七
帰り道で、思わぬ相手を見かけてしまった。佐藤と、相良先輩だ。二人は歩く速度が不自然に遅かったから、僕は困る。どうしようかと思っていたところで、佐藤が後ろを振り返った。一瞬相手を確認する間があったあと、ぱっと表情が変わる。
「秋元」
こういうとき、向こうから話してくれるのはありがたい。佐藤は、見かけに反して軽薄な奴ではないことがわかった。たいていの男子高校生は、隣に女の人を置くと急に大人っぽく振舞いだす。あくまでも「っぽく」というのが重要だ。
慣れないシークレットブーツを履いてふらふらしているような感じで、ちょっと押したら盛大に転んでしまいそうだ。その巻き添えを食って怪我をしては敵わない。そういうとき僕は積極的に関わることは避けようと考える。
けれど佐藤からは変な力みや背伸びしているような感じは受けなかった。穏やかな口調。自分の感情をしっかりとコントロールして、そばにいる相手をリラックスさせるような振る舞い。佐藤はそういう変わり身ができるのだ。僕は佐藤の隣に並んで歩く。
「秋元。俺、陸上部に入ることにする」
理由はすぐに察しがついた。行動が速い。
「秋元くんだっけ、笹井とよく一緒にいる。どう、君も」
「僕は遠慮しておきます」
相良先輩は隙あらば勧誘を試みようとする。けれど冗談だとわかるから軽く返せる。
「笹井さんにも言っておいて。相良先輩が熱烈なラブコールを送ってるって」
僕は曖昧な笑みを浮かべるしかない。返事を返さない僕に対しても、先輩は気を悪くした様子もみせない。
「悔しかったなーこの前の」
「校庭でやった百メートル走ですか」
佐藤が敬語を使うのには
「そう。私に走り方を教えてって頼んできたときから、覚えが速いなとは思ってたけど、知らないうちに私より速くなってた。いつのまにか私が挑む側になっちゃってった」
「笹井は、『詳しい人が丁寧に教えてくれたから』って言ってしました」
相良先輩は面白そうに笑った。
「あの子からしたら、誰でも詳しくて丁寧な人になっちゃうと思うけど」
「笹井は例外です。先輩の教え方は実際丁寧ですよ」
と佐藤が言う。
「嬉しいことを言ってくれるね」
「まずは十三秒前半目指します」
なんだか佐藤が熱い。
相良先輩の状況と、僕の置かれた状況はなんだか似ている気がする。笹井はあのとき僕に言った、わからないことがあったら、僕に聞いてもいいかなと。
「どうした、秋元」
「佐藤の、熱い発言に感動してた」
佐藤は肩をどついてくる。その隣で相良先輩が面白そうに笑った。
僕の学習は順調に進んでいた。今は静電場のあたりをクリアして静磁場の章に取りかかっていた。磁力によってはたらく力も、静電気と同じく「磁力線」を考えることで、物体に働く磁力を取り扱うことができる。磁場は電場の存在と不可分であり、電流の周りに円を描くように磁場が発生する現象がよく引き合いに出される。電気力線と磁力線の違いは、電気力線はある電荷から「湧きだす」のに対し、磁力線は磁石のN極から発生しS極に戻るというループを形成するという点だ。
ここまでは割合簡単に読める。問題は次からだ。
静電荷が作る電場と、電流が作る静磁場の章を終えると、今度は電場と磁場が時間経過に伴って変化する場合を考える。時間変動する電場は磁場を生みだし、その磁場がさらに電場を生みだす。数式がごちゃごちゃと込み合ってきて、一文読むたびに息をついて休憩しなければならなくなる。
笹井は、あっさり読みこなしてしまっているだろうか。




