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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
4軒目 犯罪者の棲む家
101/110

4-34 全面戦争

 バス停を降りると、梁子たちは全速力で走った。

 エアリアルの洋館まで一直線。だが、その距離がとても長く感じられる。


 大井住市の北部、高級住宅が軒を連ねる区域には、まばらにしか通行人がいなかった。すれ違う人たちはみな上空を気味悪そうに見上げている。

 黒い球体の群れは、こころなしか先ほどより回転速度が上がっているように見えた。


「は、早くしないと……」


 焦っても足がそれ以上速くなるわけでもない。もつれそうになりながら、懸命に前へ前へと走った。

 千花が少し遅れている。身長が低いので、歩幅が梁子より小さいのだ。荒い呼吸音が後ろで聞こえていたが、ついに辛そうな声へと変わった。


「りょ、梁子さん! ごめん、先行って! 後から……追いつくからっ!」

「……わ、わかりました!」


 千花の速度に合わせていたら、たしかに間に合わなくなるかもしれない。今は一分一秒でも急ぎたい。エアリアルの計画を止めるために……。梁子はやむなく千花の言うとおりにした。


「ふっ! くっ! はあっ、はあっ!」


 毎朝の登校で鍛えられて、持久力は割とある方だと思っていた。だがつらい。

 地面を蹴るたびに振動が太ももまで伝わってきた。一歩進むたびに背負っている荷物が体に当たり、ゲンさんがバッグの中で悲鳴を上げる。息が切れそうになったが、足だけは絶対に止めなかった。

 やがて、見覚えのある洋館が前方に見えてくる。


「さ、サラ様っ!」

『ああ』


 ザザッと滑り込むようにして建物の前で止まると、梁子は己の守り神の名を呼んだ。

 結界が瞬時に張られ、サラ様が実体化する。


『ふむ、そうやすやすとは入れてはくれんようだぞ』


 そう言って、眉根を寄せる。

 こちらを拒絶するように鉄柵にはビリビリッと紫電が走っていた。サラ様がその柵の前に手をかざす。すると、見る間にそれは奥に吹っ飛んでいった。勢いが強すぎて蝶番がはじけ飛んでしまっている。地面の一部を削りとるようにして、それはようやく止まった。

 驚いてサラ様を見上げると、いたって涼しい顔をしている。


『なんだ? 生意気にも、小細工がされておったから壊したまでだが』

「え、えっと……」

『もうよい、行くぞ梁子』

「は、はい……」


 弁償しなくちゃいけないかな? などと青ざめていた梁子だったが、よく考えると今はそれどころではなかった。頭を振り振り、サラ様を追って敷地内に入る。


 見慣れた木製の玄関が見えてきた。

 サラ様はまたそれに手をかざし、開けようとしたが……今度はやや苦戦している。


『くそ……』

「ど、どうしたんですか、サラ様?」

『今度は力づくで向こうから押さえておるらしいのだ。おい、館の精! そこにいるのだろう? 悪あがきはよせ!』

「……」


 扉に向かって声を張り上げるが、何の応答もない。中にいる者は、ここを開ける気はまったくなさそうだった。

 時間稼ぎ、だろう。

 梁子がそう思っていると、サラ様は顔を大きく膨らませはじめた。


『まったく。待っておれるか。そちらがその気なら……』


 言うが早いか、扉をまるごと「食べて」しまった。


「キイヤアアアアアアッ!」


 すぐさま断末魔のような悲鳴があがり、玄関ドアが丸く消失する。サラ様は無表情で中に入っていった。広いエントランスホールに三つの人影がある。


「よっ、よくも……よくもアタシの体の一部を、また、食べてくれたわね! 一から作るの大変なんだからっ!」


 頭を抱えていたエスオが涙目でそう叫んだ。

 サラ様はそれを切って捨てる。


『ふん、知ったことか。それよりお前たちの主に会わせろ。至急問い質したいことがある』

「まっっっったく、礼儀の知らない神様ね! ていうか、ノックぐらいしなさいよ! いきなりぶっ壊すとか……そもそも、アポのない方たちには会わせられないわ! 今すぐ帰りなさい!」


 仁王立ちになり、睨みを利かせるエスオ。

 それに追従するように奥にいたターが近づいてきた。


「そう、マスターは今とっても忙しいんだ。外のあれ、見たでしょう? キミたちのことはお呼びじゃないんだよ。けど……どうしても用があるっていうんなら、ボクたちがお相手する」

「ええ、わたくしも、そのように仰せつかっております。マスターにお会いしたければまず……わたくしたちと遊んでくださいませ」


 メイド服を翻らせて、ムーアもこちらにやってくる。

 梁子とサラ様は身構えた。


「サラ様……」

『ああ』


 ターが宙返りして、黒い猫に変化する。

 黒かった両目が、血のような赤と透き通るような青に変わり、オッドアイになる。その目が光り出すと、猫の体がみるみる分裂していった。黒いモチのように伸びたかと思うと、一匹が二匹に分かれ、二匹が四匹になり、四匹が八匹となっていく。


「なっ?! ね、猫がたくさん……」


 倍々に増える光景に、梁子は鳥肌が立った。やがてフロアが黒い獣たちで埋め尽くされると、彼らの視線は一点に集中する。何十という瞳がこちらに向いた。


「ひ、いっ!」


 梁子の悲鳴が合図とばかりに彼らはまっすぐ飛びかかってくる。

 真壁巡査とはじめてこの家を訪れた時のことを、梁子は思い出した。今の数はとてもその時の比ではない。こんなにたくさんの猫に噛みつかれでもしたら……。

 恐ろしい想像をしていると、一番先にたどりついた猫が梁子めがけてジャンプしてくる。思わず両腕で防いだ。が、間に合わない。猫の真っ赤に開いた口が目前に迫った。


「きゃああっ!」

『ふざけるな』


 すんでのところでサラ様の結界が発動した。

 見えない壁にふち当たり、猫は落下していく。あとから来たものたちも梁子の足元で団子状になった。


『どけ……! どかぬなら、今度こそ息の根を止めるぞ』


 サラ様が凄むと、やや猫たちの動きが止まった。だが、そこに一本の箒がやってくる。

 柄を頭にして飛んできた箒は、ムーアだった。梁子たちの目の前でくるりと半回転すると、穂先を銃口のようにこちらに向けてくる。


「なっ、何?」

「魔祓い、逆さ箒」


 箒からそんな声が聞こえてくると、また空中で半回転して穂先が上になった。途端にサラ様の結界が「砕け散る」。


『なっ!』


 妨壁が無くなり、猫たちが梁子に殺到した。腕や足に鋭い牙が突き立てられ、梁子は悲鳴をあげる。


「いやっ! いいいっ、痛い!」

『梁子!』

「さ、サラ様っ!」


 次々のしかかってくる猫たちの重みに耐えきれず、梁子はひざをついた。思わず助けを乞うと、ぐいっと腕が引っ張られる。サラ様が引っ張ってくれたのかと見てみると、手首には藤の蔓が巻き付いていた。


「えっ、これは……」

『藤の!』

『なーにをやっとるんじゃ! この腑抜けめ!』

「梁子さん、大丈夫? ごめん、今さっき着いた!」


 声がした方を振り向くと、実体化したトウカ様と息を切らした千花がいた。梁子は叫ぶ。


「千花ちゃん、来ちゃダメです! な、なぜかサラ様の結界が効かなくなってこうして攻撃を受けています。ぐっ……は、離れていてください!」

「で、でも! 梁子さんが!」

『ふうむ。あの箒……か。どれ』


 なにやらトウカ様がつぶやくと、緑色の蔓がさらに伸びる。ある程度までいくと急にそれがムーアに絡みついた。ムーアは焦ってジタバタしはじめる。


「は、離して、ください!」

『誰が離すか。お前が結界を無効化しているのじゃろう? 魔祓いの箒とはの。古来より、箒には邪気を祓う力があると言われておる。それが発動しておるのか。どれ、本体は……。なんじゃ、ただの木か』


 蔓全体が淡く発光したかと思うと、柄のいたるところから葉が生える。ムーアは絶叫した。


「う、うわあああああっ! なん、何ですかこれはっ!」


 新芽はやがて枯れ葉になり、急速に朽ちていく。そしてついに……ピシリと柄にひびが入り、ムーアは瓦解した。


「えっ?」


 ターたちが一斉に目を見開く。


「び……B? B!」


 駆け寄って「元ムーア」の状態を確認する。黒い塊が一瞬ぶるりと震える。彼らはゆっくり振り返ると、またこちらに向かってきた。


「こ、殺すっ! 殺してやるっ!」


 今度は明確な殺意を持っている。幾百の爪が梁子に襲い掛かった。だが、それらはすべて直前で「弾き返される」。


「ぎにゃっ!」


 ドサドサッと次々に地面に叩きつけられ、ターたちは苦痛にうめいた。結界に阻まれた猫たちを見下ろして、ようやくサラ様はホッと息をつく。


『ふう……助かった。藤の、礼を言う』

『なんの。どうも相性の悪い者がいたようだの。つい、わらわも手加減せずに壊してしもうたわ』

『フッ、こやつらに手加減なぞ必要ない。さて……』


 サラ様は言葉をそこで切ると、目を閉じた。

 梁子たちの前にあるものと同じような結界の壁が、猫たちの背後に出現する。


「えっ? ななな、何よ?!」


 言い知れない不安を感じたのか、エスオが悲鳴を上げながら姿を消した。ターたちはそのままだったが、背後の結界が徐々に近づいてくると恐慌に陥る。


「な、なん……何なんだよ、あれっ」

「サラ様、あれは……?」

『ああ、時間もそれほどないことだしな。ちゃっちゃと片づけよう』


 非情にも、そんな言葉がつぶやかれる。

 青白く光る壁はさらに上下左右に出現し、中央の猫たちを囲んだ。そして見る見る彼我の距離を縮めていく。猫たちは壁に触れた者から次々と消滅していった。


「いっ、いやっ、嫌だ……! こんなの!」


 一番中央の猫がいつの間にか元の人型に戻っていた。その顔は恐怖による涙でぐしゃぐしゃだ。


「ね、ねえ……やめてよ。こ、こんなことしたら……ああっ、みんな消えていっちゃう。……こ、怖いよ。嫌だ! ああっ、ガーネット!」


 周りの猫たちが一匹、一匹と消えていく。そして最後はターひとりになった。

 すがるような目でこちらを見つめてくるが、壁の動く速度は変わらない。梁子はなんだかかわいそうになって、止めてくれるように頼もうとした。だが……その視線に気づいたサラ様はゆっくりと首を横に振る。


『梁子、急いでおるのだろう?』

「あっ、そ、そうですが……」

『なら何も言うな』

「……はい」


 梁子はこれ以上見たくなくて顔をそむけた。


「いっ、いやだ! お願い、助けて助けてっ! 嘘、嫌だ……消えちゃう、消えちゃうよ。ボクとガーネットの思い出が……。嫌だ。こんな……こんなこと……! なんで、ボクが。なんでボクとガーネットがこんな目に遭わなきゃ……。どうしてどうして。いやだいやだいやだいや……」


 急に声が聞こえなくなった。

 見ると、部屋の中央につぶれた二つの眼球がある。血のような赤い瞳と、透き通るような青い瞳。二つは平たいせんべいのようになっていた。


「う。うえっ……」


 梁子は思わずえずく。

 その時、天井が一面何かの画像に変化した。シャンデリアなどがぶら下がっていたが、その向こうに大写しの人の姿が映る。


「りょ、梁子さん、あれ見て!」


 千花の言葉で見上げると、そこにはくだんの科学者、エアリアル・シーズンの姿があった。


『ハーイ。お元気デスか? お嬢サンたち』


 エアリアルは屈託のない笑顔で手を振っていた。こんな状況でどうしてあんなテンションだ……と梁子は怪訝に思ったが、千花も同じような印象だったらしい。かなり面食らっている。


「あ、あの人が、エアリアル・シーズン……?」

『お久しぶりデース! そして、はじめまして大庭千花サン。あなたたちの行動は、すべて上屋敷サンの目を通して拝見させてもらいました! Oh、もうBとCを片づけてしまったのデスね。あとはHだけデスか……ああH、もうちょっとだけ頑張ってくださいよ~。でないと、楽しみだったあの実験が始められなくなっちゃいマス』

「や、やめてください、エアリアルさん! あんなものを出現させて……実験っていったい何をするおつもりなんですか!」

「何を? わからないで、あなたは止めようとしていたのデスか?」


 梁子の言葉に、エアリアルはふふっと微笑む。


「ワタシの研究がどんなものなのカ……知らないで止めようとしていたんデスか。まったく面白い人デスね、上屋敷サンは。あれがどれほど人類にとって有益なものか……知れば止める気も起らなくなりマスよ。あれは、少々の犠牲で多くの人間が助かる、夢のようなシステムなんデス。ふむ……では、Hがお相手をしてる間に、少しお話してあげましょう。まだ実験開始まで時間がありマスからネ」


 いつの間にか二階へ上がる階段が消えていた。エスオの仕業だろう。わざわざ消したということは、エアリアルはこの上にいるのかもしれない。梁子はなんとなくそう感じた。

 そして、部屋の中央に一人の男性が現れる。貴族風の服を着た男。

 

「マスター……わかりました。でもごめんなさーい! アタシではそんなに時間を稼げないかもしれないわ~。でも……マスターの実験、成功するといいわね。それがアタシの、契約した意味だから……そっちはそっちでちゃんとやってねーん」


 口調は明るいが、その瞳は昏い色を湛えていた。急に両腕を左右に伸ばし、エスオは体の前でクロスさせる。途端にぐわんと床や壁が歪みだした。

 まるでトランポリンように、梁子たちの体は地面から突き上げられる。


「うわああっ」

「きゃああっ!」


 二人の少女の悲鳴が響く中、エアリアルの長い話が始まった。

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