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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
4軒目 犯罪者の棲む家
109/110

4-42 【あの世とこの世の境】

 どこまでも真っ白な空間が広がっている。

 目の前にはきらきらと光の川が流れ、周囲には誰もいない。


『さて。ここがあの世とこの世の境……三途の川というところか。おい、女科学者、貴様は前にもここへ来たことがあるのだろう?』


 白銀の髪をなびかせた、着物姿の人間が訊ねる。

 その横には白衣を着た、ブロンドヘアの女性がいた。


「ええ、そうデスね。もう何度目になるでしょうカ……。この時間のエネルギーが流れている川の向こうが、かつてワタシのいた次元。三・四次元の者は皆、死ねばあちらへと行きマス。でも……どうやらワタシたちはまだ渡れないようデスね」


 サラ様とエアリアルは並んで光の川を見つめる。


『そうだ。梁子が寿命を迎えるまでは、ここから動くことはできん』

「そういう、呪いなのデスね……」


 川の中に足を一歩踏み入れようとしたエアリアルだったが、何か見えない障害に阻まれて、それ以上先へ進むことができない。


「期限が来るまで、この川の岸辺にとどまり続ける……というわけデスね。たしかに向こうへ渡ってしまったら……ワタシは平気ですが、あなたも、あなたの中にいる人間たちもみな分解されてしまいますからネ。この呪いを継続させるためには、ここが最適ということデスか」


 エアリアルはそう言って楽しそうに川面を見つめていたが、ふと気配を感じて振り返った。

 そこには、五人のしもべたちがいる。


「B、C、D、H、S……あなたたちも、こちらに来ていたのデスか」

「はい、マスター。命じられた役目を果たしました」

「ご苦労。まだ契約は継続中ですが……どうしますか? ワタシは見ての通り、この屋敷神サンに捕えられていマス。あと数十年はこのままでしょう。タイムラグが発生しますが、もし向こうで待っていてもらえるのならば……」


 エアリアルの言葉をさえぎって、ターが言う。


「マスター。ボクはもういい。もう終わりにするよ。ガーネットと、次の生をやり直す。もしかしたら生まれ変わった先で離れ離れになってしまうかもしれないけど……それなら、それはそれでいいってことにするよ」

「……そう、デスか」


 黒いワンピースを着た少女は、ぺこりと一礼すると川の中に足を踏み入れた。


「ありがとう、マスター。でも、もうさよなら」


 白い光がターを包み込み、彼女を二つのシルエットに分ける。

 一つは小さな黒猫に。もう一つは栗色の髪の少女に。

 

「ガーネット、行こう。この先、別々に離れても……いつかかならず会いに行く。だからそれまで……」


 その声は徐々に小さくなっていった。一歩先へ進むごとに光が二人に集まり、やがて完全に見えなくなっていく。

 その光景を見ていたエスオとムーアも、川へ近寄っていった。

 エアリアルの前まで来て言う。


「マスター、アタシたちも行くわ。長い付き合いだったけど……一応、恩は返したつもり。だから……」

「ええ、わかりましタ」

「お世話になりました。マスター」

「あなたたちも……元気で」


 貴族風の恰好の男と、メイド服姿の女性が川の中に入っていく。やがて、彼らも光の中に消えていった。

 最後に衣良野とリオだけが残る。


「マスター。私は……向こうで待っております。まだあの実験の結果をお伝えできていないので」

「ああ、あなたは……そう言うと思っていましタよ。ありがとう、D。恋愛感情が生まれたかどうかの実験は継続中ということにしておきましょう。きちんと報告をできるように、用意しておいてくださいネ」


 エアリアルは、衣良野に笑顔を向けた。続いてリオが話しかけてくる。


「私も……Dとともに向こうで待つことにします。私はまだ、役目を存分に果たしていないので」

「そう、デスか。では転生後に、またさらなる実験をいたしましょう、S」

「はい。ではお先にまいります、マスター」


 リオは踵を返して、速やかに川へと入っていく。

 長い黒髪を引きずりながらだったが、それもやがてすべて光に飲まれていった。


「マスター」


 衣良野が不意にエアリアルの前にひざまづく。

 そして、かぶっていたフードを外すと、おもむろにエアリアルの手の甲に口づけをした。


「D……」

「お早いご帰還を、お祈りしております」


 赤毛をかきあげ、衣良野はすばやく一礼をして去っていく。

 エアリアルはしもべたちを見送ると、軽くため息をついた。


「ふう……。これが今回の代償……デスか。まあ、収穫も多少あったことデスし、良しとしましょう」


 両手の指を組んで、エアリアルはぐっと真上に腕を伸ばす。

 背伸びをしているその様子を横目で見ながら、サラ様は己の中にある一体の霊に意識を向けていた。


『ミネ、ミネ……聞こえるか? いるならわしの声に応えろ』


 現世ではいくら呼びかけても会話をするなどできなかった。

 大昔にとりこんだ魂なので、風化しきっていたのだ。意識の浮上は、サラ様の歴史上あり得ないことだった。だが、ここ、あの世とこの世の境であれば可能かもしれない。

 そう思ったサラ様は、物は試しと語りかけ続けていた。しばらくそうしていると、やがて体の奥底から徐々に声が聞こえてくる。


「サラ……サラなの? どこにいるの、サラ……」

『……ミネ!』


 再度呼びかけてみると、その声は徐々に近づいてきた。やがて、サラ様の胸が光りだし、一人の少女がそこから現れ出でる。


『ミネ!』


 それは梁子そっくりの少女だった。

 梁子よりは多少若く、中学生くらいの年齢である。巫女のような服をまとった少女は、サラ様をじっと見上げていた。


「どうして……わたし……? サラ……」

『ミネ。そうだ、ここは……あの世とこの世の境。呪いを成就させ、ようやく辿り着いたのだ』

「そう……そう、だったの。あれからどれくらいの時が経ったのかしら……。サラ、本当に……ご苦労様。ありがとう。あと、ごめんなさい。わたしの一族の都合にずっと付き合わせてしまって……」

『くどい。それは、わしが殺される時に納得したはず。お前に殺されるなら本望だと、そう言っただろう』


 ミネと呼ばれた少女ははにかむように笑った。


「そうね、そうだった……。あの……また会えて嬉しいわ、サラ」

『そうだな。わしもだ』

「えへへっ、なんだか不思議。またあなたと会えるだなんて……」

『ああ、だいたい数百年は待ったぞ? かなり長かったな……」

「ありがとう、サラ。本当に……」


 そう言って、ミネはサラ様の手をとった。

 お互いに見つめ合いながら、二人は遠い昔のことを振り返る。




 出会いは……山の中だった。

 ミネの家の裏手には奥深い山があり、そこには巨大な白い蛇が棲んでいた。

 あるとき二人はひょっこりと出くわし、以来、戯れるようになった。


 それを家の者は良く思わなかった。

 人の子ではなく、動物とばかり遊んでいるのを、ミネの親は嫌った。

 しかも、その白蛇は普通の蛇ではなかった。

 その巨大な体長からして、普通の個体よりもかなり長く生きていた。また、ミネの言葉を解するそぶりを見せるなど、知能もとても優れていた。


 ミネの家は、呪術師の家系だった。

 ちょうどその頃『蠱毒』という呪術を実行しようとしていたミネの親は、この白蛇をこそ、術へ用いるに相応しいと考えていた。


 ミネを囮にして、白蛇を捕えると、親たちは穴倉の中に毒虫を大量に放った。

 そして入り口を閉じてしまえば、あとは勝手に蠱毒は完成する。

 毒虫だけの術と違って、このように頭のいい動物を入れれば、より使役しやすくなるとふんでの行いだった。


 ミネは自分のせいで白蛇がこんなことに利用されてしまったと、深く落ち込み、嘆き悲しんだ。

 そんなミネに、両親はさらに残酷なことを告げる。


 術の仕上げとして、最後に生き残った生き物を殺せと命じたのである。 


 その当時、上屋敷家には五人の子供がいた。その中で、最後に生まれたミネは唯一の女子だった。

 ミネは他の子供よりも神通力が高かった。

 親はこの術をさらに完璧なものにするべく、仕上げをミネに頼むことにしたのだった。


 ミネはそんなのはあんまりだと、泣いて拒否した。だが、親たちは困窮しきった家の再興の事で頭がいっぱいで、ミネの訴えに耳を貸さなかった。


 そして、運命の日がやってきたのである。


 巫女服をまとい、呪われた短刀を持たされたミネは、穴倉の中へとひとり入っていった。

 そこには、餓死寸前の白蛇だけが残っていた。

 あとには幾多の虫の骸だけ。


 ミネは白蛇をひそかに「サラ」と呼び、愛でていた。

 穴倉の外には親たちがいて、逃げ出すことも、サラを逃がすこともできない。


 ミネは覚悟を決めた。

 こうなってしまったことを深く反省しながら、それでも、やると決めたのである。


「ごめんね、サラ……」


 そう言って短刀を構えると、白蛇とはたりと目が合った。見つめ合っていると、不思議と頭の中に声が聞こえてくる。


『殺せ。お前に殺されるならわしも本望だ』


 その言葉にミネは涙をぬぐい、改めて意識を集中させると手をかけた。

 そして、自分もすぐに命を絶ったのである。




 そんな遠い過去を思い出しながら、ミネはエアリアルの方にも目を向けた。


「あの人が、呪い殺した人……ね。わたしはよく見てなかったけど、どんな人なの?」

『そうだな。魔法という不可思議な力を研究しているやつだ。変わった存在よ。うまく説明はできないが……もともとはあの川向うの世界の住人だそうだ。むりやりこの世に顕現し、自分のやりたいことを思いつくままやっていた……。ミネの子孫を含め、多くの人間を不幸にするやつだったぞ』

「……そう。まるでわたしの両親みたいな人ね。サラは父上たちも、兄上たちも食べたの?」

『まあな』

「そう」


 手をつなぎながら、ミネはもう一度サラ様を見上げる。

 そこには、どことなく家族の面影があった。


「その姿……やっぱり父さんや、兄さんたちに似てるわ。せっかくだけど、不愉快だから、また蛇の姿に戻ってくれないかな」

『わかった』


 サラ様は自らの体に光を集めると、白い大蛇の姿に変化した。

 ミネはそれを見届けると、エアリアルに向かって声をかける。


「ええと……たしかエアリアルさん、でしたね? はじめまして」


 ミネは川辺に立つエアリアルの側に行った。


「ハーイ、はじめまして。ええと……上屋敷サンのご先祖様、デスか?」

「ええ。ミネと申します」

「本当にすごい術を作ったものデスね……あなたたちは。あの屋敷神サンに取り込まれていたので、よくわかりマス。この術は、あの川向こうで行われていることとまったく同じことをやってのけていましタ。三・四次元の世界で高次元の『魂を改変する作業』を実現するなんて! とても珍しいシステム……いえ、素晴らしい術デスね」

「よくわかりませんが……あなたは、どうして素直に呪い殺されたんですか? 最期の時だけ、少し映像が見えました。死は、あなたにとって恐ろしいものではなかったのですか?」


 その質問に、エアリアルは嬉しそうに笑った。


「ええ。そうデスね。ワタシにとって、輪廻転生は何度も繰り返していることデス。だから特別、死が怖いということはありませんでしタ……。この向こうがワタシのホームグラウンド。少し、いつもとは違う方法で帰ってきましタが……この呪いの効力が切れたら、また違う時代に転生するでしょう」

「ほんと、不思議な人……転生する記憶があるなんて」

「ワタシにとっては、それは何も不思議なことはありません。むしろ……この時代のこの世界で、こんな術に出会えたことが『不思議』、『奇跡』デス。ああ、いい体験でしタ。少し、もったいない終わり方ではありましたが……後悔はありませんネ」


 少しオーバーリアクション気味にエアリアルは両手を上に向けてみせる。


「あなたは……どうだったんデスか?」


 手を下すと、エアリアルはミネに向かって訊いた。

 ミネは……隣にいる蛇を見ながら、少し考える。


「わたしは……後悔は少しだけありますね。そんなに長くは生きられなかったですから。でも……ここで、子孫が寿命を迎えるまで、サラと一緒にいられるなら……それはそれで良かったなって思います」

「なるほど……」

「あなたとも、これからお付き合いいただくことになります。あの、良かったらその間、いろいろ聞かせてもらえないでしょうか? 『あなたのお話』を」


 エアリアルはハッとすると、すぐに穏やかな笑みを向けた。


「そうデスね……それもいいかもしれませんネ。では、しばらくの間、ワタシの話をしましょうカ。これから、どうぞよろしくお願いしマス、ミネサン!」


 白蛇はエアリアルに、少しだけ嫉妬の目を向けていた。

 できればミネと二人きりでいたかったのだろう。だが、そんな視線を受けて、ミネが言う。


「大丈夫。まだ時間はたっぷりある。だから、ね? サラ……」

『わしはあまり気乗りはせんのだが……。まあいい。お前の好きにしろ。それこそ、お前は今までずっと、成仏もせず眠っておったのだからな。したいようにするがいい』

「うん。ありがとう、サラ……大好き!」


 真っ白い空間の中、川だけがいつまでも光り輝いている。


 現世に意識を向ければ、ミネもサラ様もエアリアルも、梁子の見ている風景が見えた。だが、この空間にはほとんど何もない。

 目の前の川は、上流も下流も遠すぎて先が見渡せなかった。

 何も障害物はないのに、見える景色はどこまでも平坦なのだ。空も地面も白だけの世界。


 ミネたちはそんな場所で、話に花を咲かせ続けた。

 一匹だけ、不服そうな白蛇とともに――。

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