二
大学の夏休みは長い。二回目だが夏川はあらためてそう思った。九月第一週の今はまだ長期休暇のまっただなかだ。
前回の部活の終わりに、「次回までに文化祭の出し物についてそれぞれ考えてくること」と天水に言われ、一応考えてきた。いくつかのアイデアはあったが、やはり写真の展示をしたいと夏川は思った。
昨年は文化祭の準備がはじまった時季に入部し、準備を手伝っただけで終わってしまった。だから今年は最初から携わり、自分でも納得のいく出し物にしたいと思っている。多数意見には反対するつもりはないが……。
いつもと同じ時間帯に学校に向かった。昨晩から今朝方まで雨が降っていて、先週と比べると急に気温が下がったように感じた。過ごしやすいといえば過ごしやすいが、このまま夏が終わってしまうと思うと少し寂しい。だからといって、また暑くなられても困る。
そんなことを考えながら大学に着いた。
挨拶をしながら入ると、部室には四人の人がいて、それぞれから挨拶を返された。部員の数よりも一人多かったので夏川は、おや、と思ったが、知っている人だったので特に訝しみはしなかった。ただ彼女――橋野紗綾が座っている椅子が問題だった。水上の隣で天水の向かいの席、いつも夏川が座っている場所だった。
仕方ないので、夏川はつきあわされた長机の短辺、窓を背にした席に座った。座ってから気付いたが、ここは上座ではないだろうか。
「なんというか、俺が議長みたいな配置ですね」
とりあえず夏川はそう言ってみた。
「じゃあ、議長、しとく?」
「しませんよ。それで、橋野さんはどうしたんですか」
「紗綾ちゃんはねえ、新入部員なのだよ」
天水が得意げにこたえた。
「マジですか」
唖然としてそんな言葉が出てしまった。橋野は天文同好会に所属している一年生で、一ヶ月ほど前には写真部と天文同好会のメンバーで天体観測に行ったときに会っている。夏川は彼女と会ったのがそれ以来のことだった。
「マジですよん」
橋野は楽しげにこたえた。
「気は確か?」
「考え直せ」
「引き返すなら今のうちだよ」
軽い気持ちで来てしまった印象を受ける橋野に、古泉、水上、夏川の三人が意思を確認するように言った。
「え? そんなに言われるほどヒドいんですか?」
「ふっふっふ、残念ながらこの入部届はすでに受理されたのだよ。部長であるこの私の手によってなあ! もう引き返すことはできぬ、観念するんだなあ、さややん」
天水は正面に座っている橋野に見せびらかすように、彼女の名前が書かれた入部届をつきだした。と思ったら、素早い動作で橋野がそれを奪った。
「あっ」
「返してほしければ、その呼び名はやめてください」
座ったままの天水からは届かない位置で入部届をヒラヒラと見せびらかす。
「返してー、さややんって呼ぶのは週二にとどめるからー」
天水は必死に手を伸ばすが、絶妙な位置取りでつかむことはできない。夏川の目には部長が新入部員にもてあそばれているようにしか見えなかった。
「ねこじゃらし」
古泉がぽつりと言った。夏川と水上の場所からは入部届を簡単に取れるが、そんなことはしない。
「週一ならいいですよ」
「ぐぅ……仕方ない」
苦渋の決断だったらしく、天水は差し出された入部届を力なく受けとった。
「ところで、写真部の活動日って何曜日ですか?」
「基本的には、火曜日と土曜日だよ」
夏川がそう教えると、
「じゃあ、あだ名で呼んでいいのは木曜だけにしましょう」
「くそう、なんとしても呼んでやる」
天水はそう言い残し、机に突っ伏してしまった。