六
展示の準備と平行して出店の準備も進められた。市内に住んでいる写真部の先輩に古泉が色々と話を聞いたおかげで準備はスムーズに進んだ。調理器具は全てレンタルで、テントなどは学校の物を借りることができた。食材は、天水家行きつけの肉屋さんに注文したら安くしてくれた。
大学祭の二週間ほど前、休みの日に天水家の庭でバーベキューコンロを使用して焼き鳥を作る練習をした。数種類の肉は一口サイズに切られているので、練習といっても肉を串に刺して焼くだけだった。
それでも、念のため古泉と夏川のどちらかが常に出店にいることに決まった。店番は二人なので天水と水上の組み合わせにならないようにするための取り決めだった。天文同好会でも出店を出すので、橋野は当日はそちらにつきっきりになるらしい。
「いーですよー。どーせ私の料理は危険ですよーだ」
天水はすねながらねぎまを食べている。
「そこまでは言ってませんよ、そこまでは」
と、夏川がフォローした。
「それに準ずることは言ったと。ところで俺も遠回しにばかにされた気がするんだが」
「どんまい」
「気にしない気にしない。砂肝でも食べて忘れましょう」
古泉と橋野はそれぞれ水上に焼き鳥を差し出した。
「もう食えん」
出店の当番を決めると、大学祭の大まかな準備が終わった。
大学祭の前の週、正門前でなにか工事をしているとおもったら、看板の骨組みを作っているところだった。構内だけでなく駅やスーパーなど町の所々で大学祭のポスターを見かけるようになった。当日が近付くにつれ、大学全体がどことなく浮ついてきているようだ。
夏川はこの雰囲気が好きだった。用事も無いのに構内を歩いて、準備の様子を眺めたりした。
前日は準備のために大学は休みになっている。展示のほうは教室にボードを運ぶのに時間がかかった。写真を並べるのは、橋野が合流して全員揃ってからということになった。橋野は天文同好会の準備を優先して行っている。
出店のほうは調理器具を所定の場所に持っていき、覆いをかけておいただけだ。食材は明日の朝に肉屋さんへ取りに行き、テントも明日の朝組み立てる。
昼のうちに準備が終わってしまった。力仕事をかってでた夏川と水上が、仕事を終え部室に戻る途中、明日の準備をする人々を構内のいたるところで見かけた。これから夜遅くまで、人によっては朝まで準備を続けるのかもしれない。
大勢の人がそれぞれの役割をこなして、それらが積み重なって大学祭が成り立つ。個人ができることなんてわずかなものにすぎず、全体のことを考えている人など実行委員くらいだろう。それでも、自分たちの出し物を成功させようとすることが、大学祭自体の成功に繋がるのだろう。
そんなことをしみじみと考えながら歩いていると、夏川に天水からメールが来た。『展示をする教室に集合!!』という内容だった。
水上にメールの内容を伝えてから教室に向かうと、すでに橋野もいた。
「先輩方、お疲れ様です」
「二人ともありがとう」
「おつかれさま」
二人は三様の声に迎えられた。
「橋野さんのほうはもういいの?」
「はい。おかげさまで。明日は商売敵ですね」
「お手柔らかにたのむよ」
と、夏川は返事した。天文同好会の出店ではお好み焼きを作るとのことだ。
「みんな揃ったし、はじめようか」
天水の言葉で写真を飾りはじめた。A4サイズ前後の大きさの写真を一人あたり数枚なのであまり時間はかからなかった。並び順はあらかじめ決めてあるが、実際に飾ってみてから順番を入れ替えるかもしれない。
夏川が個人のスペースを作って展示することに反対したのは、自分の写真に自信がないからというだけではなかった。写真は、シャッターボタンを押すときは一人だけの作業だが、展示は写真部としてのものだから、この部屋全体をみんなでつくりあげたかった。
飾り終えて、教室を見渡す。写真が飾られているのは壁に沿って置かれたボードのところだけで、部屋の中央には長椅子を用意し休憩スペースとしても使えるようにした。
天水が部員達のほうに振り向き、
「何か意見のある人っ?」
と聞いた。手を挙げる人はいなかった。
「よし、みんなお疲れさま。明日もよろしくね」