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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
2軒目 白木蓮の咲く家
33/110

2-13 寝覚めの悪い朝

 朝の光が窓辺から差し込む。

 梁子はぼんやりとしたまま目を開けた。

 なにか悪い夢をずっと見ていた気がする。

 ひどく気だるい。こんな日は二度寝と決め込みたい……ところだったが、今日はバイトである。


 日曜は大学が休講なので、バイトは午前からの昼シフトだった。

 面接のとき、「週末は土日のどちらか入ってもらわないと困る」と言われてそのままOKを出してしまったのだが、いくら採用されたかったとはいえ、こう体調が優れないときは言う通りにするんじゃなかったと後悔する。

 梁子は横になったまま、うーんと伸びをすると、足の反動を利用して一気に起き上がった。


 身支度を終えダイニングに行くと、そこにはすでに両親がそろっていた。

 部屋に入るなり、父親の大黒がちらりと鋭い視線を向けてくる。


「おはようございます。ん? 父さん、どうしたんですか?」

「梁子聞いたぞ。昨日は男と帰ってきたそうじゃないか」

「……」


 面倒くさいことになったなぁと梁子は額に手をやった。


「えっと、父さん? 男……って、なんですか、その言い方……。あの、母さんも何、父さんに誤解与えるようなこと言ってるんです」

「あら。男の方は男の方で間違いないでしょう? 送ってもらうなんて……ふふ。ああ、昔の大黒さんとのデートを思い出しますわぁ」

「こら、ゆか、やめないか……」


 うっとりとした表情で大黒を見つめるゆかに、おおげさに照れてみせる大黒。

 そんな両親に、梁子は朝から砂を吐きそうになった。

 余計な詮索をこれ以上されないためにも、さっさと食べてこの場を離れることにする。

 梁子は台所に自分の朝食を調達しに行った。

 いつもはだいたいゆかが家族の分を用意しているが、各自がやることもある。

 それは家を出るのに急いでいるときなどだ。 


 梁子はトーストを焼いて、たっぷりバターとココナッツオイルを塗ると、あとは冷蔵庫にあったバナナと牛乳を持って、ダイニングに戻った。

 一心不乱にかぶりつく。


「で、その相手はどういったやつなんだ? サラ様のお眼鏡にかなった人なのか」

「ふぁあ、どーふぇほーふぇ(さあ、どうでしょうね)」

「警官だっていう話じゃないか。どこで知り合ったんだ、ん? もうお付き合いまでいっているのか」

「ムグムグ……ただの、知り合いですよ。そんな関係じゃないです。もう……面倒くさいので詳しいことはサラ様に聞いておいてください。モグモグ……はあ、ごちそうさまでした。ってわけで、もう行きます」

「あっおい、梁子! 待て。あとひとつだけ。今はどんな家を調査してるんだ。昨日もそれで帰りが遅くなったんだろ? この間の間取りはなぜか閲覧制限がかかっているし……おい、今度はちゃんと父さんにも見せられるやつにするんだぞ!」

「えーと……行ってきます」

「行ってらっしゃい、梁子さん」


 父の追撃をサラリとかわし、手早く皿を片付ける。

 ゆかに見送られながら、梁子はサラ様のお堂に向かった。


「はあ……」

『どうした、ため息なんぞついて。ため息をつくと幸せが逃げていくというぞ』


 手を合わせて正座をしていると、お堂の中に異形の者が姿を現す。

 梁子は顔をあげた。


「それは、大丈夫ですよ……サラ様がいつも見守ってくれてますから。きっと、いくらため息をついても……幸せの方が向こうから追いかけてきますよ」


 サラ様は、今日も美しいその姿を惜しげもなく梁子の前に晒していた。

 ふわりと長い白髪をなびかせて梁子の真上までやって来ると、声だけの存在に変わる。


『まあ、それはそうだが……そういう意味で言ったわけではなくてだな……』

「わかってます。言葉の綾でしょう? でも……」

『ん?』

「もしサラ様がいなくなったら……もしかしたらその通りになるかもしれませんね」

『……梁子?』

「まっ、そんなことあるわけないですけど。さっ、今日はバイトです。今日も一日よろしくお願いしますね、サラ様」

『ああ……』


 ごまかすように微笑んだが、サラ様はまだ何か言いたげだった。

 気付かないふりをして、梁子は家を出る。


 バスに乗り、駅前の商店街に向かう。

 線路の高架下をくぐって北口に回ると、バスはやがてダイスピザの近くに着いた。

 梁子は雑居ビルの間の細い路地を歩いていく。


「そういえば……今日もたしか河岸沢さんと一緒なんですよね……シフト」

『ああ、あの男か』

「はい。店長含めてスタッフ5人くらいしかいないのに、どうしていつも……はあ」

『気まずいか』

「ええ……。店長あれから河岸沢さんに聞いておいてくれましたかね? わたしを毛嫌いする理由……。あっでも! もしサラ様のことを感付かれてたとしたら……河岸沢さんから店長に筒抜けになってしまいますよね、きっと。ああ、そうなってたらどうしましょう」

『ううむ……それは少々まずいな。他の者にも口外されるとなると……』

「結局どうなったのか、気が重いですね。はあ……」


 店に着き、建物の側面を通って裏口へと回る。

 二台停まっている宅配スクーターの横をうまくくぐり抜けていくと、そこには猫背でたたずむ河岸沢の姿があった。

 思わずゲッと声をもらしてしまう。

 河岸沢は一瞬こちらを見ると、チッと舌打ちをしてきた。


「う……お、おはようございます、河岸沢さん」

「……」


 無理やり笑顔を作ってみせたのに、挨拶すら返してもらえない。

 梁子はピキッと右のこめかみがひきつった。

 機嫌が悪いのかプイと河岸沢に視線をそらされる。

 その態度もまた、さらに梁子の胸を悪くさせた。


 店長も他のスタッフもまだ来ていないようだった。

 出入口の鍵は店長の大輔が管理しているため、彼が出勤してこない限り、ここは開かない。

 それまで河岸沢と二人っきりでいるのか……と思うと梁子は胃が痛くなってきた。

 早く、誰でもいいから早く来て、と心の中で叫びまくる。


「なあ、上屋敷」

「ひゃっ?! ……はい」


 気詰まりが限界に達しようという頃になって、河岸沢が唐突に声をかけてきた。

 梁子は条件反射的に身構える。

 いったい何を言われるのだろうか。


「な、なんですか、河岸沢さん……」

「大輔さんからこの間注意された。お前にあんまり嫌な思いをさせるな、ってな」

「あ……ああ、それですか」

「俺から言わせれば、ずっとお前の方が俺に嫌な思いさせてたんだけどな」

「はい? えっ、わたしいつ河岸沢さんに嫌な思いを? 何もしてませんけど! ていうかですね、なんでそんな態度なんですか? はっきり言ったらどうです。何が気に食わないのか、ちゃんと説明してくださいよ」

「いいのか? 言っても……後悔するんじゃねえのか?」

「い、いいですよ。言っちゃってください、ばーんと。か、覚悟の上です」

「そうか……だったら言ってやるよ。これは本当のことだからな。嘘だ、とか言って笑うんじゃねーぞ。俺にはそう見えるってだけなんだからな」

「は、はい……」


 梁子はごくりとつばを飲み込む。


「俺はな、お前が怖いんだよ。毎回毎回、お前を見るたびに『それ』がちらついて……俺は『それ』が不快でしょうがねえ」

「えっ、な、なにがですか……?」

「『それ』か? ……何十人もの人間だよ。お前の守護霊か、あれは。……尋常じゃねえ数だな。そんなたくさんの人間の顔が背後にくっついてるんだ、気味が悪くてしょうがねえ。それに……蛇……大蛇か。白い蛇も見えるな。なあ、お前いったい何モンなんだ? 俺は怖くて怖くて仕方ねえよ」

「そ……ど、どこまで見えてるんですか」

「うん? いつもハッキリ見えてるわけじねぇよ。時たまちらっと見えるだけだ。俺はガキの頃から『感』が良くてな。女の勘とかの『勘』の方じゃねえ、感覚の方の『感』だ。前に鼻や耳がいいって言っただろ? あれだよ。俺は目もいいんだ。良すぎて頭おかしくなっちまったから、ある程度自分でぶっ壊したがな……。今でもまだ見えたり聞こえちまったりする」

「はい? ……どっかおかしいんじゃないですか? 厨二病ですか、ソレ。わたしの守護霊……ですか。それが変だなんて、そんな……そんなこと……」

「そうだな。まだどっかおかしいんだろうよ。『普通』と感覚が違ったままなんだからな。けどよ、お前はそれでも『異常』だ。俺から見たら畏怖するくらいに『異常』なんだよ。だから意図的に避けてきた。危険だと思ったから、お前の守護霊に目をつけられたくなかったから、避けてたってのに……おとついはついやりすぎちまった。クソッ。あれか? 俺はもうお前らの『敵』認定なのか?」

「意味がわかりません……河岸沢さん。わたしは、河岸沢さんと仲良く仕事したいだけなんですよ。それなのに、そんなこと言うなんて……非常に心外です」

「しらばっくるのか。まあ、それでもいい。だけどな、俺の理由はともかくそれなんだ。それで納得できないようなら別にいい。ただ、俺はお前に不必要に近づいて自分に害をなされたくねえってだけだ。もうひとつ言うなら、この店に……大輔さんにも害をなさなきゃそれでいい」

「はい? あの、害って……わたしがそんなことするわけないじゃないですか。なんでそんなこと思うんですか?」

「お前、気付いてねえのか。お前の背負っている守護霊……禍々しいことこの上ないんだぞ」

「禍々しい……?」

「こう言っちゃ失礼だけどな、お前のそれは、本当にろくでもねえんだ。こんなえげつないもの、俺はいまだかつて見たことがねえ。ちらっと親父から『こういう存在』について聞いたことはあったけどな。まさかこんなんだとは……」

「なっ……なんてこと言うんですか……わたしの……ウチのことをっ……」

『ほう……』


 先祖たちを侮辱されて怒りを増していく梁子とは反対に、サラ様は感心しきっていた。


『こいつはそれなりに看破しているようだな。上屋敷家の成り立ちを……』

「えっ?」

「おっ、また声が聞こえたな。やっぱこれもお前関係だったのか」

「ぐっ……」


 他言無用の家の制約がある以上、梁子は黙りこむしかない。

 サラ様は高らかに笑った。


『ふははははっ! いいだろう。梁子の代わりにわしが答えてやる。河岸沢とかいう者よ、その通りだ。我々は呪われた秘術を用いて繁栄してきた一族……禍々しいと感じるのは当然だ。だがな、別にお前をどうこうする気はないぞ。わしらを感知できるからといって梁子を邪険に扱うな。これ以上その態度を続けてみろ、それこそ、こちらにも考えがあるぞ』

「ははは……やっぱ怖ェじゃねえか。いいぜ、そうか、そうだよな。まあ、ご当人も気付いてないみてえだから教えといてやるよ……お前ら、そのままだといずれ知らない間にまわりに害をなすぞ。意図してなくても、な。やがてそうなる未来が俺には見える。今まで繁栄してきたって言ってたよな、そのツケを払うことになるぞ……」

『何っ?』

「本当に気付いてねえのか。おめでてェな。まあ、しばらくは大丈夫だろ。けどな……俺はそれに巻き込まれたくねえんだ。なるべく因果をからまらせておきたくねえ。でももう、無理みてーだけどな。関わっちまった以上は諦める。こうして同じ職場になっちまった時点で、影響が出るのは知れてたんだ。あとはそれをどう回避するか……だな」

「ちょ、ちょっと待ってください! 回避って……? それに、わたしがまわりに害? どういうことですか」

「それは……」

「おっはよーございますっ!」


 河岸沢が話を続けようとすると、急に明るい声が背後から降ってきた。

 振り返ると、今日出勤するはずのスタッフ、名ヶ森(ながもり)ここあがそこにいた。

 ここあは梁子より少し年上のフリーターである。

 色素の薄い茶髪をカールさせて二つ結びにし、黄色いチェックシャツに真っ白なサロペット、頭には青いニット帽と、ダイスピザでは一番のおしゃれ女子だ。

 ここあはスマホを片手に歩いてくると、それにつながっているイヤホンを外した。

 何か音楽を聴いていたようだ。


「うっわ、コレまじヤバたんじゃないっすか? ひゃははっ、めっずらしー。この二人がツーショットとか」

「うるせーよ。おい、名ヶ森。大輔さんから連絡はあったか?」

「連絡? いんやー、こっちには特に来てないっすよ。なになに、店長遅刻っすか?」

「ああ……」

「……おーい、みんな! 済まない、ちょっと遅れた!」


 そうこうしている間に、バタバタと店長の大輔が走り込んでくる。

 慌てて鍵をポケットから取り出し、裏口の鍵を開ける。


「はあ、はあ……いや、ちょっとね……途中で道を尋ねられちゃってね……」

「ひゃははっ、店長、それ本当っすか? 別に遅れた理由、誰も聞いてないっすよ? さては寝坊じゃ……って、別にそれでもいいっすけどぉ」

「いや、本当だって。おばあさんがな、駅前で……」

「だからー、それ本当なのーって言ってるんす。今どき中学生でもそんな理由……」


 和気あいあいと店の奥に入っていく二人に、河岸沢が話しかける。


「いや、あながち本当かもしれねえぞ。大輔さんはお人好しすぎるからな、あり得る!」

「まじっすか。やっぱそうっすかねー。ひゃははっ」

「か、河岸沢! お前は信じてくれるか!」

「はい。まー、なんにせよ、開店時間に間に合ったから良しとしときましょー」


 大声でやり取りしている河岸沢を、梁子は引き止める。


「河岸沢さん、あの……」

「ん?」

「その……」

「あー、続きはまたあとだ。……仕事あがりにでも話してやるよ」

「……はい」


 梁子は覚悟を決めると、サラ様にも聞こえるようにつぶやいた。


「どんなことを言われても……わたし、ちゃんと受け止めますからね」

【登場人物】

●大輔――ダイスピザの店長。お人好しすぎる男。

●河岸沢――ダイスピザの店員。いろいろと感の鋭い男。

●名ヶ森ここあーーダイスピザの店員。テンションの高い女。

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