1-12 プロフェッサーA
光る糸を追いかけていくと、やがて一軒の家にたどり着いた。
古びた洋館――。
それは、昨日訪れた家そのものだった。
白い木枠の上げ下げ窓が一階と二階にそれぞれ四つずつついている。
そして、アイアンの蝶番のとても頑丈そうな鎧戸が開け放たれており、どの窓にも白いカーテンがひかれている。それが少し奥まったところに下がっていることから、窓は埋め込み型の出窓であることがわかる。
中央に、雨除けの小さな屋根が付いた木の玄関扉。
赤レンガの外壁に、黒っぽいスレート(石)葺の屋根。
屋根裏があるのだろう、そこにも小さな屋根と小窓が突きだしている。
「まったく同じ家ですね……」
『そうだな』
昨日描いた絵を出して見比べてみる。
「この建物……窓の配置とかが左右対称になってますね。イギリスのジョージアン様式でしょうか。でも鎧戸がついているのは珍しいですね。海辺とか、風が強い土地では付けるようですが……日本だからでしょうか? 日本も結構台風とか、風雨が激しいですからね。日本で建てるにあたって、それを付けるようになったとか? それとも、アメリカに移った後のジョージアンスタイルだからでしょうか。だとしたら持ち主はアメリカの……」
『梁子……うんちくはそれくらいにしておけ』
「あ、すいません! つい……。どういう建築様式なのかなーって考え出したらキリがなくなっちゃって……。しかし……こんなすてきな洋館、国や市が重要文化財として保存しそうなレベルなんですけどね。いったいどうして……」
『すべては館の主にきけばわかることだ。いい加減くっちゃべってないで行くぞ』
「はい」
門は、背の高さほどの鉄柵になっていた。
前回の土地では簡素な腰高の門扉しかなかったが、梁子たちが訪れたことで、防犯上このように変えたのだろう。
少しでも侵入者が入りづらくなるように。
たしかにすぐには開けられそうもなかった。手をかけてみたがずっしりと重くちょっとやそっとでは動かせそうもない。
「えーと……これをわたしが開けるんです……か?」
『ああ。早くやれ』
「はい……」
一見、門も館も何の異常もないようにみえた。
だが、先ほどサラ様が見抜いたように、これもきっと幻影――まぼろしなのだ。
よくよく気を引き締めていかないと、また一杯食わされてしまうかもしれない。
門にはインターフォンがついておらず、やはり直接玄関まで行かないとダメなようだった。
「えーと、すいません、お邪魔しまーす」
声をかけ、すぐには開かないだろうと思いつつも、全力で門を押す。
すると、またパリッとした静電気に見舞われた。
『きたな』
「はい……!」
これは侵入者が来たと知らせるための装置――なのだろう。
前回の時も、これがすぐに知らせたはずだ。自分たちの存在を……。
おそらくはこれがこの館の正式な「インターフォン」なのだ。
「……」
さてどう出るかとしばらく待っていると、やがて門は梁子が力を加えなくても自動的に開いていった。
どこにも機械のようなものはない。だというのに勝手に重い柵が開いていく。
これがこの館の住人達が言う「魔法」なのかもしれなかった。
『行くぞ』
「はい」
しゃがれ声の合図とともに、梁子は門をくぐり正面玄関まで歩く。
すると、そのドアも勝手に開いた。
「……!」
「見つかってしまいましたか」
その奥には赤毛の青年、衣良野糸士がいた。
心底不服そうに顔をゆがめている。
「約束を破るなんて、ひどいじゃないですか」
それに対して、梁子も無表情で答えた。
「マスターが、会うなと言われましたのでね」
『ほう……そう言われると、ますます会いたくなるものよな。そのマスターとやらにも、がぜん興味がわいてきたわい』
すうっと姿を現すと、しゃがれ声の主はそう言って冷ややかに青年を見下ろした。
「屋敷神様……ようこそ。ここまで来られたのですから……追い返すわけにもまいりませんね。どうぞ中へ」
『はなからそのつもりだ。邪魔するぞ』
「ええ。上屋敷さんも、どうぞ」
「お邪魔します」
玄関を入ると、すぐに広いホールがひらけていた。
らせん階段が左右にあり、二階へと伸びている。中央と左右にそれぞれ木の重厚な扉。
床には一面に赤いベルベットのじゅうたんが敷かれている。
「こちらへ……」
青年に案内されて、梁子たちは左手の部屋に移動した。
そこはたくさんの書物やいろんな器具が置かれた研究室のようなところだった。
入ってすぐのところに、赤々と燃える暖炉がある。
「オー、例のお客様デスか! ちょっとそこで座って待っててくださいネー」
右手のいろいろなものが置かれている場所からちらっと顔を出した女性がすぐにまた隠れる。
今のはいったい誰だろうか。
新しい住人の顔に梁子たちは驚く。あれが衣良野たちのいう「マスター」なのだろうか。
左手と真正面にはずらりと出窓があり、その下には作り付けのベンチがあった。
中央にくたびれたソファが二脚、低いテーブルを挟んで置いてあるが、「座っててくれ」とはここにであろうか。
ちら、と梁子が青年を見ると、青年は目で「そこです」と告げていた。
「し、失礼します」
ソファは皮張りであったが、長年使い込まれているのかあまり弾力は感じられなかった。
だが、文句は言えない。
サラ様は座った梁子の真後ろに浮かんでいた。
手持無沙汰のため、二人していろいろなところを見回してみる。
床は……梁子の部屋のように散らかっていた。そのほとんどが書類や分厚い本である。
調度品はほとんどない。あるのは暖炉とソファとテーブル、いろいろなものが積まれたいくつもの大きな机だけだ。
壁には素敵な小花模様の壁紙がかかっているが、英文で書かれた書類が何枚も貼られているため、下地がほとんど見えなくなっている。
「これは……またずいぶんと……この間通された部屋とは大きな違いですね」
『そうだな』
「お待たせしましタ!」
そう言って先ほどの女性がパタパタと駆けてくる。
白衣を着た、40代くらいの金髪の外国人だった。目は透き通るようなブルー。
見た感じアメリカ人だろうか。妙なイントネーションは抜けていないが、かなり日本語が達者な方である。
その女性は梁子たちのそばまで来ると、パチンと指を鳴らした。
「さ、お話しましょうカ!」
そのままストンと向かいのソファに座る。
なんのことはない、普通の動きだった。だが、梁子たちはその女性にではなく、周囲の変化に驚愕した。
パチンと音が鳴った瞬間、床に散らばっていた本がすべて消え、机やいろいろな器具、壁の書類も消えたのだ。
残されたのは暖炉と、梁子たちが座っているソファとテーブルだけ。しかもそのソファもテーブルも一瞬で高級そうなものへと変貌したのだ。
「えっ……!」
『これは……』
「申し遅れましタ! ワタシはこの館の主、プロフェッサーAという者デス! そして、この子たちからは『マスター』と呼ばれていマス! 以後お見知りおきを!」
足を組んで両手を広げると、パッと彼女のうしろに衣良野が移動し、またエスオとター、ムーアの三人が現れた。
彼らはにんまりと笑みを向けるとにらむように梁子たちを見据えたのだった。
【登場人物】
●プロフェッサーA――謎の家の住人。金髪碧眼の女性。通称”マスター”。
●衣良野糸士――謎の家の住人。赤毛の青年。通称”D”。
●エスオ――謎の家の住人。貴族風の男性。通称”H”。
●ター――謎の家の住人。黒いワンピースの少女。通称”C”。
●ムーア――謎の家の住人。メイド服の女性。通称”B”。