三
後から聞いた話だと、笹井の方がわずかに速かったらしい。その話は、次の日の教室でちょっとした話題になった。休み時間、僕の隣の席を、クラスメートたちが寄り囲む。先輩に勝つなんて凄い、と感想を述べるクラスメートに対し、
「走るのは結構得意なんだ」
と笑っていた。この時は僕もそれで納得してしまったが、後になって、走るのが得意だとか、そんなレベルの話ではないことがわかってきた。
笹井は、授業でも指定された問題は確実にこなし、体育では必ずお手本を示すため皆の前に立った。僕は、図書館に向かう途中の人気のない廊下で、笹井がトランペットを吹いているのをさえ見たことがある。走るのが得意、確かにそうだ。だがそれだけでは足りない。笹井は、何でもできるのだ。
それだけの能力を持っていれば、嫉妬のひとつやふたつ買いそうなものだが、笹井の悪口を僕は聞いたことがない。たぶん、人間は圧倒的な才能を見せつけられると、その美しさにとらわれてしまって、羨ましがることすらできなくなるからだろう。
「なんでそんなにいろんなことができるの」
と誰かが聞くと、笹井は
「詳しい人が、丁寧に教えてくれたから」
と答える。この台詞も、後には誰も信用しなくなった。




