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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
1軒目 魔女の墜落した家
12/110

1-10 千花からの助言

「千花ちゃん……」


 そこにいたのは梁子の親戚筋にあたる、大庭千花おおばちかという少女だった。


 身長が150cmほどしかない彼女は小柄なので、一見小学生に見えなくもない。

 けれども、その実は若干16歳で大学に飛び級した天才だった。


 梁子は現役で入学し一学科しか専攻していないが、千花は生物学の学科を五つも専攻している。どれほどの知能と時間があればそんなにたくさん受講できるのかとはなはだ疑問だったが、そんな梁子の心配をよそに千花はそれなりにキャンパスライフを満喫しており、かつ成績も申し分ないらしい。


「久しぶり」

 

 無表情のまま、Vサインを向けてくる。

 ロリータファッションという部類に入るのだろうか。千花はシックなワインレッド色のワンピースを身にまとっていた。黒いタイツに、フリルのたくさんついたスカート。ウェーブのかかった長い黒髪をふわりとひろげた様は、まるで和製のフランス人形である。


 なんて、女の子らしいのだろう。

 梁子は思わずうっとりとしたため息をもらしそうになる。

 地味顔の自分には似合わないとわかっているから、こういう服を着ることはないが、もし千花のようにかわいらしい少女であったらどんなに楽しいだろうか。


 普段から感情表現のとぼしい千花は、つかつかと梁子の前までくると小さな声でつぶやいた。


「何してる」

「えっと……ちょっとそこの建物でお昼寝しようと」

「昼寝?」

「ええ。今日は少し寝不足でして。ここならあまり人も来ないので……」

「ふーん」

「千花ちゃんは?」

「……人気ひとけがないなら好都合」

「えっ? ちょ、ちょっと千花ちゃん?」


 千花は驚く梁子の手をひっぱって、建物の中へと入っていく。


 ふわりといい香りが漂ったので見てみると、千花の側頭部に小ぶりの白バラがあしらわれていた。毎日違った生花を身に着けるのは大庭家の習わしだと、梁子は以前聞いたことがある。

 あたりに人がいないことを確認して、梁子たちはとある教室へもぐりこんだ。

 

「千花ちゃん?」

「トウカ様が言いたいことがあるらしい」

「え?」


 すると、ふわりと千花の背後から半透明の人影が現れた。

 長い白髪はサラ様によく似ているが、藤柄の紫の着物を着ており、長く垂らした若葉色の帯を締めている。背丈は千花と同じくらいかもっと小さい。サラ様は黒目だったが、その人影は紫の目をしていた。


『久方ぶりじゃのう、蛇の』


 コロコロと鈴の鳴るような声でしゃべったその童女は、千花に憑いている屋敷神だった。呼びかけに応じて、梁子の体からもしゃがれ声の主が現れる。


『おう、藤の。何ぞ用か』


 サラ様は不敵に笑って、鈴の声の主に視線を投げかける。


『ああ、用も用よ。わらわの気に入るような馳走をどこぞで見なかったかえ?』

『そうだな……近頃はわしも食いっぱぐれておってのう』

『なんと。そちもたいしたものを献上されておらぬのか!』

『まあな。ついおととい、それらしいものは見つけたのだが……その家にはお前に見合うようなものはありゃせんかったな』

『そうか……』


 童女はものすごく残念そうにつぶやくと、しおしおとうなだれた。


「トウカ様、お久しぶりです! あの……もしそれらしいものがあったら、千花ちゃんに連絡しますので……そんなに気を落とさないでください」

『梁子……持つべきものは同士じゃな。わらわたちも、もしお主らに見合う馳走があったら教えてやる故……』

「はい、ありがとうございます。その……最近は庭を持つご家庭が減ってますからね……『いわくつき』とか『長い年月を経た』植物ってのはなかなかないんですよね……」

『そうなんじゃ……』


 千花の家、大庭家にはトウカ様という藤の木の屋敷神がいる。


 そのご神体は樹齢1000年を超える古木なのだが、昔は京都の雅な宮廷にあったとかなかったとか。だからか、いつも高飛車な物言いをする。

 トウカ様は、梁子が言ったように『いわくつき』や『長い年月を経た』、少し普通とは違う植物の精気を吸うことで力を強めていた。大庭家は代々造園業を営んでいるので、仕事柄いろんな庭に縁があるのだが、近ごろはめっきり食事にありつけないらしい。


『わらわたちは別にそれらを食さんでも消えたりはせぬ。しかし……屋敷神になったときに永続的にそれらを求めるように術を施されておるからな……常に餓えておるような状態なのじゃ……』

『そうだな。わしも腹が減るという感覚はないが……常に求めるよう、本能を書き換えられている』

『そうせねば、家を守れんということなのかのう……わらわも大庭家のためとはいえ、妙な術に付き合うてしまったもんじゃ』

「ご先祖様がトウカ様たちをそういう風にしたのは……力を強め続けよ、とか、知識を得つづけよ、とかいう訓戒みたいなものを織り込みたかったのかもしれませんね。そうしないと、現状維持か、それ以下に没落するしかありませんから……。トウカ様たちにとっては厄介な『縛り』でしかありませんけど……」

「ねえ、ずっと食べないとどうなるの?」


 ぼそりと千花が口をはさむ。


『さあのう……この方、一年以上間を空けたことはない故……。ただ、契約上はそれでも消えはせんよ。わらわが消えるのは、世継ぎが途絶えたときのみじゃ……』

『わしも半年以上空けたことはないな。より求める気持ちが強くなるだけで……それ以外は特に問題はない。問題があるとすれば、『家』の方にだな。だんだん裕福な家とはいえなくなる』

「そう……」

「あの……そろそろ寝たいんですが」


 眠気がピークに来た梁子は目の前の机につっぷした。そのままなだれ込むようにして椅子に座る。

 はっとして口元を抑える千花と、バツの悪そうな屋敷神たち。


『すまぬ、梁子。用はそれだけじゃ。邪魔したの!』


 慌ててトウカ様が消えると、続いてサラ様も姿を消した。

 千花はじっと梁子を見つめたまま立ち尽くしていたが、やがてまた小さな声でつぶやいた。


「千花も寝る」

「えっ?!」


 梁子が頭をあずけていたのは長机だったが、千花もその机の端に突っ伏した。


「こういうのはあまりしないけど……休めるの?」

「どうでしょう……わたしはよくやってるので……でも、千花ちゃんにはあまりオススメしませんよ。あまり寝心地がいいとはとても……」

「いい、寝る」

「はあ……」


 誰かが近くにいるとなんとなく眠りづらいんですけど……と、梁子は、自分にかまわず目を閉じた千花に苦笑した。


 長い睫。真っ白なつるつるの肌。バラ色の頬と唇。

 自分とは真逆の、美しく、華々しい顔――。

 さらにはトウカ様の魅力もプラスされているので、千花は自分以上に人の目を集めていることだろう。

 梁子は不意に訪ねてみた。


「あの……千花ちゃん、注目されるのって、嫌じゃないですか?」

「ん? 嫌」


 パチッと目を開けて、千花が答える。


「ですよね。わたしもです……」

「どうしたの?」

「ええと……人目を集めるのは……わたしたちの屋敷神様の魅力のせいでもあるんですよね。でも……千花ちゃんはきっと……トウカ様がいなくても、人目をひいたと思います」

「そう?」

「ええ。とっても可愛いですからね。でも、わたしは……そうじゃないです。たぶん……。もし、サラ様がいなかったら……わたしはどう見られるんでしょうか。そもそもわたしをそれでも見てくれる人って、いるんでしょうか……」

「わからない」

「ですよね。すいません、千花ちゃんにこんなこと……聞かれても困っちゃいますよね。考えても詮無いことなのに……。でも……昨日、考えてしまったんです。わたしを見る人は、サラ様を見てる人。わたしを見る人は、わたしを通して上屋敷家を見てる人……なんです。母さんに聞いたら、父さんに出会ったときはそうじゃない、大黒さんだったからって言ってましたけど……どうなんでしょう。わたしだけを見てくれる人って……上屋敷家のことを知っても、わたしだけを見てくれる人って現れるんでしょうか……」

「よくわからないけど……梁子さん、今好きな人はいる?」

「えっ?」


 急に思いもかけないことを聞かれて、梁子は一気に目が覚めた。


「なっ! そ、そんな……今それ、関係ないじゃないですか……?!」

「ある。梁子さんは、相手をどう見るか。それが重要」

「え? わたしが? ……相手をどう見るか?」

「そう。梁子さんがどう見られるかじゃない。梁子さんがどう見るか……それが肝心」

「わたしが……」

「いるの?」

「え? い、いやいやいや、いないですよ!」

「そう」

「ええ、まだ……。って、そ、そういう千花ちゃんは?」

「いる」

「えっ!?」


 その言葉に、パッと消えていたトウカ様が現れた。


『千花、どういうことじゃ! 誰だ相手は! わらわは聞いておらんぞ!』

「別に、隠してない。聞かれてないだけ」

『言え、誰じゃ!』

「不二丸」

『何っ! あの犬っころか! 阿呆か、千花、あれは畜生じゃぞ!』

「不二丸がいれば別にいい」


 不二丸とは大庭家で飼われている黒の柴犬のことである。

 大庭家の庭の番犬を務めている不二丸は、トウカ様の眷属でもあった。

 最近は人型に化けられるほどまでに成長している。


 梁子も何度か家に行ったことがあるのでよく知っていた。

 以前見た時は黒髪に褐色の肌の少年だったような気がするが、今はどんな姿なのだろう。眷属として力を強めた今となってはまた違った姿になっているのかもしれない。


 大庭家では他にもトウカ様の眷属となっている動植物がたくさん存在していた。

 それぞれ、大庭家の中で様々な役割を担っている、式神のようなものである。

 なかでも不二丸は千花の一番のお気に入りで、家ではいつも一緒にいた……ような気がする。さすがに大学までは連れてきていないようだが。

 梁子は一瞬いいアドバイスをもらったと思って感激していたのだが、一気に脱力した。


「不二丸ちゃんですか……」


 ギャンギャン千花に何か言っているトウカ様をよそに、しゃがれ声がそっと耳打ちしてきた。


『梁子、いらん心配をかけたな。なれば、早々に見つけてやらねばなるまい』

「え?」

『お前の伴侶候補というやつをよ』

「はあ……」


 サラ様であれば、『間違いない』相手を連れてきてくれるだろう。

 事実、母親であるゆかはそうして『偶然』を装って、大黒と引き合わされた。

 そして、お互いが好印象を持った瞬間に、サラ様の力によってすべてを一瞬で理解させられた。上屋敷家のこと、屋敷神サラ様のこと、そして、これからの運命を――。


 男女の相性だとか、すべてを受け入れられる精神があるか否かとか、健康であるかとか、そういうブライダルチェックみたいなものは全てサラ様によって判明する。

 だから、『間違いない』のだ。

 サラ様のことは信用している。けれども、それとこれとは別問題だ。

 不安が消え失せるということはない。


「どんな、お相手なんですかね……」


 先ほど千花が言ってくれたように、『自分は』その相手のことをどう見るのか。どう思うのか。それが肝心だ。

 未知のことすぎて、梁子は頭を抱えた。

 窓の外の空を眺めてみる。もう一度眠気が来てくれるようにと祈ってみるが、外野がうるさくてしばらくはゆっくり眠れそうになかった。

【登場人物】

●大庭千花――梁子の親戚。『変わった』植物を探すのがライフワークの少女。飛び級して大学に入るほどの天才。ロリータファッション愛好家。

●トウカ様――大庭家の守り神。いわくつきの植物の精気が主食。

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