに連れてこられたようですしね。なので、図らずも助け出した、ということになるでしょうか」

「なるほど……知らなかったとはいえ、それは大変失礼なことをいたしマシタ。しかし、我々も仕事の一環でしたこと……どうかそれはご理解ください。それとは別に、Dたちがこのようになっているのは、いったいどうしたことデスか? 何かこちらが粗相でもしマシタか?」

『多少な。梁子にちょっかいをかけてきたから、ちょいと仕置きをしたまでだ』

「ちょっかい……DとHがデスか……?」


 サラ様の言葉に、エアリアルはわずかに顔をしかめる。

 自分の作り出したものが人に危害を加えるなんて、予想外だったのだろう。


「……意外デスね」

『フン、残りの女二人は何もしなかったからな、無罪放免としてやった。わしは理由もなく害を加えるようなことはせん……そちらの男二人は、本来であれば存在ごと消されても文句は言えん立場だが……手心を加えた。そいつらの「本体」まではさすがに破壊せずにしておいてやったぞ。もしまた梁子に害を与えようものなら……二度目はない』

「『本体』……そうですか、そこまで看破されていたとは……驚きデス。ふう……」


 ため息をつきながら、エアリアルは額に手をかざす。

 それを見て衣良野たちはあわてて居ずまいを正した。衣良野などは土下座をしている。


「も、申し訳ありません。マスター!」

「マスター、ごめんなさい! でも……アタシは……とにかくマスターが帰って来るまでに、どうにかしなきゃって……この人たちをとにかく閉じ込めておかなきゃって、それしか考えてなかったのよぉっ! なのに、なのにこんな……しばらくこの状態のまま姿が戻らないなんてっ、ああっ、あんまりよおおおっ!」


 しおらしい衣良野とは反対に、わんわんと泣きわめくエスオ。

 口では謝っているが反省しているようにはあまり見えない。

 あまりにも辛いのか、ついにはスッと姿を消してしまった。

 声のみが天井から聞こえてくる。


「もう、もういいわっ。こうしている方がどれだけ楽か……ああっ、なんでアタシのっ、素晴らしい体があああっ……」


 ぐちぐちと恨み言が続いている。

 エスオはどうやら自分の人型に並々ならぬ愛着があったらしい。

 ナルシストなのか。オネエである上にさらに自分の美醜にこだわっているところを見ると、なぜか梁子はむしょうに腹立たしくなってくる。


 エアリアルも自分の下僕たちに呆れたのか首を振った。


「まあ、これもあとで『みっちりと』問いただすことにしマス。ところで……上屋敷サン、ワタシとの契約を覚えていマスか?」


 梁子はきょとんとした顔をする。

 意外な言葉にちょっと面食らったが、すぐにエアリアルと交わした契約書の内容を思い返す。


「は、はい。それが何か……?」

「Dたちが招き入れたとはいえ……この部屋にアナタたちが入ったこと、これは『間取りの開示』になりマス。それに、今現在のこの状況……ワタシの研究の一端がそちらに入手されている、とも推測しマス。これらに間違いありマセンか?」

「え、ええ……その通り、です」

「そうデスか。ありがとうございマス。となると……ワタシはアナタ方の情報も開示してもらってしかるべき、ということになりマスね。たしかこれは、契約書に書かれてあったことデス。上屋敷サン……等価交換デス。アナタ方はワタシたちの情報を得た。ならば、こちらはアナタ方の……『屋敷神』についての情報を要求しマス!」

「えっ……さ、サラ様、どうします? ああおっしゃってますけど……」

『ふむ、さすがは頭の切れる女子おなごよ。抜け目ないな。よかろう。では、わしからの「置き土産」、それを対価としようではないか』

「オキミヤゲ……?」


 エアリアルは聞き慣れない言葉に首をかしげた。

 頬に人差し指を当てて、とぼけた顔をしている。

 それはとても、40代の女性とは思えないしぐさだった。

 見ると、衣良野がなにやら顔をそむけながら「可愛い……」などとブツブツつぶやいている。

 

 割と鈍感な梁子でも気がついた。

 こんな主従の……科学者と作品の関係でも、恋愛感情を抱けてしまっているらしい。

 そういえば衣良野はさっき、「嫌われたくない」とかなんとか自分で言っていたような。


 サラ様はそんな周りの様子に気付かないのか、それとも気付く価値すらないと思っているのか、話をまた再開した。


『わしは先程、そやつらを喰らってな。魔法科学とやらの術の一端を知ることができた。ゆえに……そやつらの姿をもとに戻そうとすれば、わしがどのように食らったのか、その力の仕組みを同じように知ることができるはずだ。それが、そちらに渡せる「プレゼント」、置き土産だ。わかったか? 女科学者』

「オウ! そうデシタか、プレゼント! オキミヤゲとは、プレゼントのことだったのデスね! アア、Dがこうなってしまったので……翻訳の機能が低下していマス。難しい言葉はよくわからなくなってマシタ。ソーリー。デスが、ありがたいお話デスね。わたしの知的好奇心を満たすような『仕掛け』をわざわざしてくださるとは」

『まあ、そういうことだ。ではな、次の機会はこのようなことのないように頼むぞ』

「はい。そちらも、『このようなことのないように』祈っていてください。フフ……」

『……』


 意味深な言葉に、サラ様がぴくんと反応する。

 エアリアルを見つめるが、相変わらず聖母のような微笑みだ。

 腹のうちはどんなことを思っているか皆目見当がつかない。

 サラ様はいい加減探るのを諦めると、梁子に振り返った。


『行くぞ、梁子』

「はっ、はい! では、エアリアルさん、またの機会……次は、ちゃんと正式にお呼びつけくださいね。その時は楽しみにしております。では、皆さんも……。お騒がせいたしました。では」

「ええ。ごきげんよう、上屋敷サン。それと……屋敷神サン」

『フン……』


 サラ様が部屋の出口で腕組みをして待ち構えている。

 梁子は駆け出すと、そのまま部屋の扉を開けて、屋敷の外へ向かった。後ろはもう振り返らない。


 敷地外に出ると、巨大な鉄柵が自動で閉まっていく。ガシャンと重い金属音が響いた。

 梁子は腕の中の正吉を見る。

 助け出した後だろうか、心なしか安心して眠っているように見える。


「サラ様……どうしましょう、正吉さんまだ寝てますが……起こしますか?」

『いや、それはとりあえず後だな。まずは例の公園に戻る。ここではなにか落ち着かんからな……』

「あ、それもそうですね。でも、その公園ってここから遠くないですか? ここは北大井住で、田中さん家のあたりは東大井住の方じゃないですか。そこまでまた歩いて行くんですか?」


 梁子はげんなりとする。

 来るときも割と長い距離を歩いてきたのだ。

 同じか、それよりも長い距離となるとかなり疲れると予想される。


「やだなあ……」

『平気だ、梁子。バスに乗る』

「えっ? バスって……正吉さん抱えたままですか?! ちょ、わたし、他のお客さんに不審に思われちゃうんですけど」

『大丈夫だ。正吉の姿が見えないよう、そういう術をかける。それと……公園に戻ったらすぐに正吉の記憶を戻すぞ』

「えっ、あ、はい。やっぱりそれもできるんですか? すごいですね、サラ様……」


 バスで帰れるとホッとしたのも束の間、次の瞬間にはビックリしていた。

 先程は梁子の言葉を自分だけでももとに戻せると豪語していたが、まさか記憶の復元までとは……。

 そんなことがはたしてできるのだろうか。

 いや、たしかに、正吉には記憶を消してやろうとか言っていた訳だし……サラ様ならその逆も当然できるとは思うのだが。

 そんなことを思っていると、サラ様が、呆れたような顔をしている。


『違う。自惚れだけではないぞ。正吉を「正確に」戻すにはやつらの力が必要だったのだ。さっきあやつらの能力の一部を取り込んだと言ったろう。ならば、おそらく戻し方も正しく出来るはずだ。こればかりは実際やってみなければ……わからんがな』

「本当ですか」

『ああ』

「サラ様……サラ様、もう……大好きですっ、!」


 そう言ってガバッと抱きつこうとする。

 が、すんでのところでサラ様はかき消えてしまった。


『何をする。アホか! 梁子、わしは霊体……のようなものなのだぞ。飛び付けるわけないだろうが!』

「わかってますよ。フリですよ、フリ。体があったら抱きついてしまいたいくらい、嬉しかったってことです! これで……正吉さんに伝えられますね。本当のこと……うへへっ」


 うへへっ、うへへへっ、と梁子は気持ち悪い笑い声をあげはじめる。

 それは大好きな間取りを想像して描いているときと同じような笑い声だった。

 梁子はめったに笑わないが、たまにこうして感情が高ぶると変な声をあげる。


 サラ様は正吉に見えなくなる術をかけると、それ以降全くしゃべらなくなった。


 梁子はなんとなく、嬉しくて照れてるのかな、などと勝手に想像する。

 守るべき家の者に好きと言われて嬉しくない屋敷神などいないだろう。

 梁子はそう思ったのだが、サラ様は単にその笑い声に引いていただけだった。

 それを知っているのは無言になった張本人だけである。


 梁子たちは最寄りのバス停に向かうと、東大井住方面に行くバスへと乗りこんだ。



 ***



「すみませんでした、マスター……」

「いえ、いいのデス。D、上屋敷サンたちにあの事はバレなかったデスか?」

「はい、おそらく……彼らを『監視』していたことは、守秘できたと思われます」

「そうデスか……」


 エアリアルは、館の実験室にまだ残っていた。

 実況検分と称して、破壊されたケージを調べたり、衣良野の幻影の状態を観察していた。

 衣良野とマスターが話しているところに、ターが口をはさむ。


「マスター、ボクたちも壊されそうになったよ……あの人間に何もしなかったから運よく助かったけど……。ねえ、マスター、あの人間と神様にこれ以上近づかないほうがいいんじゃないの?」

「わたくしもそう思います。畏れながら……あの者たちを影から監視し、その周囲で起こった出来事を追跡調査するのは……今回のような危険を誘発させると予想されます。いずれはこちらに大きな損失が出るのでは」


 控えめにムーアが進言する。

 その言葉に、衣良野が珍しく怒りの目を向けた。


「B、C、君たちは何もわかっていませんね。マスターの研究が少しでも前進するのなら、これほど良い研究対象はないのですよ。あの者たちは、マスターの野望を叶える素質を秘めている……。現にこうして、貴重なサンプルが得られたではないですか」


 そう言って、衣良野は自身の崩れた半身を見せびらかす。

 エアリアルはその断面に触れて笑っていた。

 それは聖母とはほど遠い、悪魔のような笑みだ。


「D、ありがとうございマス。その通りデス。こうして傷をつけられるなんて……本当に『良かった』。これであの不思議な者の正体が少し、わかりマシタ。幻影消去ができるとは……そしてこの細工の入れ方……素晴らしいデス! ますます研究をしてみたくなりマシタ! アナタたちの幻影はまだ実用化にはほど遠い……あの力をぜひ解明しなければ。タヌキの損失はそれほどたいしたことではありマセン。もともと、副次的な収穫デシタからね……。人への異常な執着がみられたので、Dの実験に応用できないかと思っていたのデスが……まあいいデショウ。それよりも、大きな収穫が得られました。引き続き、気付かれないように上屋敷サンたちの調査を続けてください」

「……ですが!」

「マスター、さすがにバレたらやばいよぉ」


 ムーアとターはあまり乗り気ではない声をあげる。

 それを受けて、衣良野が口を開いた。


「B、C……。それならば私が参りましょう。今までは空を移動できるBと、それを乗りこなすCに任せてきましたが……仕方ないですね。私ではいくらか調査能力は劣るでしょうが……かまいませんか、マスター」

「ええ、いいデスよ。ワタシの作品たちとはいえ……無理強いなどしたくありマセンからね。ではDにお願いしマス。危険をともなう役目デスが……それでもいいデスか?」

「はい。たとえこの身がどうなろうと、マスターのお役にたてるならば……」

「そうデスか。とても、嬉しいデスよ……D」


 エアリアルは、優しく衣良野の頬をなでる。

 ターもムーアも姿を消しているエスオも、それを見て何も言わなかった。

 彼が、衣良野が、誰よりもエアリアルに心酔しているのを知っていたからだ。

 衣良野は恍惚とした表情を浮かべている。

 エアリアルのためならば、死んでもいいとすら思っている目だ。


「さて。ではワタシは大学のラボに戻りマス。研究の途中デシタからね。またあとで、じっくりDとHの調査をしに来マス。では……また」

「マスター……」


 すっと、エアリアルの幻影が消える。

 物の精たちは、それぞれに複雑な思いを抱えていた。

 あるものは主にどれだけ愛されているのかを案じ……またあるものは自分の身の危険を案じ……またあるものはこの館の者たちの主従関係を案じ……またあるものは己の人型がいつ完全に戻るのかを案じていた。

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