九
放課後、笹井を探しに図書館に行こうと思ったところで、相良先輩と会った。
「佐藤はちゃんとやってますか」
「頑張っているよ、部活で一番遅いけど」
それは確かに、頑張っているとしか表現しようがないだろう。
「けど、それでもいいと思うよ。自分が最低なら、いつでも上を向いていられるからね」
笹井はすでに図書館にいた。僕は兄から聞いたヒントを笹井と共有した。その後の読了までは一直線で、最後のページを読み終え本を閉じたのはほぼ同時だった。
笹井は兄から吹っ掛けられた疑問に解を与えることができたようだった。光は電磁場であり、時間変動する磁場と電場は光の速さで伝わっていく。電気と磁気の研究をしていて、そこから得られたある数値が、当時測定されていた光の速度とぴったり一致していたことに気付いたマクスウェルなる人物はどう思ったことだろうか。
「秋元くんのお兄さんは凄いね」
僕は、笹井から受け取った本をぱらぱらと眺めていった。几帳面な兄は、読んだページの端に読み終わった日付を記録していた。
「そうだな。これからは、積極的に利用して行こうと思うよ」
今回の話も、始めから変な意地など張らないで、兄に聞けばよかった。時間のロスだ。
「悔しい気分はなんとなくわかるけどさ、変なことにこだわってもあんまりいいことないよ。ま、誰しもそういう部分はあると思うけどね」
三年前の兄は僕らと同じ学年。兄は、僕が読了したのと同じ六月からこの本の理解に取りかかり始めたらしい。ページを繰って、兄がたどった軌跡をもう一度なぞっていく。六月一日、二日、三日……。
笹井は、次は何しようかなあとぼやきながら欠伸をしている。
記録は六月三十日で終わっていた。
「笹井、今日って何月何日だっけ」
「今日?」
笹井は図書室をぐるりと見回した。カレンダーは見当たらなかったため、制服のポケットから携帯電話を取り出した。
「六月二十九日。曜日は……」
笹井は怪訝な表情で僕を見ていた。
「火曜日なんだけど、なに笑ってるの、怖いよ」
今日は六月二十九日。僕らがこの本を理解し切ったのは十七歳の六月二十九日。当時の兄も十七歳、けれど六月三十日だ。僕も兄も、うるう年の生まれなどではない。だから、僕は生れてから積算の時間で、たった一日だけ、
「笹井、僕らは勝ったぞ」
笹井はますますわけがわからないといった表情をする。他人から見たらたいしたことのない些細な勝利だったけれど、僕を笑わせるのには十分だった。




