八
「好日祭」は二日にわたって開催される。名前の通り秋晴れに恵まれた一日目、予定よりも早く焼き鳥が売り切れ、他の場所を見に行く余裕があった。二日目も、昼を過ぎると売れ行きはまばらになったが、この分だとまた完売するだろう。
炭火を使っているので一見本格的だが、実は後ろにある電子レンジで温めた焼き鳥を注文が入ってから台であぶるだけだ。注文がないと台の上は寂しいことになるので、常に二三本は焼いておくことにしている。
昼の忙しい時間が過ぎ、夏川と天水は一息ついた。
「まさかこんな一気に売れるとは思いませんでしたね」
「だねー。焼き鳥の店は他にないみたいだし、そのせいかな」
「この様子なら一人でも大丈夫そうですし、天水さんは休憩していてください」
「え、悪いよ。夏川君こそその辺見てきていいよ」
「それはちょっと。その間に注文はいるかもしれませんし」
「どーせ焦がしますよー」
夏川は否定せず、間を置いて話題を変えた。
「橋野さんのところの様子見でもどうですか? 俺も気になりますし」
「そう言うのなら。じゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
天水は出店の中に置いてある鞄を持って歩いて行った。橋野のいる天文同好会の出店はあまり遠くないのですぐ帰ってくるだろう。天水の姿が見えなくなってから、夏川が残りの焼き鳥の本数を数えていると、
「夏川、ねぎまと皮と砂肝を二本ずつおねがい」
と、聞き覚えのある声の注文が入った。
「はい、少しお待ちください」
と言って振り向くと、古泉と写真部前部長の鷹見、それともう一人女の人がいた。夏川はその人を知らないが、何となく見覚えのある気がした。水上と共に展示の方にいるはずの古泉がなぜここにいるのか気になったが、とりあえず注文されたものを焼くことにした。砂肝は売り切れた。
「こんにちは」
串を台に並べてから、鷹見ともう一人の女性に挨拶をした。
「こんにちは、夏川君お久しぶり」
「はじめまして、だよね? 瑳内耀です。私は鷹見の一つ上の部長ね」
「初めまして。夏川湊介です」
焼けるまでの間二人と話して、瑳内が古泉に出店のことをアドバイスしていたことがわかった。彼女に見覚えがあるのは、写真部のアルバムで見たことがあるからだろう。
「天水は?」
焼き上がってパックに入れるときに古泉が聞いた。
「敵情視察中です。もうすぐ戻ってくると思いますよ」
パックを差し出しながら言った。古泉から代金をもらい、おつりを払った時に天水が帰ってくるのが見えた。
「瑳内さーん、凪さーん」
そう言いながら天水は走って向かってきた。手には二つのお好み焼きが入ったパックを持っているので、誰かに当たったりしたら大惨事だ。
「落ち着きなさい。それ持ったままだとオチが見えてるから」
瑳内はそう言って天水を制した。
「あ、はいこれ、夏川君の分」
速度をゆるめて近づいてきた天水から、お好み焼きと割り箸を受けとった。
「ありがとうございます」
「向こうもなかなかの売れ行きだったよ。それにすんごい暑そうだった」
「ここもそれなりに暑いですけどね。あ、こっちはもう売り切れそうなので天水さんも連れて行ってください」
後半は古泉に対して言った。
「わかった」
「いや、それはできないよ」
と、反対する天水に、
「まあ、いいじゃないの。後輩の好意を無下にすることもないでしょ」
と瑳内が言い聞かせたが、天水はなかなか譲ろうとしない。彼女は、人には甘いところがあるが、自分の責任に対しては厳しい。
「じゃあ、片付けはやりませんから、後で一緒に片付けましょう」
「水上君と似たようなことを言うね」
夏川の提案に対して鷹見が言った。
「逃げ道が一つづつふさがれていく」
古泉は苦笑いした。彼女も水上に説得されてここにいるのだろうか。
「観念しなさいな。私もこんな気の利く後輩がほしかったなあ、やっかいな後輩しかいなかったし」
鷹見も説得に参加しはじめた。
「大変ですねえ。そんな後輩をもって」
当事者であろう古泉が、他人事のように言った。
「まったくだよ」
「それで、天水、どうする? 私は天水と一緒に回りたいな」
二人のやりとりを気にすることなく、瑳内がやさしい声で聞いた。これはもう断れないだろうと夏川は思った。
「わかりました。夏川君、少しの間まかせてもいい?」
「はい。どうぞごゆっくり、楽しんできてください」
「もちろんだよ」
四人を見送りながら、焼き鳥が売り切れたら炭の処理をして展示の様子を見に行こう、と夏川は思った。