九
今日の分の片付けが終わり、後夜祭がはじまった。鷹見は昨日から瑳内の家に泊まっているそうで、二人は一緒に帰っていった。
「後夜祭の最中は古泉と水上を二人きりにする」という天水の提案で、天水、夏川、橋野、天文同好会の名雲の四人は一緒に行動していた。今は後夜祭をしている広場の端の方にいる。騒がしいのが苦手な二人はここには来ないだろうと推測したからだ。
喧噪を脇目に、しばらく四人で話していると、名雲がおもむろに、
「私たち、もう少し片付けが残ってるんだ。紗綾、行こうか」
と言って立ち上がった。橋野も「はい」とこたえて腰を上げた。
「手伝うよ」
歩いて行こうとする二人に天水がそう言った。
「いいよ、たいしたことでもないし。じゃ、また明日」
「おつかれさまでした」
二人とも別れの挨拶をして行ってしまった。
簡単な片付けは済んだが、展示室の片付けや調理器具の返還は明日することになっている。明日は月曜日だが大学祭の振り替え休日で、講義はない。片付けの後は、天水家で写真部と天文同好会合同の打ち上げをする予定だ。
「じゃーねー」
「おつかれさまです」
残された二人は天文同好会員たちの背中に向かって言った。
二人きりになった。天水は煌々と輝くステージに目を向けている。夏川は、そんな天水の横顔から目が離せなかった。彼女の大きな瞳に光が飛び交っていた。
不意に、数ヶ月前彼女と一緒に夕暮れの海を眺めたことを思い出した。あのとき言えなかったことを、今度はちゃんと伝えようと思った。
大学祭が終わったので、来週にでもどこかに遊びに行こうと誘うつもりだ。そこで交際を申しこもう、と夏川は決心した。
「あの」
「ねえ」
夏川が口を開くのとほぼ同時に、天水が彼の方を向いて話しかけてきた。お互い、少しうろたえてしまい、それから、小さく笑いあった。
「先にどうぞ」
夏川が先手をうった。
「うん。少し、歩かない?」
「いいですよ。どこへでも」
「そんなに歩かないよ。構内を一通り、さ」
「行きましょう」
そう言いながら先に立ち上がり、座ったままの天水に手を差し出した。
「ありがとう。夏川君の方は?」
「えっと、歩きながらでいいですか?」
「うん。行こうか」
手をはなして、今日一番の盛り上がりを見せている広場の横を通り過ぎた。木々に挟まれた短い坂の端には、解体された出店の骨組みがまとめられていた。
夏川は天水の半歩あとをついて歩いた。文化部棟の横を通り、自転車置き場を過ぎる。芝生広場では、まだ片付けをしている人や芝生に座り込んで打ち上げらしきことをしている人々がいる。名雲と橋野の姿は見当たらなかった。
歩いている間、二人は一言も話さなかった。夏川は何となく話を切り出しづらく、声をかけられなかった。
二人は小規模の教室が多くある棟へと入った。薄暗い廊下を進み、階段を上った。廊下の電灯はほとんど点いていないが、窓から入る弱い光のおかげで問題なく歩けた。
天水はある教室の扉の前で止まり、開けて中に入った。馴れた手つきで部屋の明かりをつける。夏川も教室に入った。最近よく出入りする、写真部の展示に使わせてもらった教室だった。
彼女は部屋の中央近くまで歩を進め、立ち止まって振り返った。目が合う。
「大事な話があるんだ。いいかな?」
天水は夏川を真っ直ぐに見つめた。それに応えるように、視線をうけとめ、
「はい」
とこたえた。
他の音が聞こえなくなり、ただ彼女の呼吸の音だけが聞こえた気がした。
「夏川君、君のことが好きだ。私と付きあってほしい」
「こちらこそよろしくお願いします」
天水の言葉が終わるか終わらないかのうちに、夏川が早口で言った。
「早いよ! もうちょっとなんか、驚くとかないの!?」
「むしろ俺から告白しようとしてたんですよ。どうしてくれるんですか」
緊張からなのか嬉しさからなのか自分でもよくわからないが、夏川は早口になっている。
「あれ? なんで私が責められてるんだろう」
「というわけで言います。好きです、天水さん」
ためらってしまっては言えなくなりそうだったので、勢いにまかせて言った。
「言われるのは、なんか、なんというか、嬉しいね」
天水は目に見えて照れているのがわかる。
「これから、言う機会は何度でもありますよ。その、恋人になったことですし」
「あらためて言葉にされると……」
互いに恥ずかしがって顔をそらしてしまった。天水は小さく頭を横に振って、
「これからよろしくね。湊介君」
顔をあげて手を差し出した。その手を握って、
「よろしくお願いします。志穂さん」
とこたえた。