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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
2軒目 白木蓮の咲く家
23/110

2-3 ダイスピザにて

「サラ様……あの家の住人、どうして亡くなられたんでしょうか」

『そうさなあ、野次馬が言ってたが、孤独死か……おそらく誰にも看取られることなく、衰弱していったんだろうな。あるいは突然死か。どちらにしても寂しい最期だ』


 スクーターで店へと戻りながら、梁子は思っていたことをサラ様にきいていた。


「だれが発見したんでしょうね」

『さあな。一人息子がいるようだし、そいつじゃないか? あの場にいたかどうかは見えなかったが』

「タヌキさんは……この事件知っているんでしょうか」

『タヌキ!? まだあやつにこだわっているのか。知ってるかどうかわからん。そもそも、あの家にしょっちゅう寄っていたのかどうかもわからんのだ……。もしや、ヤツが殺したとでも思っとるんじゃないだろうな?』

「いや、そこまではさすがにないでしょうけど……でもなーんか、気になるんですよねえ……あの時のあの表情、あの切羽詰まった感じ。ちょっと妙だと思いませんでしたか? そもそも食事を邪魔されただけであんなに怒ってたんでしょうか? あの態度は……なにかしらの事情があったんじゃないですかね?」

『……だとしたらなんだ』


 しゃがれ声はうんざりしたようにつぶやく。


「やっぱりもう一度調べてみましょうよ。このままだとなんだかモヤモヤしたままですし、ね!」

『はあ、好きにしろ』


 梁子の熱意に押されたのか、しゃがれ声はそれ以上なにも言わなくなった。

 心のなかでガッツポーズをした梁子は、バイトが終わり次第またあの家に行ってみようと画策する。


 店に戻ると、店長が鬼神のごとき腕さばきでピザを焼きまくっていた。

 熊のようながっしりとした体格の大輔は、その見た目とは裏腹に繊細な手つきで調理をする。

 生地を両手でくるくると回し、トッピングを正確にのせ、釜に次々と放り投げる様はまるで一つの演舞である。が、今はいつもより倍の速さで動いているからか日頃の余裕は見受けられなかった。

 これはいったいどうしたことかとレジの前をみてみると、常連のピザ山……もとい久山さんがご来店されている。

 梁子はひとり納得した。


「店長、ただいま戻りました。あの……」

「おお、助かった! 見てのとおり、久山様がいらしていてな。いつもどおりピザ10枚のご注文だ。……まだ河岸沢も戻ってきてない。悪いが上屋敷、俺はピザをどんどん焼いていくから、お前は梱包のほうをやってくれ!」

「了解です、店長!」


 レジ前に行き、笑顔で久山に挨拶する。


「いつもありがとうございます、もう少々お待ちください」


 久山は銀縁の眼鏡をくいっとあげ、「こちらは急いでいませんよ」とでも言うかのように、柔和な笑みを向けた。

 久山は自称インテリ系デブである。

 100キロはありそうな巨漢だが、いつも小綺麗な衣服に身を包み、タブレットやノートパソコンを持ち歩いている。店長が聞いたところによると投資家らしい。


 15分程でピザは焼き上がり、ていねいに箱に梱包すると、梁子はお会計を告げた。


「お待たせいたしました。テイクアウトの場合、二枚目が無料ですのでお客様は計五枚分となります。ミートスペシャルLサイズ五枚で、さらにリピーター割引をいたしまして、計15,000円です」


 久山はカードで一括で清算すると、ピザ用の巨大なマイバッグにもくもくと詰め込んで帰っていった。

 入れ替わるようにして、河岸沢が戻ってくる。


「ただいま……って、今のピザ山じゃ……」


 相変わらずのピザの量に、河岸沢は思わず目をむいて振り返る。


 厨房では店長が休憩していた。

 まだ四十代とはいえ、さすがに疲弊したのだろう。ぐったりと椅子にもたれている。

 河岸沢の客に対する暴言は聞こえなかったようで、汗をしきりに首もとのタオルで拭いていた。

 まるで戦い終わった某ボクサーのように満足げにうなだれている。


 河岸沢は壁にかかっている店のキャップをとって目深にかぶった。

 厨房に入ろうとして梁子の姿を認めるやいなや、露骨に嫌そうな顔をする。


「うわ、いやがった。……店長、次の配達ありますか?」

「ああ、河岸沢、お帰り。今注文はあいにく入ってなくてな。待つ間、上屋敷と一緒に仕込みをやってくれないか」

「…………はい。わかりました」


 長い沈黙のあと、河岸沢は不承不承頷いた。

 ひょろひょろの細い体にエプロンを巻き付けて、シンクのところで丁寧に手を洗い始める。

 梁子はムッとしながら近くに行って声をかけた。


「あの、河岸沢さん、どうしていつもそんななんですか? 明らかにわたしを毛嫌いなさってますよね? いつも……配達に行きっぱなしだし。もしかしてわたしを避けてます?」

「は? 気のせいじゃねぇ? 『もしかして』自意識過剰?」

「あの……さっきも、お化けを見たみたいにわたしのこと言ってましたし。もう、いったいどうしてなんですか?」

「あーあーあー。とにかく、避けてねぇ。いいから早く準備しろ」


 口ではそう言ってても、実際は真逆だった。今のも無理やり会話を中断したに違いない。

 何でそんなに拒否反応を示されるのだろうと、梁子は不思議でしょうがなかった。

 何か気を悪くすることでもしたのだろうか。

 まるで身に覚えがないが、梁子が知らぬだけで何かしてしまったのかもしれない。だとしても、必要以上に毛嫌いされると、一緒に仕事をする上でとてもやりづらいのだ。

 梁子は注意深く河岸沢の様子を伺った。


 冷蔵庫から野菜をとってきて、包丁で小さく切りきざむ。

 その手つきは店長仕込みなのか、とても丁寧だった。


 河岸沢は見た目だけで言えば、三十代前半で、ビジュアル系のバンドマンのような風貌だ。

 ウエーブのかかった長めの黒髪を後ろでひとくくりにし、耳にはいくつもの銀のピアス。胸元にも短めの銀のチェーンをつけている。

 一度私服を見たことがあるのだが、黒い皮のパンツに皮のジャケット、中には白の英字がプリントされたTシャツという、これまたいかにもなスタイルだった。

 ダイスピザでは制服があるので、今は梁子と同じ黒のポロシャツとジーンズである。


 人相の悪さを際立たせている三白眼がちらりと見えた。 

 いつも前髪を長く垂らしているので普段は顔がよく見えない。

 今日は近くで仕事もしているし、珍しくちゃんと見れそうだと思っていると、ギロリとその目が梁子に向いた。


「おい、何見てる。ボサッとしてないで、早く肉を出してきて切れ。いいな?」

「は、はいっ!」

 

 野菜の方が簡単に切れるのだが、そこはそれ、先輩の方が楽な仕事を選べるものである。

 梁子はすぐさま準備して、サラミやソーセージを切りはじめた。


 河岸沢の視線には、どこか言い知れぬ怖さがある。

 先ほどこちらを見られたとき、梁子は一瞬身のすくむ思いがした。

 母も怖いし、父も強面ではあるが、河岸沢にはそこにさらに迫力というか、凄みというか、とにかく言うことを聞かないと恐ろしいことになりそうな印象が加わる。

 それは人間の本能に直接訴えかけるような恐ろしさだった。

 なぜそんな印象を与えられるのかはわからない。不良っぽいからだろうか。

 この店に勤めて半年。梁子はいつもこのような不快な思いを、河岸沢に味あわされていた。


『変な男よな』


 しゃがれ声も思わずつぶやく。

 すると、河岸沢がはっと顔をあげた。


「ん? 何か今聞こえなかったか?」

「えっ? いえ……何も」


 怪訝そうにこちらを見つめてくるので、梁子は焦った。

 まさかサラ様が実体化しているのではと、頭の上を見やる。


『いや、わしは気配も姿も消しておるぞ』


 しゃがれ声は弁明するが、その声がさらに耳に入ったのか、よけいに河岸沢が梁子のほうを見る。


「なんかさっきから声がするな……。てかお前! 死人に会ったな。臭ぇよ……」

「えっ? な、何言ってるんですか? 河岸沢さん。たしかにさっきの配達中、事件現場に遭遇しちゃいましたけど……臭いって、なんの臭いですか」

「死臭……いや、俺は少し鼻や耳が良くてな……まあどうでもいい。とりあえずこれでもくらっとけ」

「えっ!?」


 言うが早いか、梁子は河岸沢に頭から塩を振られてしまった。

 お清め……ということだろうか。

 だがそのやり方はあまりにも雑だったため、梁子はわなわなと拳を震わせた。


「あの、河岸沢さん。お気持ちはありがたいんですけど。なんで頭からなんですか? しかも塩のビンから直接振るって! ちょっとひどくないですか?」

「いやいや、これでひと安心だ。臭いを消すにはやっぱ上からが最適だな。さてさて、続きと……」

「か、河岸沢さんっ!」


 梁子が大声を出すと、釜の掃除をしていた店長が思わず振り返ったが、一方の河岸沢は意に介さないままだった。

【登場人物】

●大輔――ダイスピザの店長。

●河岸沢――ダイスピザの店員。

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