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私は性悪ミストレス番外編  作者: 銀ねも
半端者の章
2/7

半端者は初めて負ける

猟奇的な描写、グロテスクな表現を含みます。

 そのうち飽き足らなくなったおれは、女の子の頭皮ごと、髪を剥いで持ち帰るようになった。

 頭に女の子の生皮を被り、可愛らしい洋服を体に当て、ポージングして楽しんだ。その時間だけ、おれは特別になれた気がしたのだ。


 おれは素晴らしい楽しみを見つけた。おれの一日はその瞬間の為に存在するといっても過言ではなかった。


 自分一人で楽しむだけでは飽き足らず、おれはこの姿を、大人たちに見て欲しいと願うようになった。実際に、おれはそうした。


 おれは胸をドキドキさせながら、女の子の姿で大人たちの前に出る。


 大人たちは、すかさずおれにカメラにレンズを向けた。


「良い画がとれた。やはりお前は特別だ」


 大人たちはほくほく顔で、おれを褒めた。その姿で、おれに映画に出るように勧めた。


 どんなに乞われようと、おれはもう二度と、女の子の恰好で大人たちの前に出ることはなかった。


 大人たちには見せないが、女の子の真似をすることは、おれの大切な楽しみであり続けた。おれは可愛い服を着た女の子との共演を待ち望んでいる。可愛い女の子のひらひら翻るスカートの裾を追いかけ、出来るだけ汚さないように気をつけて殺した。そうして、こっそりと、女の子の服と頭髪を持ちかえった。おれは充実した日々を過ごした。


 女の子たちを重宝していたのは、おれだけではない。大人たちもまた、いや、大人たちの方がよっぽど、女の子が運び込まれるのを心待ちにしていた。


 ここにいる大人たちは、みんな男だ。そして、みんな女の子が大好き。女の子が運び込まれたら、大人たちは男の子たちそっちのけで、女の子たちの取り合いを始める。


 女の子たちを可愛らしく着飾らせて、各々の部屋に連れ帰る。女の子たちは出番がくるまで、そうやって毎晩、大人たちの部屋に連れて行かれる。嫌がって泣き叫んでも、殴られて蹴られて、引き摺られて行く。


 そこで何が行われているのか、ずっと気になっていた。


 好奇心をおさえきれずに、言いつけを破って鍵を壊し、部屋を抜け出し確かめに行ったことがある。そこでおれは裸の大人たちに苛められる、かわいそうな女の子を目撃した。


 女の子たちのか細い体を、大人たちの大きな体が、嵐のように滅茶苦茶にする。女の子たちは泣き叫ぶことしか出来ない。圧倒的な暴力に打ちひしがれ、やがて声も涙も枯れ、瞳は光を失う。女の子たちを満たすのは恐怖と苦痛。肉体だけではない。その暴力は心さえも蹂躙する。綺麗な目玉が涙でくもり、絶望が淀んで光をなくす。そんな女の子の髪を引っ張り、頬を張り、腰を打ち付け、大人たちはうっとりと溜め息をつく。この娘は可愛い、愛しいと、鼻息荒く、喘ぎながら、繰り返し囁いていた。


 おれは、最後まで見届けなかった。ふらふらと風に流されるような足取りで、引きかえす。


 半ば呆然自失としていた。世界の真理は、信じられないくらい残酷だった。あれが、愛するということだ。人間は、自分よりも綺麗で、弱いものを愛するのだ。


 おれは常に勝者でなければいけなかった。そうでなければ、生き残れなかった。敗者は死ぬ。生き残るには、強く逞しくあり続けなければいけない。


 それが俺の真理だ。愛されない人間の真理だ。


 おれは強くて怖い。これからも、さらに強く、怖くなっていく。そんなおれを、女の子たちみたいに、力で支配出来るものなど、何処を探しても見つからないだろう。


 おれは死にたくない。生きのびる力をもっている。だからおれは、誰の特別にもなれないまま、生きていく。


 そんなある日。運命の出会いは突然に訪れた。それはまさしく青天の霹靂だった。


 いつものように、おとなたちがおれを迎えに来て、暗い部屋へ連れて行った。

 いつも通りなのは、ここまでだった。おれがこどもたちを追い回す暗い部屋に、怯えて泣き叫ぶこどもは一人もいない。かわりに、大人の男の人がひとり、ぽつんと立っていたんだ。ダークスーツを身に纏った、四角いシルエット。そこだけ、陽炎が立ち上っているように、おれには見えた。


 不思議なひとだった。くもりガラスの向こうの月のように、おぼろに光っている。

 だが、月のように綺麗ではない。汚らしい水辺の泥の中に住まうカエルのような男だった。


 それなのに、不思議だ。冬の透明な空と同じ色の瞳が、俺を射ぬいている。


 おれはまだティーンだったが、既に大人と並んでも遜色のない肉体を作りあげていた。大の男でも、抱きしめれば、真っ二つに折ってしまえる、剛い腕を持っている。その腕が、わなわなとわなめいた。


 ところが、おれはそうしなかった。出来なかったのだ。彼に襲いかかるどころか、その足元に縋りつきたい衝動と戦うので精いっぱいだった。


 おれは戦慄していた。この男は何者なのだ。なんて冷たい目だ。なんて迫力だ。この俺を、これほどまでに脅かすこの男は、これは、赤い血が通った人間なんだろうか?


 男の人はおれの目を真っ直ぐに見詰めている。やがて、蜜を含んだように唇を綻ばせた。


「はじめまして、会えて嬉しいよ。君の映画は全て見た。君のファンだ」


 彼が微笑むと、世界の彩度は飛躍的に上昇した。


 おれは、スナッフ・ムービーに出演していることを忘れがちだった。なぜかって? 決まっている。おれが好きなあのドラマと、あまりにかけ離れているからだ。自分の姿がどんな風に、フィルムに焼きついているかなんて、少しも気にしたことがない。


 おれはここにきて初めて、他人の目について無頓着だったことを恥じた。この人が観てくれるのなら女の子たちのように、とはいかなくても、せめてもう少しマシな姿で撮ってくれるように、大人たちに頼んでおけば良かった。


 後悔に気を取られていたおれは、男の人の手に体を触れられて、驚いた。反射的に両腕が跳ねあがる。おれの意志に反して、おれの両腕は男の人を襲おうとする。おれはそういう風に出来ている。咄嗟の反応は、自分でもとめられない。おれは大人たちと一緒に、はっと息を呑んだ


 しかし、男の人がおれの瞳を覗き込んだとき、まるでスイッチをオフにしたみたいに、おれの動きはぴたりととまった。


 なにがおれをとめたのだ? わからないが、ただひとつ確かなことは、男の人は自身がおれに殺されてしまう可能性を、まったくもって考慮していないということだ。彼の目は笑っている。殺せるわけがないさ。そう言って笑っている。おかしなことに、その通りになった。


 男の人は、呆然とするおれの体を、隅々まで見分する。固い筋肉に触れて確かめる。おれは抗う術も無く、男の人の好きなようにされた。


 それは、初めての経験だった。まるで、自分がかよわい女の子になったような錯覚にとらわれる。最初は躊躇いがちに、そして本気で、抗おうとした。しかし、敵わなかった。本能が訴えるのだ。この男に逆らうな。この男には敵わない、と。


 信じられない。このおれが、敵わないなんて!


 男の人の、芋虫みたいな指に体をまさぐられる。指先が滑る肌が、極限まで薄くなっているようだった。男の人の指先の、静かな脈動まで感じる。そのたびにおれの体に恍惚の痺れがはしりおれを酩酊させていく。


 これは一体どういうことだ。まるで、あの行為のようだ。いまのおれは、あの可哀そうな女の子たちと同じではないか。


 男の人は、あっさりと手を引いた。息を乱したおれを置き去りにして、男の人はおれから遠ざかって行く。甘い痺れの名残に震えながら、おれは大人たちと何事か喋る男の人を見詰めた。


 大人たちは、男の人にぺこぺこと頭を下げている。男の人は大人たちの言葉に何度か頷くと、おれの方へ戻ってきた。それはまるでおれの願望に気付いて、答えてくれたみたいだった。胸が高鳴る。


「一緒に来い。お前は俺のものだ」


 その言葉の意味がすぐには飲み込めない。おれは恐慌をきたしていた。生命の危機を感じていた。あまりにも久しぶりの感覚を、どう処理していいか、皆目見当がつかない。最後に目の前の人間を恐れたのは、いったいいつだった?


 男の人が手首を持ち上げ、腕時計の文字盤に目を落とす。このおれを目の前にして、何も気負わない。この男は、おれより強いのだ。甲冑のような肉体を、猛獣のあぎとのような両腕をもつ、このおれより強い。


 彼の力は、腕力とか膂力とか、そんなつまらないものではない。もっとずっと、得難い特別な力。それは、魅力だ。彼がそこにいるだけで、対峙した人間はその足元に平伏したくなる。なんてことだ。そんな、神様みたいな人間がいるのか。


 いや、神様なんかじゃない。そんな、頼りないものではない。彼は特別な人間だ。世界の真理からはみ出した、規格外の怪物だ。


 生と死の狭間で感じる恐怖スリルは、おれをとてつもなく興奮させる。おれは男の人へと手を伸ばした。あとのことなんてどうだっていい。今はただ、この興奮を最高潮まで味わいたい。


 すると、おれを見る彼の黒瞳が冷たく光った。月光にさざめく刃の切っ先のようだった。


 男の人が、後ろに控える大人に目配せすると、背に強い衝撃を受ける。背後に潜んでいた大人の一人が、テイザー銃でおれを撃ったのだ。


 痛みはあまり好きではない。自分自身で感じるよりも、他人の痛みを想像する方が良い。おれが体を折り曲げて耐えていると、男の人が含み笑った。


「だめだ、だめだめ。そんな目で見たら。そんな真似を、俺は許しちゃいねぇぞ?」


 男の人はよく磨かれた革靴の爪先でおれの顎を掬いあげる。この足で、いったい何人の弱者を踏みにじってきたんだ? この足に縋りつくことすら許さなかったのか?


 不満が顔に出てしまったのだろう。大人たちが一斉におれに蹴りを入れて、男の人におもねた。ところが、男の人は手を振ってやめさせた。


「おいおいおい、ちょっと君たち。誰の許可があってうちの子を苛めるんだ?」


 大人たちははっとして居ずまいを正した。困惑する大人たちには、顔中にこまかな汗をびっしりとかいている。


 男の人は床に這いつくばる俺の傍らに、小鳥のようにしゃがみこむと、にっこりした。


「俺はこいつの、バカ力と悪趣味なセンス、クソ度胸を買ったんだ。あとは躾次第。俺の腕のみせどころだ」


 男の人の笑顔がおれを見下ろしている。柔和な微笑みと裏腹の、高慢で冷酷な眼差しがおれの心臓を貫く。背筋がぞくぞくする。下腹部に血が流れ、溜まっていく。


「俺がお前を変えてやる。俺の犬にしてやる。喜べ、お前の人生は薔薇色だ」


 男の人がそう告げて、おれの頭に触れたとき。おれの股間に突き抜ける痛みがはしった。血でぱんぱんに膨れ上がり、破裂する。


 それがおれの精通だった。


「おや、この子はどうした?」


 男の人が頭上で苦笑する。唇から零れる吐息が、震えがくるほどセクシーだった。


「本気か? 参ったな。欲情したのか、この俺に? はははっ、こいつはマジでイかれてやがるぜ!」


 けたたましい男の人の笑い声が、雹のように降り注ぐ。おれは自分が完全に敗北したことを悟った。生れて初めて舐めた苦杯は、焼け焦がすように甘かった。

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