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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
2軒目 白木蓮の咲く家
35/110

2-15 カラ達にて

※途中で河岸沢さんから大事なお話があります。

「んじゃ、ここ入るか」

「えっ!」


 河岸沢と梁子がやってきたのは、「カラオケの達人」というカラオケ店だった。

 通称「カラ達」。駅前のわりと大きな通りに面した、雑居ビルの2階~4階である。

 梁子が戸惑っているのを無視して、河岸沢はさっさと受付に行く。伝票と部屋の番号札を手に戻ると、梁子の反応も見ずにズンズン横を通りすぎていった。

 梁子はあわてて後を追う。


「あの、わたしカラオケする気なんてないんですけど」


 文句を言うと、河岸沢はバカにしたように返してきた。


「あのな、俺だって別に歌いたくてここに来たわけじゃねえよ。今は5時すぎだ。通行人もまだ多いだろ? 外で話してたらどこで誰が聞いてるか分からねー。これからする話は、お前にとっちゃ聞かれたらマズイ話だろ。……俺のこのささやかな配慮がわかんねーのかよ」

「でも。河岸沢さんと個室でふたりっきりっていうのは、さすがに」

「そーかよ、じゃあ聞かなくてもいいってことだな? ハイハイ、俺は別にお前のためにここまでしてやる義理はねーんだ。とっとと帰らせてもら……」

「わかりました! すいません、お話ここで聞かせてもらえませんでしょうか? お願いします!」

「ったく、わかりゃいーんだ」


 きびすを返して帰ろうとする河岸沢に、梁子はあわてて頭を下げた。

 それで少し溜飲が下がったのか、河岸沢はまた前へ歩いていく。

 205と書かれた扉を開ける。中は4帖ほどの広さだった。

 梁子と河岸沢はテーブルを挟んで向かい合わせに座る。

 河岸沢は壁の受話器を取ると、さっそく飲み物を頼んだ。


「ウーロン茶、二つ。ああ、それだけで。……お前もそれでいいよな?」

「はい」

「もしもし。ああ、それで頼む。おい上屋敷、俺はおごってやる気はないからな。料金は別だ」

「わかりましたよ。別に期待してません」

「チッ、可愛くねーやつだな」


 席に戻ると、河岸沢はぺらぺらとテーブル上に置いてある曲リスト集をめくりはじめた。

 歌う気はないと言っていたので、あくまで時間つぶしだろう。

 梁子は、こんな人でも歌を歌うことがあるのかといぶかしんだ。

 自分はあまり歌わないが、河岸沢は見た目通りロックな曲ばかり歌うのかもしれない。


 近くの部屋から大声で歌う人の声が聴こえてくる。

 誰の曲だろうか。梁子の聴いたことのない歌だった。

 外界から閉ざされた空間にいることで、わけもなく緊張してくる。

 しばらくすると、部屋に飲み物が運ばれてきた。水滴のついたグラスが二つ。

 店員が去っていくのを見計らって、河岸沢が口を開いた。 


「さて。何の話だったか。ああ、その前に。上屋敷の守護霊さん、霊気が強すぎるからちょっと押さえてくんねーか。つっても無理か」

『そうさな。今もできるだけ気配を消しておるのだが。お主には辛かろう、すまぬな』

「サラ様?!」

「声の主。そうか、わかった。そっちが無理そうなら俺が我慢するわ」


 急に声を出したサラ様に、梁子は驚く。

 もう河岸沢には存在を隠す必要がないということだろうか。

 だとしてもあけすけすぎる。

 河岸沢も河岸沢で、もうサラ様には慣れた様子だった。

 少々置いてきぼり感が激しいが、梁子は気にせず発言する。


「あの、河岸沢さん。今朝もですけど……この声、聞こえてるんですね」

「ああ、それお前の守護霊さんなんだろ?」

「ええっと……わたしは家の決まりで他言することができないんです。唯一話していいときは、こちらからあることをお願いするときだけなんですが」

「他言することができないって……そう言ってる時点で認めちまってるようなもんだろ。バカか? ……あることってなんだよ?」

「……」

「あー、まあいいや。じゃあ俺が勝手にしゃべるってことでいいな?」

「はい、そうしてくれると助かります。あとは……サラ様が答えてください」

『わかった。わしも少々気になるからな。梁子が話せぬところがあれば、わしが代わりにきこう』

「オッケー。じゃあ、どこから話す?」

「まず、わたしの守護霊が……『禍々しい』とかおっしゃってた件です。どういうことなんですか」

「ああ、それか」


 河岸沢は一口、飲んでから言う。


「それはそこの守護霊さんがよく知ってるはずだぜ? だがまあ、ここは俺が話す場か。お前の守護霊さんだがな、こりゃあ、まともじゃねえ。邪法を用いて『作られてる』存在だ」

「作られてる?」

「ああ、コドクって知ってるか」

「こどく」

「蠱毒だ。カメの中とか、箱ん中とかに、蛇とかムカデとかをたくさん入れて共食いさせんだよ。そんでその中で生き残ったのを神として崇めるんだ。その術を行ったものには莫大な富が手に入る……わりと大昔からある邪法だ」

「蠱毒……そんな。じゃあ、サラ様は……」

『そうだ。わしはその生き残り。もともと地域で一番の大蛇だった。そして稀有な白蛇。そこに目をつけられたんだろうな。そこから後は察しの通りだ』

「そんな……」

「時おり見える蛇は、アンタだったのか。サラ様って呼ばれてたよな。白蛇は弁才天、サラスヴァティーに通ずる……名付けの由来はだいたいそんなとこか?」

『ご明察。その通りだ』

「そ、そうだったんですか? 知りませんでした……」

『さすがは寺の息子だな。博識だ』

「まあ、修行のときに多少聞きかじっただけだ。で、どー思う、上屋敷。俺が禍々しいって言ったのはそういう理由だぜ? あとそうそう、他にもあった。それだけじゃない……別の蠱毒も織り混ぜてる……。そいつが一番ヘドが出るな」

「別の蠱毒?」

「人間の霊体だよ」

「えっ?」

「お前のうしろにたくさん憑いてる人間だ。ご先祖様か? 霊による蠱毒……。普通は成仏して転生するからそんなに多くの守護霊は憑かないんだが、まれにそういう術もある。上屋敷、何か心当たりはないか?」

「……」

「あるんだな。つまりはそういうことだ。お前の守護霊『サラ様』はそういう術で出来ている。だが、俺が怖いのはそこじゃない。それ以上に……いまだにその蠱毒が『存続』してるってことが怖いんだよ」

「どういうことですか」

「普通、蠱毒は誰かを殺すために作られる。そしてそれによって富を得、目的を達成したらその瞬間術は消える。基本一回限りなんだ。だが、お前のそれはどうだ? 今も『消えてない』。これがどういうことかわかるか」

「……いえ」

「これからお前は『誰かを殺すかもしれない』ってことだ。逆を言えば、『誰かを殺さない』限り、今の状態が続く」

「そんな! わたしが誰かを殺すなんて!」

「ないと言い切れるか? 人間、生きてりゃどうしようもない状況に追い込まれることだってある。身を守るためには、人を殺さなくちゃならないことだって『ない』とは限らねーんだ。それが俺は怖い。俺がもし、お前の敵に認定されちまったら、お前に殺されちまう危険だってあるんだぜ。これが怖くないわけがねーだろ」

「わたしは! 河岸沢さんのことは苦手ですけど、殺そうなんて絶対思いません!」

「どーだかな。それに害をなすとも俺ぁ言ったよな? これは、おそらくだが……おまえたち一族は誰かを殺すかわりに自らの魂を捧げてきたんじゃねーのか。だからそれだけの財と運を得てきた。それは、代わりにお前の周囲の人間の財や運を奪うといった行為だ。少なからず俺らが影響を受けないとは限らねえ」

「そんな……そんなことは……」

『梁子、そやつの言う通りだ。他人がお前に向ける視線。あれを思い出せ』

「視線……」

『梁子、お前はそれをわずらわしく思っていたな。だが、それもそやつの言うように、上屋敷一族が得た財(才)の一つなのだ。他人の視線がお前に向けられている間、他の者はどうなっている? 本来注目をされるべき者が、その機会を失っているのだ。それは害をなすということとほぼ同義だろう』

「そんな……」

『だから上屋敷家の者は極力それを押さえるようにしてきた。子々孫々までこの富が得られるようにな……。いわば節約だ。強い力を使わぬ代わりに、そこそこの幸福をもたらす。そのように慎ましやかに生きてきたのだ。だからこそ、わしも心外だった。繁栄してきたツケを払うはめになる、とそやつに言われてはな』

「はっ、それはそこ。どんなに制御したって邪法は邪法なんだ……誰かを不幸せにしなきゃ帳尻が合わなくなるに決まってるだろ。だから、俺は予言する。いつか、お前の代でなくとも、『誰かを不幸にする未来が待っている』。なあ、上屋敷。お前にはその覚悟があるのか?」

「……」


 梁子は黙って自分の足元を見た。

 床には真っ黒な床材が張られている。ちょうど地獄の底に落ちていくような暗がりに見えた。


 そんな真実があったとは知らなかった。


 サラ様は美しくて。

 自分と、家族をいつも優しく見守ってくれていて。

 あったかい存在で。

 なくてはならない存在だった。


 でも、そんひどい一面があったなんて。

 自分はまったく知らなかった。

 知らない。知らない。

 こんな『サラ様』は知らない。


『梁子。これは……本来は、お前の親の代が死ぬときに知らされることだった。お前が望むから、この者に話させたのだが……許せ。やはり時期尚早だった』


 サラ様の申し訳なさそうな声が響く。

 だが、梁子はその内容がほとんど耳に入ってこなかった。

 「本来は」とか「親が死ぬときに」などという言葉が、わずかばかり脳内にリフレインする。

 梁子はそれにぽつりとこぼした。


「サラ様……じゃあ、父さんと母さんは……知っているんですか。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが死んだときに……知らされたんですか?」

『ああ。そうだ』

「そうですか……。わかりました」


 ゆっくりと顔を上げ、ウーロン茶を飲んでいる河岸沢を見つめる。


「河岸沢さん、ありがとうございました。そういう、危険性があるんですね。よく心に留めておきます……」

「あ、ああ。大丈夫か、上屋敷」

「はい。これはわたしの問題ですから。驚きましたが……どうにか色々と頭を整理してみたいと思います」

「そうか。まあ、何かあったら俺に言えよ。たいして役には立たねえかもしれねーが、こうして話しちまった責任もあるしな」

「別に責任、感じなくてもいいですよ。わたしからお願いしたんですから」

「っとに可愛くねーやつだな!」

「それに」

「ん?」

「覚悟はしてました。どんなこと言われても、受け止めるって」

「そーかよ」


 河岸沢はぐいっとグラスを傾けると、一気に飲み干した。


「とりあえず、お前らがそういうのを自覚してて、さらに割りきってるってんなら、外野である俺は特に何も言わねーよ。ただな、とにかく俺とか大輔さんに迷惑をかけんじゃねえ。それだけだ。そんなことしたら俺ぁたとえ殺されてもお前らを許さねーからな!」

「はい」

「わかったらいい。あとな……」


 河岸沢は急にどこか一点を見つめると、ひと息に言い切った。


「ドクシャのミンナは決して蠱毒に手を出すんじゃねーぞ。これはモノガタリの中だけ、特に上屋敷だからこそあり得る術なんだからな!」

「え? 河岸沢さん、急に何言ってるんですか? ドクシャ?」

「俺もよくわかんねえよ。急に『そう言え』って声がどっからか聞こえてきたんだからよ。あと、なんだったか。ええと……生き物がかわいそうだからヤメロ、とかなんとか……まあ、そりゃそうだな」

「あの、河岸沢さん? 大丈夫ですか?」

「あああああ! だから、耳がいいとろくなことがねぇんだよ! ああああああ! ぶっ壊してえええええっ!」


 河岸沢は思いっきり声をあげた。部屋を揺るがすほどの大音声。

 梁子は耳がキンキンした。

 マイクなしでこれだ。カラオケをしていたらどうなっていたのかと思うとゾッとする。


「フッざけんなよ、マジで! いい加減うぜえぇえええんだよ! あー、いいよなあ、上屋敷は。『見たいもんだけ見れて』、『聞きたいもんだけ聞ける』んだもんなあ。こっちは生まれてからずっと垂れ流しだよ! よくわかんねえもんばっかよおおお!」

『ふむ……同情に値するな』

「同情するならどうにかしてくれよ! マジでさあ、俺は神にでもなんでもすがりたいとこなんだわ。でも、上屋敷の守護霊さんだけはやめとく」

「えっと……そうですか? もし間取りを見せてもらえるんなら、できないことも、ないこともないこともないですけど……」

「は? 間取り? よくわかんねーけど、とりあえずやめとくわ。それこそ俺も自分でなんとかする」

「そうですか」


 カラン、と梁子のグラスの氷が揺れる。

 河岸沢はしばらくひとしきり吠えると、どこかすっきりした表情になった。


「はあ、ようやく変な声が止んだ。久しぶりに大声だしたらなんかスッキリしたわ。やっぱここ来て正解だったな」

「変な声って……サラ様、聞こえますか?」

『いや……わしにはよくわからん』

「そうですよね。やっぱ河岸沢さんのほうがおかしいっていうか……電波……」

「あ? なんか言ったか」

「いえ、何も」

「そーか。じゃあ……あと他に聞くことねーか」

「とりあえずもう大丈夫です」

「んじゃあ帰んぞ」

「はい」


 梁子と河岸沢は結局一曲も歌わずに部屋を出た。

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