4-37 【それぞれの想い】
「ふむ……Hもここまで、デスか。まあ彼も長く『持った』ほうデスね」
エアリアルは、大井住大学のとある研究棟の屋上にいた。
いままで、エスオからのテレパシー映像を受信していたのだが、倒された瞬間にもう意味はないと通信を切っていた。右手の人差し指をこめかみに持っていき、頭の中に埋め込まれたチップを操作する。今度は梁子の見ている映像に切り替えた。
「ふむ。また変わった助っ人が現れたようデスね。ここを探し当てる可能性……98%……Oh、せっかくあの子たちが時間を稼いでくれタのに。急いで実験を進めなければなりませんネ」
エアリアルの周囲には何台もの小型のアンテナが立っていた。そこから伸びるコードは、すべてとあるテントの元に集結している。
テントの中には黒い巨大な箱があった。その側面には『ASP ―aerial season project―』と白抜きの文字で書かれている。
幾人もの白衣の男たちがその箱の計器をいじったり、表示される数値を記録していた。
エアリアルはテントに赴き、男の一人からタブレット端末を受け取る。実験の進行具合を確認すると、大きくうなずいた。
「ふむ。もういいでしょう。負の感情エネルギーはほぼ充填されましタ。そろそろ電気エネルギーへの変換作業に移りマス」
画面をタップして、実行のキーをオンにする。
すると、上空に浮いていた黒い輪が発光しはじめた。ほどなくして紫色の稲妻が四方八方に迸り、遠方に建設された十個のタワーに向かって落雷する。
何度も何度も、タワーに向かって稲光が発せられ、大井住市はそのたびに大きな騒音が響き渡った。
「おおっ! で、電気エネルギーが……確認されました! 蓄電機に次々に貯まっていきます! 成功だ! 実験は成功したぞっ!」
計器を見ていた男の一人が興奮して大声をあげる。
その知らせに、テントの中にいた他の男たちも沸き立った。
「おおっ、ついに、ついに成功した! まさか本当に電気エネルギーに変わるとは!」
「すごいです、エアリアル博士! きっと次のノーベル賞は間違いありません!」
「素晴らしい。まったく素晴らしい技術だ!」
エアリアルは白衣の男たちに囲まれ、拍手喝采を受ける。
だが、一人だけ浮かない顔をした男がいた。エアリアルはその男に声をかける。
「どうしましタ? なにか問題でも?」
「い、いえ……」
「いいのデスよ。気になる点があるのでしたら、遠慮なく言ってください」
エアリアルにうながされて、男は恐る恐る口を開く。
「その……本当に、この技術は問題ないのでしょうか?」
「どういう、意味デスか?」
「マイナスの感情を取り去られた人間にどのような影響が出るのか……また調査が十分ではありません。モニターを見る限り、街の人間にそれほど目立った影響はないようですが……万が一なにか不都合な点が出た場合、損害賠償を請求されるおそれが……」
「ああ、そうデスね。そういったリスクは、ありマス。デスが……」
そこまで言ったあと、エアリアルは男の顔をじっと見つめた。
しばらく男は不安そうな顔をしていたが、やがて急に笑顔になる。
「あ、やっぱり、良く考えたら何も問題はないですね! 楽しくなることにデメリットなんかあるわけないです! 私の考えすぎでした!」
「そうデスか? それなら良いのデスが……」
エアリアルはニヤリと微笑む。
男は、すでに酒盛りを始めている他の研究員たちのところへ合流した。彼はたしか、数年前に娘さんを水の事故で亡くしていたはずである。そのことを覚えていたエアリアルは、彼の晴れ晴れとした笑顔を見て小さくつぶやいた。
「フフ……ここへ来てから初めて見ましたネ、彼のあんな笑顔……。本当に、実験が成功して良かったデス」
* * *
ダイスピザ、と書かれた白いワンボックスカーが大井住学園の正門を通過していた。
運転席には大輔、助手席には河岸沢、後部座席には真壁巡査と久山が乗っている。
久山が、ひざの上に乗せていた平たい箱を開ける。
ピザの切れ端をひとつ掴むと、それをゆっくりと口へ運んだ。そのたびに車内にはチーズと肉の焼けた、えも言われぬ香りが広がる。
「えっと……久山さん? なんであなたも一緒に来られてるんですか!」
微妙な空気に耐え切れなくなった河岸沢が、ついに久山に食ってかかった。
久山は落ち着いてピザを飲み込む。
「ふむ……僕も、出資者として一言言いたくなってね。悪いが同行させてもらうよ。でも……なんだろう。なんかだんだんどうでも良くなってきたな……。このピザを食べてたら、悩みが全部ふっとんでしまったみたいだ。まったく罪なピザだよ……」
そう言って、また次のピースを口に運ぶ。
そんなお褒めの言葉をもらった大輔はハンドルを操作しながら照れまくっていた。河岸沢は深くため息をつく。
「はあ……。あのですね、これから行くのはちょっと危険そうなところなんですよ。大事なお客さんを……そんなところには連れていけない……ねえ店長、そうでしょう?」
「えっ? あっ、まあな。でも、久山様のおかげでこうして目的地もわかったんだし……状況を見ながら判断してもいいんじゃないか? なあ?」
「さすが店長、よくわかってらっしゃる」
「えっ……。ああ、まあ、そうっすね……」
たしかに、久山の情報力に大いに助けられた。そう言われてしまうと河岸沢はそれ以上何も言えなくなってしまう。がしがしと頭を掻くと、河岸沢はまた前方に向き直った。
やがて、車は大井住大学の入り口までやってきた。
さっそく入っていこうとすると、門前の守衛に呼び止められる。大輔はパワーウィンドウを開けて応対した。
「なんですか?」
「なんですか、じゃないよ、君たち。こんな変な空になっている時に、むやみに部外者を入れることはできないよ。さあ、帰った帰った」
「えっと……」
どうしようと振り返った大輔に、真壁巡査が手を挙げる。
「あ、自分が」
真壁巡査は懐から警察手帳を取り出すと、守衛に向かってそれを見せた。
「ええ~、見ての通り警察です。ちょっとこの大学に、この空の異常を引き起こしている『犯人』がいるかもしれなくてですね。捜査のために立ち入らせていただきたいんですが、ご協力願えますか」
「えっ、こ、この大学に? そ、そうでしたか! は、早く、お通りください!」
「ありがとうございます」
そうして難なく門を通過した。四人は心の中で小さくガッツポーズをする。
教員や来客用の駐車場に移動すると、四人はすばやく車外に出た。
「さーて……じゃあ、行きますか」
大輔がそう言って先陣をきって歩き出す。だが、河岸沢はあわててそれを引き留めた。
「ちょっと大輔さん! さっそくどこに行くつもりですか! 場所、わかってないですよね?」
「あ、そうだった……。ええと、博士の研究所ってのはどこにあるんですか? 久山様」
そう水を向けると、久山はウエットティッシュで手と口を丁寧に拭きながら振り返った。まだ食べたりなさそうな顔をしていたが、ダイスピザ専用の巨大なトートバッグを担ぎ直しながら答える。その中にはまだ9枚ほどピザの箱が収まっていた。
「そうだね……僕もその詳しい位置までは知らないんだ。こんな極秘の……研究をしていたようだからね。セキュリティの面で位置を特定されたくはなかったんだろう……公開されていなかった」
「そんな! じゃあ、しらみつぶしにここを探すしかないってことですか?」
絶望したような顔で真壁巡査が訊くと、久山はにべもなくうなづいた。
「まあそうなるね」
「くそっ! じゃあ、早く手分けして探さねえと……」
河岸沢がイライラしながら周囲を見回すと、大輔が急に大声をあげる。
「ちょ……ちょっと待て、河岸沢! あ、あれ!」
「んっ? どうしたんスか、大輔さん」
「あれ、あれを見ろ!」
大輔が驚きながら空の一角を指さしていた。
黒い輪っかがさらに変化したのかと思って見てみたが、そうではない。大きなシャボン玉と、草の塊みたいなものが黒い輪とは別の方角に浮いていた。それらは徐々にこちらに近づいてくる。
「なっ、なんだあ?! ありゃあ……」
その時、ズキリと河岸沢は頭に痛みを覚えた。
瞬間、そのシャボン玉と草の塊の中が「見える」。
「なっ! か、上屋敷……? と、ロリータ娘……?!」
「えっ?」
河岸沢の言葉に、他の者もみな驚いてそちらの方角を見つめた。




