4-40 河岸沢の忠告
「ミネ、さん?」
『ああ……』
梁子は、衝撃を受けていた。
河岸沢から話を聞いたとき以来だ。上屋敷家の先祖の話など、詳しく聞いたことはない。梁子の両親はいろいろと知っているかもしれないが……初代の先祖の名前など梁子はもちろん知らなかった。
それを……サラ様自らが話してくれたのだ。
そのミネという女性は、自分に似ているらしい。
サラ様はその人に会いたいのだという。
上屋敷家のためとか、街のためとかそういうことではなく、もっと個人的な理由で……呪いを成就したかったのだ。
それを知った梁子は、サラ様のために寂しさを押しこめることにした。
大好きな人の、望みを叶えるために――。
「わかりました……その人に、会えるといいですね。サラ様……」
梁子はせいいっぱい笑って言う。
サラ様はじっと梁子の目を見ていたが、その泣き顔の奥にある決意を読み取ってくれたのだろう、寂しそうな表情をしながら視線をエアリアルに転じた。
『だが……あやつに近づけなければ喰うことも、呪いを発動することもできぬ。どうしたものか……』
思案していると、またまた河岸沢が食ってかかってきた。
「オイオイ、俺を忘れんなよ! あの科学者がいけ好かねえのはわかる。だがな、俺は……そいつを『殺る』ってのがどうしても見過ごせねえ! オイ、もう一度訊くが、これがどういうことか解ってるのか、上屋敷!」
「…………」
梁子が無言でいると、河岸沢はさらに人相を悪くしてにらんできた。
「オイ、覚悟ができてるのかって訊いてんだ! 答えろ上屋敷! そいつが人間じゃねえとかなんとか言ってるが、そんなのはどうだっていい! 呪術を使ったあとの末路……それがどういうものなのかってのをちゃんと考えろって言ってんだ!」
「…………」
「いいよ、じゃあ教えてやるよ。お前は……このあとただの人間には戻れなくなる。聞こえたか、上屋敷!」
「そ、それ。どういうことですか、河岸沢さん……」
エアリアルに拘束された真壁巡査が、思わず問いただしていた。その目は、梁子の方に心配そうに向けられている。
「そのまんまの意味だよ。俺は、呪法をやっているやつの影響でこんな変な能力を持っちまったんだ。霊が見えるとか、変な声が聞こえるとかな」
「か、河岸沢さんが?」
真壁巡査をはじめ、まわりにいた者は皆そのことに驚いていた。店長の大輔だけは知っているので、一人だけ神妙な顔をしている。
一方エアリアルはとても興味深そうに聞いていた。
「俺の実家は……寺でな。オヤジは坊主をやってるかたわら、いろんな呪われたやつや、呪いを解除する仕事をしていたんだ。あるとき、オヤジは大きなヘマをしてな。すごい呪術を使ってるやつに殺されちまったんだよ。オヤジの命を代償にして、そいつは強大な力を手に入れた……。だが、オヤジもまた死ぬ前に『呪い返し』をした……。結局その力は巡り巡って俺に『継承』されちまったんだよ」
『継承……? その呪いとは、いったいどんなものだったのじゃ?』
トウカ様も気になったのか、河岸沢に疑問をぶつける。
「そいつが使っていた呪法は、上屋敷の家と同じ『蠱毒』だった。上屋敷のとことは違って、毒虫だけのシンプルなやつだったがな。俺は……そのおかげでいろいろな『感』を研ぎ澄まされることになっちまった。子供の頃のことだが……当時は地獄だったよ」
『蠱毒……』
サラ様も思うところがあったのか、やや考え深げにうつむいていた。
『なるほどな。わしという大型の生き物が入らず、蟲だけであればそうなる……か。だが、お前はなぜ今、その話をしたのだ? 何が言いたい』
「簡単だ。上屋敷も……俺と同じようになるって伝えたかったんだよ。上屋敷は今はまだただの人間だ。強力な守り神がついているだけの『ただのラッキーな人間』だ。だがな……その科学者ってやつを殺したら、オヤジを殺したやつや、俺と同じになる。いや、もしかしたらそれ以上かもな」
「そんな……」
真壁巡査が相変わらず心配そうにこちらを見つめていた。梁子はいたたまれなくなる。
「それでもいいのかよ、上屋敷! 俺みたいな地獄を見ても耐えられるのか? それが、巨万の富を得る方法だとしても……」
「それは……」
河岸沢の言葉に、梁子はそれ以上何も言えなくなった。
「すべてを見通す目を持つ……すべての音を聞く耳を持つ……すべての感覚を知る体になる。そういうやつを古の者は『予言者』と呼んだ。俺はそれが嫌で自分でそれをぶっ壊した。お前はどうなるか……正直俺にもわからん。だから、忠告した」
「……あ、ありがとうございます。河岸沢さん。でもわたしはサラ様を信じています……。きっと、なんとかなります。それに……わたしはサラ様を、ミネさんという方に会わせてあげたいんです! それがきっと、上屋敷家の末裔である、わたしの役目だと……思います」
「……はあ、そうかよ」
梁子が晴れ晴れとした顔でそう言うと、河岸沢は舌打ちをして後ろに下がっていった。だが、もう一度だけ振り返る。
「じゃあ、ためになることをひとつ、教えてやるよ。ちょうど『見え』ちまったからな。その科学者……脳みそになにか仕込んでるぜ。そいつがお前らの邪魔をしてる」
「なっ……!」
その言葉に、エアリアルは思わず右のこめかみに手をやった。
「どうして……。やはり、あなたも面白い! ここを乗り切ったら、サンプルとして研究してあげてもいいデスよ?」
「お断りだ。さあて、お手並み拝見といこうか、上屋敷。『愛しの王子様』を早く助けてやれよ?」
エアリアルの申し出を一蹴すると、河岸沢は梁子にそう発破をかけてきた。
梁子とサラ様、そして千花たちは改めてエアリアルと向き合う。
「ど、どうしましょう、サラ様……。河岸沢さん、ああ言ってましたけど……」
『そうだな、やつの頭に何かがあるとして……それはおそらく、あの警官を操ったり、わしを近づけなくさせていたものなのだろう。あの女科学者は「ポルターガイスト」とわしの力を称しておった。ということは……』
『じゃな。おそらく、人為的に念力を使えるようにしているんじゃろう……科学者であれば、そうしたものを作れてもおかしくない』
サラ様の推理にのっかるように、トウカ様もそう予想する。
千花も同感のようだった。
「うん……たぶんそれはマイクロチップ、だと思う。もうすでに何万人もの人が、脳や体の一部にそれを埋め込む手術をしてる。それが、脳に直接なんらかの作用をおよぼしているとしたら……」
『それがすべての元凶だな。まずはそいつをどうにかせねばならん。ゲン!』
サラ様が呼ぶと、小人のゲンさんがバッグから顔を出した。姿を見せると同時に、ゲンさんはぶんぶんと首を振る。
『どうした?』
「だ、ダメです。あの科学者さんにはオイラの力が届きません。サラ様と同じく、近くまで行ってもどうしても触れられない……そんな感じなんです」
『ほう……ということは、こちらの能力を無効化する念力を発している、ということか。なら、あの警官はどうだ?』
「うーん……まだ、どうにかなりそうな気はしますが……」
『ではあの警官の方を止めろ』
「へっ?」
梁子は、躊躇なく真壁巡査にそんなことをしようとしているサラ様に呆れた。
「ちょ、ちょっと待ってください。彼にそんなことして大丈夫なんですか? 仮にも人質……エアリアルさんの選択肢の中には殺すっていうのもありましたよ?」
『案じるな、梁子。警官の時が止まれば、おそらく誰も干渉できなくなる』
「ええっ?」
『いいからやれ、ゲン!』
「わ、わかり……ました?」
梁子の反応にとまどっていたが、サラ様の指示があるとゲンさんはおとなしく従った。両手を前に突き出し、術をかける。するとあっという間に真壁巡査は動かなくなった。
「むっ、これは……」
エアリアルが異常を感じ、真壁巡査を確認する。さらに操ろうとしたようだが、どうにもできないようだった。エアリアルはこちらをじっとにらむように見つめてくる。
「なるほど……この能力はワタシと同じ高次元の力。無効化は難しい、デスね……」
ゲンさんはエアリアルの視線におびえながら、サラ様を見上げた。
「で、できました。でも、このあとは……?」
『ああ、でかした。そうだな……あとは……』
『次はお前じゃ。不二丸』
「えっ?」
トウカ様がそう言って名を呼ぶと、不二丸はビックリして耳の毛を逆立てた。半獣姿なので、まだ耳としっぽが出ている。
「ぼ、僕にどうしろと……」
『いいから犬の姿に戻って、あの女を一噛みしてくればいいんじゃ』
「ちょ、ちょっとトウカ様……それじゃ不二丸が危ないんじゃ……」
千花が不安を露わにする。だが、トウカ様は自信に満ちた口調で言った。
『わらわの、式神じゃぞ? 操ることにかけてはわらわの方が使役度が上のはずじゃ。であれば、不二丸がやつに操られることはない。しかも、生身の生き物じゃ。蛇のやつのように近づけぬということもないじゃろう。さあ、わかったら行け、不二丸!』
「は、はい! わかりました。トウカ様、千花様、行ってまいります!」
「不二丸!」
千花の声を振りきって、不二丸はエアリアルのもとへと駆けていった。黒い柴犬の姿に戻り、そのままエアリアルの腕に食らいつく。
「う、わああっ!」
噛みつくと、ブンブンといきおいよく首を振り、不二丸は鋭い歯を肉に食い込ませていく。振り払おうとしてもまったく離れない不二丸に、エアリアルは苦戦しているようだった。真っ赤な血がぼたぼたと床に落ちる。
「は、離しなさいっ、このっ……! こ、これでは実験が……できなくなりマスっ!」
エアリアルはさらに防御しようと身をかがめた。だが、不二丸は離れようとしない。かと思うとふっと口を離し、体勢を変えるともう片方の腕に噛みついた。
「あああっ、このっ!」
どうにかして引きはがそうと、不二丸の頭に負傷したエアリアルの手が振り下ろされる。だが、それでも決して離さぬ不二丸に、エアリアルはついにその拳をおろした。
「はあ、はあ、もういいデス、わかりましタ。ワタシを……食べたらいいじゃないデスか? どうせこの腕では回復は見込めません。この犬は優秀デスね……わたしの作った精霊といい勝負デス」
そう言って、そっと不二丸の頭をなでる。すると、ようやく彼は口を離し、千花たちのもとへと戻ってきた。
エアリアルの腕は何度も強く噛まれて、血だらけになっていた。破れた袖の間から、白いものが一部見えている。かなりの深手だった。
「ふ、不二丸くん! ちょ、ちょっと、やりすぎじゃないですか?」
梁子があまりのスプラッタぶりに悲鳴をあげる。トウカ様は呆れた口調で言った。
『何を言っておるのじゃ。これから殺そうというのに。やりすぎも何もないじゃろう』
「…………」
梁子は何も言えなくなった。
たしかに、これから死ぬという人間に配慮は不用だろう。けれど、目の前のエアリアルの姿に胸が痛む。足元にはおびただしい量の血液が飛び散っていた。出血量がひどいのかエアリアルはふらついている。
梁子はエアリアルに言った。
「もう……もう、やめてください! あなたの言う、高次元……もとの世界におとなしく帰ってもらえませんか? そうしてくれたら、わたしたちは……」
「フフッ、どこまでも甘い人デスね。戻るということは一度この肉体を捨て、死ぬということデスよ? つまり、あなたがたはどっちみち『人殺し』となるのデス。物理的に殺しても、呪術的に殺しても……わたしが自殺しても……結果はどのみち同じ。あとには死体がひとつ残されるだけなんデスからネ……状況証拠的には……。ああ、どうせ結果が同じなら、あなたの屋敷神サンに食べられるのもいいかもしれませんネ!」
「どういう……ことですか?」
エアリアルはニヤリと笑っている。
「前に言いませんでしタっけ? あなたの屋敷神サンの力に興味があると……」
梁子は、言われて思い出した。
エアリアルとかつて交わした契約のことを……。
家の間取りを教えてもらうのと引き換えに、屋敷神の研究に協力する、そういう契約をしていた。もろもろあって、その契約は今は無効となってしまったが、継続していれば今でもずっと正式に協力していたことになる。
「あなたの守り神の力……ワタシにとってはそれも大事な研究のひとつだったんデス。ワタシたちのような高次元の存在を、この世界に顕現させる『ヒント』がありそうでしタからネ……まあ、最初は『見込み』程度でしタが、『置き土産』をいただいてからそれも確信に変わりましタ。契約が切れて、とても残念デス……」
あのまま素直に協力していたら、もっと早く恐ろしい結果になっていたのではないか。そう気付いた梁子は青ざめた。
「これから実際に食べられれば、いろいろな仕組みが判るかもしれません……うん、そうしましょう。我ながら名案デス。この使い物にならなくなった体も有効活用できマスし。いいでしょう。さあ、ではお食べなさい。ワタシの魂ごと!」
「エアリアルさん……」
「どうせ、またワタシは輪廻転生できマス。この同じ時間軸の、同じ世界に転生できるかはわかりませんが……それでもこの世界での記憶を引き継ぐことはできる。さあ……どうぞ。遠慮なくお召し上がりください!」
「…………!」
まだ危難は去っていなかった。
サラ様がエアリアルを取り込めば、彼女はその術を解明できるという。エアリアルがまた別の世界に現れれば、また別の人々が苦しむかもしれない。そう考えるときりがなかった。
梁子は歯噛みをしながらサラ様を見上げる。
サラ様は相変わらず黒いもやをただよわせたまま、感情の乏しい目でエアリアルと向かい合っていた。
「サラ……様?」
呼びかけると、サラ様はちらりと梁子の方を向く。
風が急に二人の間を吹き抜けた。
『ああ言っておるが……まあ案ずるな。梁子』
そう言って、サラ様はとびきりの笑顔を梁子に見せた。




