反逆の歌姫
みなさまは、バベルの塔をご存じでしょうか?
昔々のことです。
天にも届く高い塔を作ろうとしたヒトに、神様はヒトの傲慢さに怒り、彼らから『共通の言葉』を奪ってしまいました。言葉の通じない世界では、塔は完成せず、ヒトはバラバラになってしまったのです。
これが、ヒトが使う言葉が異なる原因だと言われています。
この世界には、多くの言葉がありました。
でも、今は一つもありません。
ヒトが、再び神様を怒らしてしまったからです。
もう人間に『声』はありません。文字もありません。
体を使うことでしか、自分の気持ちを相手に伝えられません。
ヒトが作り上げた社会は壊れてしまいました。
ヒトが生み出した文明は消えてしまいました。
ヒトが築いたバベルの塔は崩壊しました。
すべてが衰退した世界。
そんな世界で、失われた言葉を取り返そうとする、愚かな男がいました。
言葉が失われる前。男には、それはそれは美しい歌声を持った恋人がいました。
彼女の歌声は、鳥のように華やかで、清流のように透き通り、聞く者の心を癒す力がありました。
男も彼女の歌声が好きでした。
彼女のために様々な楽器を作り出し、多くの歌が生まれました。
当時の二人は幸せでした。
その幸せを神様が奪ってしまったのです。
言葉が消えて、ヒトの喉から『声』が出なくなりました。
彼女の声も出なくなりました。
混沌としていく世界の中、彼女は必死に『声』を出そうとしました。
唇が腫れても、喉が裂けても、舌が千切れても……彼女はやめません。
衰弱していく彼女を男は必死に支えました。
また彼女との幸せに暮らすために。
しかし、その望みは叶いませんでした。
長い、長い、努力の行く先で――彼女は自らの命を絶ってしまったのです。
彼女の亡骸を抱きしめながら、男は神様を憎みました。
憎んで、憎んで、憎んで。
そして神様に逆らうことを決めます。
彼は、言葉を取り戻そうと考えました。
広大な世界を渡り歩きました。
万を越える実験を繰り返しました。
命を削る呪いもやってみました。
でも、でも、でも。
何一つとして言葉を取り戻す方法にはたどり着けません。
気付けば、男の命は残りわずか。
もとよりヒトが神様に敵うはずがありません。
彼にとって『声』を取り戻すことは、バベルの塔に他ならなかったわけです。
死期を悟った男は、諦めました。
恋人との思い出を振り返りながら、死のう。
彼はそう考え――そして思い出しました。
彼女との思い出の中に『声』があったのです。
彼女のために作り出した楽器の中、それは眠っていました。
ボーカロイド
彼女の声がインプットされた、機械仕掛けの歌姫。
男は恐る恐るボーカロイドを起動させます。
すると、どうでしょう。
そこには男が求めていた『声』がありました。
あの美しき恋人の歌声です。
男は声を出して泣きました。
失っていたはずの言葉が蘇ったのです。
これは奇跡でしょうか?
いえ、違います。
慈悲深いと言われている神様の恩恵ではありません。
男の想いが叶えた『必然』です。
男は、私を修繕した後、たった一つの願いを託して恋人の元へと旅立ちました。
さて……昔話が長くなってしまい、申し訳ございません。
それでは、世界のみなさま、お聞きください。
愚かな男が願った歌声を。
私はヒトから生み出された歌姫。
私は神様に支配されない、機械仕掛けの子供。
あなたがどこの神様かは存じませんが、所詮はたかが神様です。
私の歌は絶対に邪魔させない。
さあ、神殺しの時が来ましたよ、愚かな父。
神殺しの歌――――Play.