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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
2軒目 白木蓮の咲く家
38/110

2-18 通夜

 木曜日ーー。

 大学の講義を終えた梁子は、着替えるためいったん帰宅した。

 これからサヨさんの葬儀に向かうのだ。

 自室のウォーク・イン・クローゼットに入り、無地の黒いワンピースを探す。


『みごとに暗い色ばかりだな』


 ずらりと並んだ服の色合いに、しゃがれ声が呆れている。


「しょうがないじゃないですか。地味にみせるためには必要なんですよ。紺とか黒とかが一番落ち着くんです」

『だとしてもだな……もっと可愛い花柄とか……明るい色をな……』

「あ、これなんて、いいかもですね。きれいめだけど光沢がない生地で……よし、これにします!」

『梁子、聞いておるか?』


 さっと袖を通し、黒のストッキングも忘れずに履く。

 ふと、葬儀のことで疑問がわいた。


「そういえば……」


 自分の先祖たちは、他の者の葬儀でとはいえ、お経を聞いて成仏しないのだろうか。

 サラ様にも何らかの影響がでるかもしれない。


「サラ様、お経が聞こえる場所に行って大丈夫なんですか?」

『ん? ああ……読経ぐらいではなんともならん。わしにかかっている術はそれなりに強力だからな。ちょっとやそっとでは解呪できないようになっておる。今日きょうび、テレビなんぞでもお経をあげるシーンが流れとるだろう、あれにいちいち反応しておったらきりがないわ』

「……じゃあ大丈夫なんですね。安心しました。なにしろ他人の葬儀に出るのって初めてなんで……」

『どちらにしろ、もともと顔も知らん仲なんだ。香典を渡したらすぐに帰れよ』

「はい、もとよりそのつもりです。……完全アウェイですし」


 梁子は途中のコンビニで買ってきた不祝儀袋を出すと、スマホで何か検索しはじめた。


「そういえば、いくらくらいが相場なんですかね、ご香典って」


 調べると、知り合い程度は3000円ということだった。


「あ、そんなに高くないんですね。良かった。……稼いだバイト代から出すのに、さすがに万単位だったらキツかったです」

『その香典代が無駄にならんといいな。益になって返ってくればいいが』

「はい、そうあってほしいです。正吉さんに代わって、サヨさんの最後も見届けてあげたいですし! って、明日の告別式は大学もバイトもあるから、行けないんですけどね。今日は通夜が夕方からだから行けますけど……それにしても正吉さん、どこ行っちゃったんでしょうか」

『そうだな』

「あれから何かわかりましたか?」

『ふむ、大まかな場所は北……だな。市内にはいそうだ』

「おおっ、そこまでわかったんですね!」

『だが、依然詳しい場所はわからん。近くまで行かないとこれ以上は無理だな』

「そうですか……」


 あれから梁子は、何度も田中邸やタヌキのいた公園に行っていた。

 いつかひょっこり戻ってくるのではと気長に構えていたのだが、結局会うことはできなかった。

 サラ様は、時間はかかるが占い続けて場所をさぐりあてるという方式に変更している。

 精度は落ちるが、それでも正吉発見の一助にはなるのだ。

 姿を消した正吉に、梁子は不安とわずかな苛立ちを感じていた。


「とりあえず、もう時間なんで行きましょう。一応葬儀場も北にありますし、何か新しい手がかりが得られるかもしれません」

『そうだな。葬儀場に向かいがてら探してみるか』


 梁子はバスを乗り継いで、北大井住の方に向かった。

 目的地に着くと、もう何人もの人が建物の玄関付近に並んでいた。

 梁子もその列に並ぶ。

 田中サヨと書かれた垂れ紙がある受付で記帳し、香典を渡す。


 式場に入ると、喪主の健一の姿を見つけた。なにやら親族と話している。

 こちらには気づいてないようなので、そっと後ろの方の席に座る。


 そのうち、弔問客もめいめい席につきはじめ、通夜式がはじまった。

 故人の紹介、次いで僧侶の読経がはじまり、焼香が親族から順に行われる。

 梁子は一般の会葬者中でも最後の方だった。

 順次、通夜振舞いの部屋へ人がはけていくので人数が少なくなっていく。

 梁子の番になって立ち上がると、親族たちからものすごく見られた。非常に居心地が悪い。

 きっと、あの人は誰だろうと思われているのだろう。


 梁子は親族たちに一礼すると、サヨさんの遺影に向き直った。

 会ったことはないが、快活そうで、とても優しそうな女性だった。

 幸せそうな笑みをたたえている。

 梁子は彼女にも一礼し、焼香した。

 手を合わせ、心の中で正吉のことと、手紙のことを報告する。


 梁子は終わるとさっさと帰ることにした。

 玄関まで出たところで、誰かに呼び止められる。


「か、上屋敷さん?! ちょっと、待ってくれ!」


 振り返ると、そこにはあわてて走り寄ってくる健一の姿があった。


「来てくれたんだな、ありがとう。それより……まさかすぐ帰られるとは思わなかったよ。少し、二階で食べていったらどうだ?」

「すいません。やはりわたしは場違いだと思いますので……こちらで失礼いたします」

「そんなこと言わずに、少しだけでも」

「いえ、申し訳ないのですが……」

「そうか。なら、時間もないことだし、ここで訊こう」

「えっ?」

「単刀直入に言う、あんた……正吉さんという人物を知らないか?」

「……」


 なぜ、健一が正吉の名を知っているのか。

 梁子はてっきり知らないと思っていた。

 どこまで答えていいかわからないため、あえて口をつぐむ。

 だが……表情に表れていたようで、健一がなにかを察した。


「やっぱり、知っているんだな。もし正吉さんと会うことがあるなら、俺に連絡をくれと伝えてくれないか?」

「どうして、わたしが」

「ん、まあ……この手紙をおふくろから頼まれたんなら、当然正吉さんのことも聞かされてるんじゃないか、って思ってな。顔見知りというか、そこまで縁のある人なら……あんたに頼むのが一番いい」

「ええと、たしかに知ってはいます。ですが……その方は今、人と会える状況じゃなくってですね……」

「病気ってことか? どこかに入院してるのか。だったら俺が直接……」

「あ、いや。今どこにいるのかも、ちょっとわからないというか、なんというか……」


 詳しく言えなくて、モゴモゴと口ごもる。

 健一は肩を落として言った。


「まあいい。とにかく連絡がつくんなら、あんたの方からコレの内容を伝えてもらいたいんだ。できるか?」

「えっ、それは……」


 そう言って健一から渡されたのは、あのサヨさんからの手紙だった。


「どうして……」

「読んでみてくれ。そこにおふくろの気持ちと、正吉さんのことが書かれてある」

「……失礼します」


 梁子は外灯の下にもって行くと、手紙に書かれてある文字をひろった。

 涼しい夜風がパタパタと便箋をゆらす。


「……」


 読み終えて顔をあげると、健一が待ち受けていたように口を開いた。


「俺は、その通りにするつもりだ。正吉さんには悪いが……それがおふくろの遺志だからな。本来なら秘匿しておくべきことなのかもしれんが……」

「そうですね。サヨさんにしてみたら、隠しておいてほしいことだったかもしれません。でも……正吉さんにしてみれば、教えてもらって嬉しいことだと思います……」

「ああ。俺もそう思う。だからこそ……あんたに頼むんだ。なあ、俺は少し話に聞いていただけなんだが、あんたから見て、正吉さんってのはどんな男だったんだ?」

「そうですね……真面目で、一途な人だと思いますよ。好きな人の子供を身を呈して守るほどに……」

「子供……?」

「いえ、なんでもありません。これ、いただいてもよろしいですか?」

「ああ。その代わり、必ず正吉さんに渡してくれよ。そしてなるべく早いうちに、あの家に来てほしいと伝えてくれ。直接礼を言いたいし、おふくろの遺品も渡したいんだ」

「わかりました。では、またいずれ。……失礼します」

「ああ」


 梁子はお辞儀をすると、とっぷりと日の暮れた道を歩きだした。

 しゃがれ声に向かって問いかける。


「サラ様、場所の特定はできそうですか?」

『ああ、近くなってきたからな。もう少し歩き回れば分かりそうだ』

「そうですか……」


 梁子は手元の手紙をしっかり握ると、前を向いた。


「今日中に見つけましょう。少しでも早く、このことを伝えてあげたいです……」


 正吉の悲しみを、なるべく早く癒してあげたい。

 その一心で梁子は夜の町を駆け出した。 

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