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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
2軒目 白木蓮の咲く家
21/110

2-1 白木蓮の咲く家

「では、お釣り382円です。あとこちらが割引券です。次回のご注文もぜひ、ダイスピザをご利用ください!」


 梁子は笑顔でおじぎをすると、割引券を一枚、相手の主婦に渡した。


「あら~ありがとう。いつも悪いわね~」

「いえ、こちらこそ。いつもありがとうございます。では……失礼します」


 くるりと背を向けると、玄関先に停めていた三輪スクーターにまたがる。

 ヘルメットを装着して準備OK。

 梁子はアクセルを勢いよくふかした。


 ここは閑静な住宅街――。

 スクーターのモーター音だけが低くこだましている。


 日曜のお昼時とあってダイスピザは配達で忙しくなっていた。

 梁子もさっきから一度に何件分ものピザを乗せ、店と住宅街とを往復していた。

 そんな梁子の耳にサラ様のしゃがれ声が聞こえてくる。


『今日はとくに忙しいようだな』

「そうですね。もう3月も半ばですし……学生さんの卒業とか、社会人のお引越しとか、そういうイベントが目白押しだからじゃないですか?」

『それとピザの注文と、何がどう関係しているんだ』

「いやですね~、家族でお祝いしたりするからに決まっているじゃないですか!」

『そういうときはピザを頼むのか』

「そうですよ。パーティーにピザは定番です」

『いや……昔は寿司とか、仕出し料理とか、そういうものだったがな……』

「今はピザとかオードブルとか、そういうほうが好まれるんですよ。後片付けも楽ですし……。まあ、味は完全に若者向けですけどね。御年輩の方の中にも、お孫さんのために注文してくださる方もいますよ」


 梁子の働いている店では、ピザの他にも、から揚げやポテト、ローストビーフやラザニア、サンドイッチなどの軽食も取り扱っていた。

 個人店ではあるがこだわりの食材を使った料理はチェーン店にはない一味違うおいしさがある。

 そのため、じわじわとではあるが口コミでリピーター客が増えてきていた。


「さて、あと二軒このあたりに配達しないと……ん?」


 ある角を曲がったところで、梁子はとある家に目が留まった。

 そこの庭には、平屋の屋根をはるかに超す大きな白い木蓮の木があった。

 真っ白な花弁がたくさんついている様は、まるで雪が枝に積もっているかのようである。

 美しい花木の姿に、梁子は心奪われた。


「わあ……サラ様、ここの家の木蓮、とっても綺麗ですねえ……」


 そう言いながら、近くまで寄る。


『ああ……おい、急がなくていいのか?』

「かなり樹齢が経ってそう……あ、これトウカ様が気に入りそうな木じゃないですか?」

『おい……梁子、聞いているのか? よせよせ。よけいな気を回すな。あやつに構うとろくなことにならんぞ』

「そうは言ってもですね……」


 木蓮の下には高い生垣があり、梁子はその枝葉の隙間から覗き込むようにして中を見る。


「うーん、他にも良さそうな庭木がいっぱい植わってますねー。そこそこ広い庭ですよ? あと……奥にある平屋の家……もだいぶ古そうです。サラ様、どうですか? あの家、美味しそうですか?」

『おい、梁子……いい加減その辺に……』


 しゃがれ声が止めようとした途端、ガサッと音がして男の顔が現れた。

 覗いていた隙間からちょうど飛び出てきたので、梁子は思わず悲鳴をあげてしまう。


「うわああああっ!」


 危うくスクーターから落ちるところだった。

 ドキドキしながらハンドルを握り直すと、男が表に出てきて、じっと梁子たちをにらみつける。

 

 右目に大きな傷のある、作務衣姿の男だった。

 わずかに白髪が混じっているが意思の強そうな顔つきで、見た目ほど年齢を感じさせない。


「あ、その……ごめんなさい。お宅の木蓮がとても綺麗だったもので……ついお庭も覗いてしまって……失礼しました」


 そう言っていそいそと立ち去る。

 少し離れたところまで来ると、しゃがれ声がぼそりとつぶやいた。


『珍しい……梁子、あれは化けタヌキだぞ』

「えっ!」


 意外な発言に驚きを隠せない梁子だった。

●上屋敷梁子――間取りを集めるのがライフワークの女子大学生。ダイスピザというピザ屋でデリバリーのバイトをしている。

●サラ様――上屋敷家の守り神。他人の家の間取りが主食。

●片目に傷のある男――白木蓮の咲く家にいた男。化けタヌキ。


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