プロローグ
上屋敷梁子は積み木を手に取った。
三つになったばかりの梁子にとって、それはたんなる木の破片ではない。
想像力次第ではどんなものにでも変化する魔法のアイテムである。
きちんとした土台を敷くと、壁となるものを積み上げ、屋根となるものを乗せる。
すると、そこには小さな家ができた。
その形を見て梁子は満足そうにキャッキャと笑う。
『素敵な家だな。これは、どんな間取りなんだ?』
どこからともなく、しゃがれた声が聞こえてくる。
梁子は部屋を見回す。だが、リビングのテレビは消えているし、自分以外に誰の姿もない。
いつもそうだ。
遊んでいるとどこからか声が聞こえる――。
不思議だが、とても優しい声だ。
しばらくすると、そこに父親がやってきた。
「梁子。何をやっているんだ? おお、素晴らしい! これは家だな? どれ、父さんにもよく見せてくれ」
床に座った父に優しく抱き上げられ、梁子は膝の上に座らされる。
「とうさん。あのね、さっきまたこえがきこえたの」
「声?」
「うん。おばあさんみたいな、へんなこえ。おとこのひとかもしれないけど」
赤色の積み木をいじくりまわしながら、梁子は父親を見上げる。
「ああ梁子、それはね、『屋敷神様』だよ。我が家には屋敷神様がいらっしゃるんだ」
「やしきがみさま?」
「ああ。屋敷神の『サラ様』だ。サラ様は、上屋敷家の守り神様だな。今の豊かな生活があるのは、すべてあのサラ様のおかげなんだよ。梁子は、サラ様は見たことがあるかな?」
「ううん、ない」
梁子は軽く首をふる。
「そうか、そうだな。お前はまだ一人で外に行ったことがないからな、それも当然か……。サラ様はな、生まれた時からいつもお前の側にいてくださっているんだ。声だけは常に聞こえていたと思う。だが梁子、お前ももう三つだ。そろそろサラ様と共に外へ出る準備をしなくてはならん」
「おそとにでる、じゅんび?」
「ああ。幼稚園に行きたいと言っていただろう?」
「うん! いきたい、ようちえん!」
足をひとしきりバタつかせてから、梁子は立ち上がる。
「梁子、一歩この屋敷を出たら……楽しく遊んでばかりもいられないんだよ。外では嫌なことや危険なこともいっぱいお前の身に起こるんだ。それでも行きたいかい?」
「えっ……やだ。こわい! そんなのやだよ!」
「そうだな。じゃあ、サラ様と一緒にお出かけするんだ。そうすれば、サラ様が必ずや梁子を守ってくださる。安心してお出かけできるようになるんだぞ」
「ほんとう? なら、わたしサラさまとおでかけする! まもってもらう!」
「いい子だ。じゃあ……屋敷の真ん中にお堂があるな。あそこへこれから一緒に行こう。サラ様がお前を待っていらっしゃる」
そうして梁子はこの日、正式に引き合わされることとなった。
上屋敷家の守り神、「サラ様」と呼ばれる存在に……。
ロの字型になっている家の中心部に向かう。
そこには外界と隔離された中庭があった。
その中心にお寺の本堂のような建物がある。
梁子と父親はそこに入っていく。
お堂の中には、異形なものが待ち受けていた。
部屋いっぱいに白い「もや」が立ち込めている……。
初めて入るところだったので、緊張していた梁子はさらに体を強ばらせた。
「とうさん……!」
「大丈夫だ」
それが徐々に人の形を成していく。
あれがサラ様だ、と父が言った。
それは……ヒトの姿であってヒトならざる者だった。
だが、梁子はその者の容姿に、目も心も一瞬で奪われる。
不安はどこかにふっとんでしまっていた。
一目見たとき、幼心にも感動したのだ。
全体がまるでキラキラと輝いて見える。
白銀に輝く豊かな髪、長いまつげ、陶器のように滑らかな肌。
宝石のように碧く透き通った瞳……。
女性のように華奢でありながら、胸はなく、中性的な体型。
男ものの白い着物の裾をたなびかせて現れたその姿に、梁子はおとぎ話に出てくる天女かと思った。
サラ様はふわりと梁子の前まで来ると告げる。
『梁子。わしに間取りをよこせ。さすればお前を、そしてこの上屋敷家を守ってやろう』
それはいつもの、優しいしゃがれた声だった。
幼かった梁子には、まだそれが何を意味しているのかよくわからなかった。
だが不思議と、それをしなくてはならないという使命感だけが沸き上がってくる。上屋敷家の者としての何かが、梁子にそれをせよと強く訴えていた。
この方のために、そして自分のために。
その「まどり」というものを集めなくてはならないのだと。
それだけがしっかりと心に刻まれた。
梁子はその後、少しずつ「間取り」というものを理解していった。
間取りとは、一般的には建物内部の部屋や、区画の配置図のことだ。だがサラ様にとっては、それはそこに住まう者の記憶や経験、歴史などの情報なども読み込めるものだった。
他の家の間取りをたくさん献上することでサラ様は力をつけていき、上屋敷家もそれにあわせて繁栄していく。
その事実を知ったとき、梁子は「さて大変な家に生まれたぞ」とおののいた。
江戸時代から連綿と続く上屋敷家。
梁子はその15代目の当主となることが決まっている。
これは、一人の少女が屋敷神サラ様とともに間取りを集めていく物語。
時代の移り変わりの最中、己の家の秘密を知り、悩み、戸惑い、それでも自らの人生を切り開いていくまでを記録したものである。
なろうでの初オリジナル作です。
未熟な部分も多いかとは思いますが、楽しんでいただければ幸いです。
話の途中まででも結構ですので、お気軽に感想、ご意見などいただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m