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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
2軒目 白木蓮の咲く家
39/110

2-19 サヨさんの手紙

・・・・・・・・・・


健一へ


 突然どうにかなってしまうこともあるだろうから、こうして手紙を書いておくことにするよ。

 もしこれを読んでいるんだったら、わたしはもう死んだあとだろうね。


 健一、生きている内にはとうとう言えなかったことを書いておくよ。

 ずっと一緒に住まないで悪かったね。

 母さんはあんたから誘われてたけど、ずっと断ってきた。それはね、この家を離れられない理由があったからなんだ。

 建前は、代々住みつづけてきたこの土地を簡単には離れられない、っていうのだったけどね。

 本当はずっと会っていたい人が……この家の側にいたからなんだ。


 あんたが今住んでいるのはマンションだろ? そこには当然、庭はない。

 母さんは、この庭付きの家がとても大事だったんだ。

 この庭で……ある人に出会ったからね。


 前にあんたに言ったことがあるかもしれないね。そう、正吉さんって人だよ。

 その人とはこの庭の、この家でないと会えはしないんだ。

 正吉さんは、色々とあたしの身の回りのことを手伝ってくれている人でね。だから、あんたがめったに来なくても大丈夫だったんだよ。

 近所に住んでる人だけど……誤解するんじゃないよ、母さんはその人となんにもないんだから。今でもあたしはずっと父さんが一番さ。

 だけど……本当に良くしてくれる人でね。

 この家で辛い思いをしていたときも、いつも支えになってくれてた人だった。

 そんな正吉さんと会えるこの家に、母さんはずっと住んでいたくてね。そう、母さんのわがままだよ。

 かなり依存してると思う。正吉さんなしの人生なんて考えられないほどにね。

 それでも、母さんはその日々がとても幸せだったんだ。


 どうして正吉さんがそこまでしてくれるのか……母さんもわからないわけじゃない。でも、その好意にずっと甘えてきてしまった。あの人にはあの人なりに幸せになる道があったのに、母さんが弱いせいでずっとここに縛り付けてしまった。

 だからね。

 もし、母さんが死んだら、この家を売っぱらって欲しいんだ。

 更地にして、なんにもなくしてほしい。

 そうしたら、正吉さんは自由になるはずだから。

 こんなわたしのために、長い時間をともに費やさせてしまった。

 せめてわたしが死んだあとくらいは、自由になってほしくてさ。

 もし、会うことがあれば……といってもあんたの前に姿を見せることはないだろうけど、会ったらよくお礼を言っておいておくれね。覚えてないだろうけど、あんたも一度はとてもお世話になった人だから。


 変なことを頼んでごめんよ。

 それに、こんなこと、とてもじゃないが直接あんたには言えやしない。

 こんな形で残すことを許しておくれ。

 もしかしたら、この手紙に最後まで気付かないかもしれないけど、それならそれで墓場まで持っていくつもりだから。見つかったら、見る機会があったなら、きっとやりとげておくれ。


 本当はあんたの好きにしていいと言うつもりだったけど。これが一番心残りだったんでね。

 あんたが結婚しないのも心残りといえば心残りだけど……あれかい? 母さんがずっと辛い生活をしていたのを見て、家庭を作りたくなくなった、とかなのかい。

 だったらなおさらだ。

 こんな嫌な思い出のつまった家はなくしちまうといい。

 どうせ遺産は全部あんたのものなんだ。売っぱらったって、何したって誰もなにも言うもんか。


 健一、あたしはずっとあんたを愛してる。

 父さんもだ。あの人がいたからいままでがんばってこれた。

 おじいちゃん、おばあちゃんも、厳しかったけど、きっと本当はそんなに悪い人じゃなかったんだよ。

 でも、あんたには嫌な思いをさせちまった。それだけは本当にごめんよ。

 母さんは最後にとっても穏やかに暮らせた。

 とても大事な人と、楽しい日々を送れた。

 自由にさせてくれた健一にはとっても感謝しているよ。

 もうあんたはひとりでもしっかり生きていける。あんたはあんたで、好きなように、幸せな人生を歩んでいきなさい。

 それじゃあ、あとは頼んだよ。

 あたしがあの世から見守ってるんだから、バカなことだけはするんじゃないよ。

 体に気を付けて。達者でな。


田中サヨ


・・・・・・・・・・

【登場人物】

●田中サヨ――白木蓮の咲く家に住んでいた老女。享年七十三歳。正吉の想い人。

●田中健一――サヨさんの息子。

●正吉――白木蓮の咲く家にいた男。正体は片目に傷のある化けタヌキ。

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