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 二週間後、教室のレイアウトが決まり、一人あたりの写真の枚数も決まった。

「各自の写真は一カ所にまとめるか?」

 できあがった教室の図面を確認している時に水上が言った。

「ん? どういうこと?」

 天水が聞き返した。

「えーっと、つまり一人分のスペースを教室の五分の一として、その中で各々が自分の写真を並べるのか。それとも、写真が出そろってから全員で展示する順番を話し合うのか、ってことなんだが」

「去年と一昨年は先に言ったやり方だったね」

 天水は古泉に確認するように言った。古泉は頷いている。

「個人のスペースを作るってのはやめてほしいですね」

「同じくー」

 夏川のやんわりとした意見に橋野がほんのりと同調した。

「議長殿の重みのある意見が出たな」

「もういいですから、そのネタ」

 水上は時々思い出したように夏川を議長と呼ぶ。

「どっちにするかは多数決だね。それとも権力を振りかざして独断しようか、部長である私が」

 議長という単語が出る度に、天水は自分が部長であることをアピールしている気がする。

「多数決でお願いします」

「じゃあ、全体の展示をみんなで話し合う方がいい人ー?」

 そう言いながら天水が手を上げ、続けて全員が手を上げた。

「決まりですね」

 夏川が安堵して言った。

「いや、勝負は最後までわからないよ」

 ホッとしている夏川をたしなめるように天水が言った。

「いや、満場一致ですよ?」

 その言葉に天水は不敵な笑みで応えた。

「個人にスペースを与える方がいい人ー? ちなみに一人三回まで手を上げられます」

「余るっ! どうしても一回分使い切れませんよ」

 夏川の叫びは誰にも気にされず、天水、古泉、水上、橋野の四人が手を上げた。

「橋野さん、なにしてるの」

 経験上、他の三人には言っても無駄だとわかっているので、橋野だけに注意をした。

「ああ言われたら、手を上げずにはいられないですよ」

「さすがはさややん」

「やっぱいまの無しで」

「そんな」

 橋野はそのあだ名が嫌というわけではなく、天水をからかうためにそうしているようだ。

「僅差だった」

「どっちが勝ってもおかしくない戦いだった」

 古泉と水上が白々しい感想を口にした。

「と、いうわけで、写真の並びはみんなで話し合うことに決定!」

 と、天水がしめた。


「写真と一緒にタイトルも決めないとね」

 今まで撮った写真を見ていた橋野に、天水がそう声をかけた。部室にはこの時間に講義がない天水、古泉、橋野の三人がいる。

 デジタルカメラは以前から持っていたが、撮った写真はパソコンで見るだけでプリントすることはほとんど無かった。それに写真屋でプリントするのは初めてだったので、橋野は綺麗に印刷された写真を、めずらしい物でも見るように眺めていたところだった。

「先輩方はタイトルってどう決めていますか?」

「うーん、そうだねえ……」

 天水は古泉と顔を見合わせた。少しの間があり、もう一度橋野の方に顔を向けてから、天水は口を開いた。

「やっぱり写真を見たときの印象でぱっと決まることが多いかな」

「そんなにすぐに決まるんですか?」

「うん。私はあまり時間をかけないね。こだわる人はとことんこだわるけど」

「古泉先輩は?」

 聞かれて、古泉はゆっくりと橋野の方を見た。

「悩む。とても」

「いつも期限ギリギリで決めるもんねー、古泉は」

「申し訳なし」

「ゆるす。面をあげい」

「なにしてるんですか」

 古泉はおとなしそうに見えて、隙があれば話を脱線させにいくことに、ここ数週間で気付いた。

「毎回、直前まで決まらない。決まっても、納得がいかないこともある」

「どうして、そこまで決まらないんですか?」

 古泉は少しためらうように鞄からファイルを取りだし、中に入っている写真と一枚のメモ用紙を橋野に差し出した。小さな紙の左上に『1』とあり、その下には箇条書きで十行以上言葉が並んでいる。写真には民家の軒先で柴犬と灰色の猫が仲良く眠っているのがうつされている。

「この写真のタイトルはどれですか?」

 そう言いながらメモ用紙と渡された写真を見比べた。しかし、書かれている言葉に違和感があった。どれもこの写真に合ったタイトルに思える。

「全部」

「この中から一つに絞るんですね」

「うん。でも、まだ増えるかもしれない」

「多いですね」

 橋野は感心した。

「うん。でも、ふさわしい言葉が見つかったら達成感があるから」

 橋野はもう一度じっくりとタイトルの候補を見ていった。一通り読み終わった後、一番上にある『成信と縁』というタイトルを指さして、

「これなんて読むんですか?」

「しげのぶとゆかり」

「どっちがどっち?」

「犬が成信で猫が縁」

「水上君の実家の犬と猫だよ」

 天水が付け足した。それを聞いた橋野は「ほほう」と言って古泉に顔を向けた。

「つまりお二人は互いの実家を行ったり来たりするような仲だとおっしゃる」

「行き来はしてない。天水も行ったし」

「二股ですか水上先輩!?」

「夏川君も行ったよ」

「見境なしですか水上先輩!?」

 一応、天水は写真部の合宿で水上家に行ったということを説明した。

「んで、タイトルの話に戻るけど、結局は写真によると思うんだよね」

 橋野が落ち着いたのを見計らってから天水が言った。

「と、言いますと?」

「簡潔なものが合うのもあれば合わないのもあるってこと。撮った人の好みでいいと思うわけよ」

 なんだか曖昧なままでまとめられてしまった気がして、橋野は納得しかねた。その表情を見た古泉が、

「タイトルは、作品を見る人に撮影者がどこに注目して撮ったのかを示す手がかりにもなる。だから、表現したかったものが全面に出ていたら直接的でいいだろうし、わかりづらいものに目を向けてほしいなら、それに気付いてもらえるようなタイトルにすればいいと思う」

「なるほど」

 古泉が一気にしゃべったので橋野は少し気圧された。

「なんか紗綾ちゃんが来てから古泉の口数が多くなった気がする」

「気のせい」

 天水の指摘に古泉は顔をそらした。

 橋野は手元の自分で撮った写真に目を向け、顔をあげて二人の先輩を見た。

「もう少しじっくり考えてみます」

「どうしても決まらなかったら相談してね。私たちからも意見を聞かせてもらうこともあるかもしれないから」

 天水が微笑みながら言った。

「はい。そのときはよろしくお願いします」

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