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「展示室の最終確認をしてくる」

 そう言って他の部員を先に帰らせ、天水一人だけ展示に使う教室に向かった。展示の準備が終わったのが日が傾き始めた頃だったが、いつの間にか外は暗くなっている。それでもまだ大勢の人が明日の準備をしているため、構内はいつもより明るく賑やかな声と音で満たされている。

 彼女は部室から展示室に向かうわずかな間、それらの音に耳を澄ませながら歩いた。

 明かりのついた部屋の多い校舎を歩き、真っ暗な展示室に着いた。中に入ると、扉を閉めなくてもさっきまでの喧噪が遠のいたように感じた。

 廊下から入る光を頼りに入り口横のスイッチに手を伸ばした。明かりがつくと、展示のために運び入れたボードの白色が目に飛び込んできた。

 まぶしさに細めた目を少しずつ開く。写真部のみんなでつくった静かな空間だった。

 天水は展示されている写真を一枚一枚、時間をかけて見た。写真部としての展示なので、ほとんどが部活で出かけたときに撮られた写真だ。

 今までに行ったところの写真が一見不規則に並んでいる。市内にある山からの眺め、雨の日の境内、満天の星が見える丘、宿場町の町並み、海沿いの坂の多い町、そして約二ヶ月前に行った橋野の地元の城下町など。

 橋野の写真を見て、彼女には少し悪いことをしたかなと思った。入部していきなり展示のための写真を撮ることになり、他の部員と同じことを求めてしまった。

 でも、あらためて彼女の写真と今日の様子を見て、一緒に準備をしてきて良かったと感じた。彼女の写真はほかのものと比べてもなんら遜色はないし、何よりも彼女自身が印刷された写真に納得していた。

 天水は評論家ではないので写真の善し悪しなどはあまり気にしないが、展示となると他の人の目にうつることになる。自分では納得のいく写真でも、人の目にはありふれたものに見えるのかもしれない。

 しかし、それでもいいと天水は思う。見てくれた人全員は無理でも、誰かが自分たちの写真を見て、いいな、と思ってくれればいい。

 展示室の確認をするというのは半分は建前だった。明日の大学祭の前にもう一度だけゆっくりとみんなの写真を見たかった。

 展示室を出る前に振り返って、数秒してから明かりを消し、外に出た。

 芝生広場の端にある出店の備品を簡単にチェックして、準備をしている人たちの邪魔にならないように自転車置き場へ向かった。人の行き交う構内を眺めながら、自転車を押して正門まで歩いた。

 正門を出たところに人影があった。街灯の明かりしかないのではっきりとは見えなかったが、人影は夏川のような気がした。

 彼はこちらに背を向けていて気付いていないようだ。近付くと夏川だとわかったので、声をかけようとしたら、彼が振り向いた。まさに言葉を発しようとしていたので、少し驚いた。

「あっ」

 と彼が言って嬉しそうに微笑んだ。

「先に帰って、って言ったのに……」

 そう言いながらも、天水もつられたように笑顔になった。

「まあいいじゃないですか」

 夏川はごまかすように笑った。今度のは照れ隠しのようだ。

「なに? 私と一緒に帰りたかったのかな?」

 待ってくれているとは思わなかったので、天水も照れ隠しのためにそう言った。

「……はい。そうですよ」

「っ……」

 とっさに何も言えなかった。

「じゃ、じゃあ、行こうか」

「はい」

 暗いので夏川の顔色はよくわからないが、天水は自分の顔が赤くなっているはずだと思った。彼に気付かれていないことを願うばかりだ。

 互いにまごつきながら、自転車を押して、並んで歩いた。

 天水の家の前までぎこちない会話をしながら来た。

「明日、遅れないでね」

「はい。天水さんこそ寝坊しないでくださいよ」

「わかってるよ」

「それでは」

「うん。また明日」

 夏川が角を曲がるまで、家の前で見送った。遠ざかる彼の後姿を見て、天水はある決意をした。

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