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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
2軒目 白木蓮の咲く家
29/110

2-9 協力の依頼

「やっぱり……連絡しなくちゃダメですか?」

『ああ。早くしろ』

「はい……」


 サラ様に催促されて、梁子はしぶしぶ端末を取り出した。

 真壁巡査にもらったメモを見ながら番号を押す。

 妙に緊張した。

 そういえば、特定の男性にこうして電話をかけるというのははじめてのことかもしれない。

 何度か呼び出し音が鳴った後、相手が出る。

 真壁巡査はあわててとったのか、若干声がうわずっていた。


『はっ、はい、もしもし! 真壁です。か、上屋敷さんですか?』

「はい……あの、7時にかけても、まだお仕事が終わってないかと思いまして……いろいろ考えていたら遅くなってしまいました。すみません」


 現在、時刻は七時半。真壁巡査が仕事が終わると言っていた時間より、三十分遅れている。


『い、いえっ、その……ご連絡いただけて、良かったです』

「真壁巡査、もう夕飯は食べられました?」

『いえ、まだです。今ちょうどコンビニに……今日はもう連絡をいただけないものと思っていましたので……これから食べようとしていたところです。上屋敷さんは?』

「もう家で済ませました」

『そうですか。では自分もすぐに食べ終えます。20分後くらいに田中さんの家でよろしいですか? それともこれからご自宅にお迎えに伺いましょうか』

「えっ、いえ、大丈夫です! 田中さんの家の前で……」

『わかりました。では後ほど』

「はい……」


 梁子は通話を終えると、長いため息をついた。

 迎えにくるなんて……。まるでどこぞのお嬢様かお姫様のような扱いである。

 上屋敷家はそこそこ裕福な家なので、梁子もお嬢様といえばお嬢様だった。だが、家にはメイドも執事もいない。豪勢な暮らしをしているというわけでもない。家が大きい以外は、生活は質素そのものなのだ。

 だからそのような扱いをされると変にこそばゆく感じてしまう。

 仮に女性として心配された……のだとしても、普段はサラ様が守ってくれているので別の人に守られるという状況がうまく理解できない。

 どちらにしても、真壁巡査の態度には梁子はどうも慣れる気がしなかった。


 バスに乗って田中家へと向かう。

 現地に着くと、そこには私服姿の真壁巡査がいた。


「あ、上屋敷さん!」


 満面の笑みでこちらに手を振っている。

 梁子は苦笑いを浮かべた。


 制服姿でない真壁巡査はいつもと雰囲気が違っていた。

 濃いブルージーンズに、同じ色合いのデニムジャケット、中に麻の白いシャツを着て、足元は茶色い革の編み上げ靴を履いている。シンプルなのだが、どこか洗練されたスタイルだった。

 見た目のせいか、お堅い印象がかなり親しみやすいものへと変わっている。


 一方の梁子はというと、いつも通りの地味ファッションだった。

 編みこみしてひとくくりにした髪に、金のバレッタを留め、上下とも黒のニットとスカート、そして歩きやすい白のスニーカーを履いている。肩からは黒革のショルダーバック。

 こういった服装は一般的にはどう思われるのだろうか。

 ニットと斜めがけしたバッグは胸を強調させてしまったかもしれない。

 だが、それ以外はどちらかというと全体的に陰気な印象のはずだ。なるべく目立たないように研究した結果なのだが……真壁巡査と比べるとかなりダサい格好だった。

 一瞬だけそれを気にした梁子だったが、すぐにどうでもよくなる。

 今日はそれが重要なのではない。

 梁子は真壁巡査の前までやって来ると、深くおじぎをした。


「今日はお忙しいところ、ありがとうございました。貴重なお休みだったでしょうに……」

「いえ、いいんです。これは、自分が申し出たことですから。お気になさらず。それにこれも何かの縁です。ちゃんと上屋敷さんのお役に立てればいいんですが……」

「ありがとうございます。アナタがいると、とても心強いです」


 心にもないことを言って、梁子は笑った。

 本当は真壁巡査がいなくてもなんとかなる。

 でも、サラ様がこいつを利用しようと言ったので、しかたなくその好意を受け入れたのだ。

 内心梁子は不満たらたらだった。

 一人の方が動きやすいのに、なぜこの警官を同行させなくてはならないのか。

 正吉のことや、手紙のありかなど、つっこまれたらいろいろとややこしいことがある。

 そんな梁子の心を読んだのか、サラ様が耳元でささやいてきた。


『梁子、そんなに気に入らんか。この男が付いてくることは』

「……」

『大丈夫だ、心配するな。わしがなんとかうまくやる。だから安心していろ』

「はい……頼みますよ……」

「ん? 何かおっしゃいましたか?」

「いえ……さあ、行きましょう」

「はい」


 小声でつぶやいたのに、真壁巡査には聞こえていたようだ。

 梁子はうまくごまかして田中家の門をくぐる。

 門と玄関の電気は点いており、家の窓にも明かりが点っていた。

 真壁巡査の情報通り、健一氏が来ているのはたしかなようだった。

 家の敷地内には駐車場はなく、家の前の道路にも車は停まっていない。健一氏はどこか別のところに停めたのか、別の手段で来たようだった。

 チャイムを鳴らすと、奥から人が出てくる。


「はーい、どちら様」


 引き戸を開けて現れたのは、40代くらいの痩せぎすの男だった。

 会社から帰ってきたばかりなのか、スーツの上着だけを脱いだ状態で腕まくりをしている。

 黒ぶちメガネをくいっとあげて、小さな目をパチパチとしていた。


「わたしは上屋敷梁子と申します。サヨさんの知り合い……です。失礼ですが、アナタが健一さんですか?」

「ええ、そうですけど。何の用ですか。悪いんですけど、今忙しいんで……手短にお願いできますか」

「はい、実は……サヨさんからアナタにあるものを渡してほしいとお願いされてまして」

「あるもの? なんですか」

「それが、わたしもよくわからないんです。とにかくなるべく早く渡してほしいと……」

「……」


 梁子のよくわからないという言葉に、途端に疑わしそうな顔になる。

 健一は梁子をじろじろと眺めると手を差し出してきた。


「じゃあ、はい」

「えっ?」

「だから、それを預かりますよ、って言ってるんです。それ、持ってきたんでしょう?」

「いえ、それが……こちらのお宅にあるみたいなんです。一度見たことがあるんで、探させてもらえたらお渡しできるんですが……」

「はあ? あんた、さっきから何言ってるんだ。探させろ? そんなヒマ今ないんだよ、こっちはね、おふくろが死んで、その葬式の準備で忙しいの。ああ、これから出席者をリストアップしたり、連絡もとらなきゃならないってのに……」

「お忙しいのは重々承知です。でも、そこをなんとか……」

「とにかく、今日は帰ってくれ。また別日に……来てくださいよ。あんた、何て言ったっけ、上屋敷さん? ほら、これが俺の連絡先だ。悪いけど……」


 勤め先の名刺を出して、そっと戸を閉めかけたところに、真壁巡査が割って入ってきた。

 健一はビックリして見上げる。


「な、なんだ、あんたは」

「こんばんは、夜分にすみません、田中さん。自分は大井住署の警官で真壁と申します。ちょっと訳あってこの方の付き添いで来たのですが……」


 真壁巡査はちらりと警察手帳を出してみせる。


「警察の方……! あの、おふくろは……事件性はないって言ってましたよね?」


 ハッとして顔をあげた健一が、真壁巡査に詰め寄る。

 真壁巡査は優しく諭すように言った。


「ええ、お母さんはたしかに……病死、だったようですよ。事件性はありません。ですから……」

「そう、そうですよね……良かった……」

「ですから、今日はそのことで伺ったわけじゃないんです。こちらの方が困っているようでしたので……なにか協力できることはないかと思って、一緒に来ただけなんですよ。お願いします。それがどんなものかはわかりませんが、もしナマモノだったら、早くお渡しして差し上げたいのです」

「そう、ですか……私は今ちょっと時間がないのですが……あなたがこの女性の行動を見張っていてもらえるなら、上がってもらってもいいですよ。どうせ片付けるんだし、あとで適当に自分が探そうと思ってたんですが……それでも探したいっていうなら勝手にどうぞ」

「いいんですか!」

「ええ。あんまり……荒らさないでくださいよ」

「ああっ、ありがとうございます。良かったですね、上屋敷さん!」

「ええ。ありがとうございます、真壁巡査! 田中さんも、ありがとうございます!」


 そう言って梁子は深々とおじぎをした。

 スリッパを準備しはじめた健一を見て、真壁巡査も満足そうにうなづく。

 しゃがれ声がその横でささやかに言った。


『やはり、この男を連れてきて正解だったな。存外、役に立った』

「……おじゃまします!」


 梁子はそれには応じずに玄関の中へと入った。

 田中家の調査と手紙の捜索が始まった。 

【登場人物】

●田中健一ーーサヨさんの一人息子。

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