捕まりました
「嫁に来いっ!」
「誰が行くかぁ~!」
私の目の前では、つい30分程前に現れた謎の男と我が友人が仁義無き戦いを繰り広げている。
今日は久しぶりに休日の予定が合った我が友人である友香と2人でランチに来ていた。その後適当にショッピングを楽しもうとブラブラと歩いていたら突然横付けしてきた黒塗りの車に揃って押し込まれた。
呆然とする私達はそのまま和風の豪邸に担ぎ込まれた。これは文字通りである。うら若い乙女(年齢については黙秘権を主張します)である私達を屈強な黒服の男達が肩に担いで部屋に強制連行したのだ。
広い和室の中央にある座卓の前に丁寧だが有無を言わさぬ雰囲気で座らされ、お茶とお茶請けを出されたところでやっと私達は我に返った。
「何がどうなってんの?あいつら美春の知り合い?」
「そんなわけないし」
一体友香の中では私の交遊関係はどうなっているんだ。まぁ、私も友香に巻き込まれたことを疑ったので人のことは言えないが。
しかし、この様子では友香にも心当たりはないようである。本当に何がどうなっているのか。
取り合えず出されたお茶を飲もうか。しかし穏便ではない強制招待をしてきた上に、職業がどうしても堅気に思えない方の準備したお茶である。うっかり天国にトリップしてしまう危険性も無視できない。
とにかく何か話して平静を保とうとする友香へ適当な返事をしながら、じっとお茶を見つめる。
お茶は温かそうな緑茶。お茶請けにはどら焼。
唐突だが、私と友香は和風な物が好きだ。流石に日本庭園を眺めながら着物で過ごすのは金銭的にも厳しいし、何より着物で1日生活するのに堪えられそうにないから無理だが、ちょっとした小物何かは和風で揃えている。
そして食の好みも断然和食派だ。だから気が合って仲良くなったというのもあるが、これではどちらが目的で連れてこられたのかわからない。まぁ、単にこの屋敷の主人の好みに合わせているだけかもしれないが。
どうしたものかと悩んでいたら、廊下の方が騒がしくなった。どうやら誘拐の主犯が登場のようである。
部屋に現れた男を見て私も友香も絶句した。焦げ茶色の髪に高い身長の美男子のご登場だから、だけではない。
顔の左側、額から耳にかけてやや髪に隠れているが隠しきれていない傷痕もそうだが、何よりもヤバいと思ったのはその目だ。
強い目力を発揮するその目は絶対に彼が堅気ではないことを全力で主張している。人を3桁ほど闇に葬っていたとしても余裕で納得できる目だった。
そんな男の登場に一般的な小市民である私達がビビらない筈がなく、男の視線を感じながら固まってしまった。
男は何も喋らずただこちらを眺めるだけ。私達は少しでも動いたらその瞬間息の根を止められるのではないかという緊張感に包まれ身動きがとれず。
そんな場の空気を壊したのは男の後ろから現れたもう1人の男だった。
先程の男と同じくらいの身長でこちらは明るい茶色の髪を後ろで1つに纏めている。やや軽そうなイケメンだがこちらも目付きがヤバい。気安そうな雰囲気に騙されてうっかり失言したらそのまま沈められそうだ。
「何入り口塞いでるのさ和真。俺が入れないだろ?」
「ああ、悪いな琉聖」
最初の傷男は和真で軽そうなのが琉聖ね。全く見覚えがない。ふと隣の友香を見ると慌てて首を振っていた。どうやら友香も知らないらしい。
そうなるとどうして私達が連れてこられたのかますます謎が深まる。無言のまま不思議がる私達に気付いたのか軽薄男(推定)改め琉聖が笑いかけてきた。
「ゴメンね。突然のことでビックリしたよね。川合 友香ちゃんに、藤島 美春ちゃん」
予想はしていたがこちらのことは調査済みらしい。人違いという僅かな望みが断たれてしまった。
「取り合えず美春ちゃんはこっちね。で、友香ちゃんはそっち」
瞬き1つの間に私は琉聖の側に引っ張られ、友香は傷男こと和真の前に立たされた。
正直私としては助かったが友香が憐れである。あんな目力殺人級の男と正面から対峙するなど、罰ゲームにしたって酷すぎる。
一体何をと身構える私達に構わず和真が告げたのはたった一言。
「俺の嫁になれ、友香」
そうして冒頭の仁義無き戦いに繋がるわけだが、我が友ながら友香のメンタルは計り知れない。最初こそ呆気にとられ何とか穏便に断ろうとしていた友香だが、あまりの話の通じなさに軽くキレたらしく、途中からは怒鳴り合いになってしまった。
部屋の外に控えている黒服のお兄さん達やお茶のおかわりを持ってきてくれた使用人さん達はそれを微笑ましそうに見ている。
うん、想像はつくな。多分目力強すぎてお嫁さんが来そうにない和真氏がどこかで友香を見初めて、周りも協力して友香を嫁にしようとしてる感じ?
和真氏もさっきから怒鳴りつつちょっと楽しそうだし、そんなに事実から離れてないんじゃないかと思う。
そんな2人を横目に私は座ってお茶を飲んでいる。困っている友人を助けないなんて薄情?いえいえ、私も結構なピンチなんですよ。
だって私が座っているのは胡座をかいた琉聖の足の上だ。いつの間にか自然に座らされていた。何故だ。
しかもこの男、お茶を飲む私の髪や、たまに際どいところを撫でながら「結婚式はいつにしようか」とか、「子どもは多ければ多いほど良いよねぇ」とかほざいてくる。
私達は友香と和真氏の怒鳴りあいが始まった直後、つい30分前に自己紹介をしたばかりだ。プロポーズをされた訳でもないし、そもそも付き合っていない。だが、それを突っ込めば後戻り出来ないところまで追い込まれそうなので絶対に突っ込まない。あえて友香と和真氏の話として受け流している。
「絶対逃がさないからね♪」
心底楽しそうに耳元で囁く奴の声を聞き流しながら思ったのは、私も友香も厄介なのに捕まっちゃったなぁということだけだった。
どうでも良い裏設定
・和真氏は堅実なグループ企業の御曹司。琉聖は従兄弟で幼馴染み。
・2人とも昔は荒れていたけど今は真面目に働いています。