4-39 破壊
機械の側面に手が添えられ、小規模な爆発が起きる。あっという間にもくもくと黒煙があがると、エアリアルはその光景に悲鳴を上げた。
「Oh! そんな……まさか物理的に壊されるだなんて! あなたは霊体……ならばこれは……そうか! 電流を操って、回線をショートさせたのデスね?」
『……電気系統ならわしも念力でいじれるのでな。流れを少し過剰にしてやった。これは精密機械なのだろう? であれば、こういう手に弱いはずだ』
全身に青白い光をまとったサラ様は、そう言って笑ってみせる。
「くっ……まだ実験を続けられたというのに。これではデータが少なすぎマス! 仕方ない、とりあえずこれだけでも保護して……」
エアリアルはタブレット端末を取り出すと、高速でタイピングしはじめた。復旧は無理だと判断したのか、もうアンテナ群には見向きもしていない。気持ちを切り替えて、データの保存作業に移行したようだ。
一方サラ様は順調に、屋上の実験設備を破壊していった。
十基ほどもあるアンテナは、すでにそのほとんどが火花を撒き散らしはじめている。
やがて、上空の黒い輪も分解していった。実験におけるシステムがすべて機能しなくなったのだろう。跡形もなく消え去っていく。
エアリアルはタブレットから手を離し、ため息をついた。
「はあ、あと少しでしタのに……保存もほとんど間に合いませんでしタ。いったいどうしてくれるんデスか?」
「それは……賠償という意味でしょうか? エアリアルさん」
梁子は不機嫌そうにしているエアリアルに真顔で訊く。
「ええ、まあ……そうデスね。この実験にはかなりの予算を投入していましタ……もう一度やるとなると同じくらいのお金と時間が必要になりマス。被害は……甚大デスね。上屋敷サン、弁償してくれマスか?」
「証拠はあるんですか? 『わたしが』壊したという証拠は」
エアリアルは自重するように笑う。
「フフッ……そう来ましたカ。たしかに……『あなたは』壊していませんネ。あなたの屋敷神サマがやったことデス。でも、それを立証することは現代科学ではできない……。映画館のVR3Dを壊した時と同じ手口デスね……」
「わたしは、あなたの実験を止めると言いました。みんなのためにも自分のためにも、こうしなきゃならなかったんです。手段は選んではいられなかった。壊して、ごめんなさい。でももう……こんな実験はやめてほしいんです、エアリアルさん!」
梁子は、必死に訴える。
周りを見ると、サラ様を含め、千花たちや真壁巡査たちも彼女に厳しい視線を向けている。
エアリアルは両手を挙げて、降参するようなポーズをとった。
「オーケー、わかりましタ。『とりあえずは』やめておきましょう。でもいずれ……世界はエネルギーを巡って紛争を起こし始めマス。そう遠くない未来……人口はどんどん増えていって、どこの国もパイの取り合いが始まるのデス。そうなってからこの問題に着手しようとしても遅いのデスよ」
「わかっています。でも、人々の感情をとりあげるなんて……そんなのはダメです。記憶を奪うのも、どれだけの人が困るか……。店長も言ってましたけど、苦しみや悲しみを取り除くことが幸せだなんて、そんなのはアナタの驕りなんですよ」
「エアリアルさん」
そこへ、おもむろに久山が歩いてきた。
エアリアルは、誰だというような目つきで彼を見る。
「ああ、すいません。僕は久山と言います。あなたの研究所に出資していた者の一人ですよ。これでも投資家でね。どうぞお見知りおきを」
「ヒサヤマ……サン? 何デスか、クレームでも?」
「いえ。もう、そう言える立場にありません。先ほどその権利を全部放棄しましたからね。知り合いの投資家にも、この騒動の顛末をリークしておきましたよ。こちらの株は、今はもうほとんど売り払われているでしょう。いやあ、エアリアルさん。あなたはもっと儲けられる人だと思っていました。でも僕の目は曇っていたようですね」
「……失望させてしまいましタか?」
エアリアルの言葉に、久山はやや曖昧にうなづく。
「少しでも世の利益になるなら……儲けは出ます。でも、デメリットの方が大きければ、廃止論というものも同時に生まれるんですよ。どんなにいいシステムでもね。そうなったらリスクは増大する。僕はそんな危ない橋は渡れない」
エアリアルはタブレットをテーブルの上に置くと、面倒くさそうに髪をかきあげた。
「はあ……詳しい実験内容は、成功するまで秘匿しておくつもりでしタ。デメリットを少なくし、その廃止論……も封殺できるレベルになったら、はじめて公開する。そういう予定でしタ。しかしあなたは気づくのが……早すぎタようデスね。上屋敷サンたちに教えてもらったのデスか?」
「まあ、そんなとこです。今回の騒動、ダイスピザの人たちがいなかったら僕は大損をこうむっていました。その点は感謝していますね」
「そうデスか……」
「あの黒い玉が現れたとき……世の中がどういうリアクションをとるのか、ある程度の予想はついていました。けれど、あなたがまさかあれの原因だったとは。それを知ってしまったら、僕はもう切るしかなくなってしまったんですよ。リスクは最小限にしなくてはならないのでね」
そう言うと、久山はエアリアルの前までやってきて、足元にあるピザを拾った。両手で持ちながら、それを一口かじる。ホコリがついているだろうに、久山はかまわず咀嚼し、満足そうに嚥下した。
エアリアルはその一連の行動にぎょっとしている。
「本当に……もったいないことです。残念ですよ、エアリアル博士。でも……あなたの研究に比べたら、このピザの方がはるかに有益だ。これを、この街の人たちをどうにかしようとしていた罪は大きいですよ、博士」
久山はそう言うと、残りのピザ部分を食みながら、しずかにエアリアルから離れていった。
一同はあぜんとしながらそれを見守る。
『なあ、もういいか、梁子』
「えっ?」
急に、サラ様が梁子に訊いてきた。そっとサラ様を見上げると、なんと、体があの黒いもやで覆われ始めている。
「さ、サラ様?!」
梁子はびっくりして叫んだ。サラ様はしつようにねだってくる。
『なあ、あの女科学者……もう食べてもよいか。梁子、なあ、もういいだろう?』
「もういいか、って……本当に『やる』つもりですか?」
『ああ。そのためにここに来たのだろう? あの女はなんだかんだと言って、また今回のようなことをしでかすつもりだ。であればもう、生かしてはおけぬ。そういうことだったのではないか?』
梁子はぐっと口元を引き結んで言った。
「サラ様……そうしたら、サラ様はこのあとどうなるんです? 呪いが……成就したら……」
『まあ、消えるだろうな。でもそれは最初から、お前の家の屋敷神になったときから覚悟していたことだ。あとは、お前がわしに命じるのみ。「食え」とな』
「そんな……わ、わたしは……」
「お取込み中のところすみまセーン」
その時、エアリアルの明るい声が、割って入ってきた。
あわててそちらを見ると、ふらふらと真壁巡査がエアリアルの元へと歩いていく。なぜ彼がそちらに向かっているのか、皆わからなかった。久山のように何か言うつもりなのかと思ったが、どうも違う。
「あ、あわわっ……な、なんで……!」
彼は必死で何かに抵抗していた。エアリアルがこめかみに手を当てながらじっとそれを眺めている。彼女が、何かしているらしい。
「えっ? ま、真壁巡査! どうしたんですか?」
「あ、足が勝手に……!」
心配になって声をかけると、真壁巡査はこちらを見ながらちょうどエアリアルの所に到達したところだった。
「ハーイ、みなサン注目!」
エアリアルはそう言いながら、近くにあった紐でてきぱきと真壁巡査を拘束する。あっけなく後ろ手に縛られた真壁巡査は悔しそうに顔を歪めた。
「さて。ワタシはこれからいったいどうするでしょうカ。一、屋敷神サンに食べないでほしいと頼みこむ。二、人質をとって逃げる。三、このお巡りさんを殺す。さあ、どれ?」
「なっ……何を、言ってるんですか? エアリアルさん……」
突然問題を出されて梁子はうろたえる。どれかが正解かというよりは、三つともやろうとしているように見えた。
「あなた方はワタシを止めたい。ワタシはこのまま実験を続けたい。平行線デス。であれば……力づくで押し通すしかないでしょう。さあ、交渉の時間デス! ワタシはどうすると思いマスか? 上屋敷サン、さあ、どうしマス?」
「真壁巡査を……放してください!」
「嫌デス。あなた方は……ワタシを食べるつもりなんでしょう? その屋敷神サンの呪いを成就させるために!」
「な……んだとっ?! やっぱりそうか、上屋敷!」
突然、河岸沢の怒りの声があがった。梁子はうっとおしそうにそちらを見る。
「か……河岸沢さんには関係ないことだって、言ったじゃないですか。これは、ウチの家の問題なんです。黙っていてもらえませんか!」
「知らねえよ! 俺は……前にも言ったよな、その一線だけは超えんなって!」
「だから、関係ないでしょうって言ってるんです! この人は……許してはいけない人なんです。いえ……そもそも人ですら、ない……」
「なんだと?」
「だから……やらなくちゃ、ならないんです! わたしのためにも、みんなのためにも……」
梁子は、そう言いながらも心のどこかでは迷っているのを自覚していた。
本当はそうじゃない。けれど、どうしようもない。その思いから、わずかに顔をしかめる。
「でも……それが……いいことなのか……いいこと、なんでしょうけど……でも……」
「上屋敷?」
「いえ、サラ様がそうしたいなら……そうさせてあげようって、それがサラ様の生まれた意味なら……そうさせてあげようって、思ってました。でも……」
『梁子?』
「サラ様が消えるなんて……サラ様が消えるなんて……。本当は……嫌なんです……よ……」
ほろりと、いつの間にか梁子は涙を流していた。
「あっ……。ず、ずっと、一緒にいたのに……そのサラ様が消えるなんて……これからも、側にいてくれると思ってたのに。なんで……こんな形で消えてしまうなんて……! い、嫌、です……」
『梁子! 言っていたではないか。こいつを許せないと。こいつがやったことを忘れたのか!』
「わ、忘れてなんか、いません! 美空さんのこととか……衣良野さんたちの扱いとか……この街の人たちにしようとしていたことを思うと、エアリアルさんのことは……許せません。止めても止まらないなら、こうするしかないって、いうのもわかります。でも……でも……! それでサラ様が消えるなんて……嫌なんですよ!」
『こ、ここまできてそれを言うのか……』
サラ様は、泣きわめく梁子に困り果てているようだった。けれど、どこか嬉しそうでもある。
『まったく、いくつになったと思っておるのだ? もう19だぞ、梁子。それなのに……とんだ甘えただな』
「仕方ないじゃないですか! だって、だって……」
『そう思う気持ちはまあ、わかる。わしだって、お前との別れはつらい。だが……これはわしの悲願でもあるのだ。この呪いを成就することは……上屋敷のためだけにあらず。わしがもう一度会いたいと思うやつに会うため……』
「えっ?」
『梁子、お前はそやつに良く似ておる』
「似てるって……誰に、ですか?」
『お前の先祖、一番初めにわしに魂を喰われた……ミネという娘に、だ。わしはそやつにもう一度会いたいと思うておる』
そう言って、サラ様はどこか遠くを見つめるような目をした。




