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記録  作者: 水
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 新しいクラスが始まったときにありがちな、作り物めいた笑顔と笑い声が狭い教室を満たしている。そして教室内を飛び交う声のトーンが高い。小学校から高校一年生にかけて、新学年スタートの最初の月を僕は十回経験しているが、十一回目の今年は異色だ。これも男女比の不均衡ゆえだろう。クラス名簿を確認すると、男女比はだいたい一対四くらいだった。

 まがいものめいた笑顔も、笑い声も僕は嫌いだ。だがその程度で心を乱されることはない。休み時間、暇つぶしに日本史の教科書でも読んでいようかと思ったところで、

「秋元、休み時間まで勉強なんて俺は関心しないぞ」

 僕が高校に入学してから、両親と兄の呪縛から逃れるために行った第一のこと。それは、僕とは違う全くカラーの人間と知り合いになることだった。入学式の日、僕の隣の席でうつらうつらしながら校長先生の話を聞いている佐藤はうってつけの人間だと思った。説教が嫌いで、学校が嫌いで、休み時間と放課後のためだけに学校に来ているような奴。僕は佐藤との仲を、放課後のゲーセンで格ゲーの技術を切磋琢磨することによって構築した。

「お前の関心を買うために読んでいるわけじゃない。暇つぶしだ」

 佐藤はわざとらしく後ろにのけぞってみせる。短く切った髪を、額が見えるくらい自然な感じで立たせているから、丸く見開かれた目が印象的だ。つまるところ、やけにガキっぽくみえるということだ。

「暇だと」

 佐藤は僕の机の上に両腕をついて、身を乗り出してくる。平均的な高校生にとってこの机は小さいので、身長が中の上(170くらいか)の佐藤は手をつくにあたって窮屈そうに身を縮めなければならなかった。

 教室の窓はすべて開け放たれていて、春の風が心地よい。室内に閉じ込められることに我慢ならなくなった数人の男子生徒が、騒ぎながら廊下を走っていった。

「佐藤は何をやってるんだ」

「今はクラスの女子を可愛い順にランクづけしている」

 佐藤が大切にするものについて、休み時間と放課後のほかに、もうひとつ忘れていた。それは可愛い女の子だ。三つのうちどれが欠けても、学校に来る意味などないと佐藤は豪語している。

「ランクづけして、どうするんだ」

「ランクがつけ終わってから考えよう」

 僕はこういうとき、友人になる相手を間違えてしまったのではないか思う。四月のうちに縁を切っておいたほうがいいのかもしれない

「あくまで外見と印象だけだが、暫定一位はだな」

 単に外見だけでなく、総合的な判断はしばらく様子を見てからにするらしい。話しぶりやみかけからは、佐藤は軽薄な印象を相手に与えるが、人を眺めるときはよく考えているのかもしない。どういう人間なのか、評価するのが難しい。

 佐藤は暫定一の顔を求めて教室の向こうを振り返った、僕の席は、廊下側とは反対の窓際にあるから、教室を見渡すと自然に廊下の景色も目に入る。

僕は違和感を覚えた。

 二人の女子生徒が廊下に立って、教室を覗き込んでいる。彼女らは互いに顔を見合わせたり、視線を教室の内にさまよわせたりしている。誰かを探しているようだ。僕や佐藤には気づいていない。

「誰だ? あれ」

「あの背の高い人か? 陸上部の先輩だったと思うが、名前まではわからん。不覚だ」

 何が不覚なのかわからないが。

 背の高い先輩は、短く切った髪を後ろで短くまとめている。彼女は、ぐっとつま先立ちをして教室内をもう一度覗きこんだ。前の入り口から、ぐるりと室内を見渡す。彼女の視線は教室の先頭の一列を横に進んでから折れ曲がって、今度は窓際の列を縦に伝ってくる。

 ちょうど、僕のところで視線が止まった気がする。

 そのとき、彼女は体の向きを変えて廊下を歩きだした。運動部らしいきびきびとした歩き方で、ためらう様子もなく僕らの教室に踏み込んできた。

 教室内の注意が一斉に彼女に集まった。

「ごめんねーちょっと通るよ」

 先輩らしい優しさと強引さで後輩たちを脇にのけながら、机の間を抜けてくる。彼女は入口から対角線を描くようにまっすぐ進んできた。そして、僕のひとつ手前の席で立ち止まった。

「笹井さん、今日の放課後、時間ある」

 笹井と呼ばれた生徒は、僕のすぐ隣で本を読んでいた。呼びかけに応じてページから顔をあげると、女子にしては短めな髪が揺れた。

「大丈夫です」

「そうか、じゃあ今日も頼むよ」

「はい」

「なんなら、うちの練習に加わってくれてもいい」

 笹井は少し困ったように笑った。

「いえ、邪魔したら悪いですから」

 笹井なら邪魔にならないよ、と先輩は言いかえし、何回か言葉のやりとりが続いた後、先輩は颯爽と教室を後にしていった。

 

 放課後、僕は部活動にも委員会にも所属していないから、暇な時間を図書館で潰していた。本を読むのは嫌いではないが、好きだと公言するほどでもない。ただ、お金がかからない趣味だから、自然と図書館に入り浸るようになってしまっただけだ。

 図書館の窓からは校庭が見える。まだ部活動は練習の準備を始めたところで、校庭のスペースにはだいぶ余裕がある。まだ空っぽなグラウンドの中央、トラックのスタート地点で、二人の女子生徒がクラウチングスタートの姿勢を取っているのが見えた。そこから視線を横にずらすと、ゴール地点にスターターらしい人が立っていて、笛とストップウオッチを持っているのがわかった。

 二人に見覚えがあると思ったら、今日の休み時間に教室まで押し掛けてきた先輩と、笹井だ。先輩は陸上部の特注らしいじゃージ姿で、一方の笹井は学校指定の体操着だ。僕の印象では、勝負になるとは思えないのだが。

 スタートの笛が鳴った、と思う。三階の閉め切った部屋の中からでは、外の音は良く聞こえない。二人が飛びだすのを見てそうと知れた。 

 先輩のほうが、一歩先んじてスタートを切った。最高速まで加速していく。思わず目で追ってしまうような綺麗なフォームだ。このまま先輩がリードしていくように思えたが、違った。その後方、笹井は初動でつけられた差を徐々に埋めつつあった。先輩が引き離し、笹井が追う。二人は最高速に達し、そのままゴールに向けて突き進む。僕は思わず、窓ガラスのほうに身を乗り出していた。

 二人は同時にゴールしたように見えた。

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