足りないもの
健一がベッドの上で凉子がベッドの脇で、道場で星影昴に言われたことを考えていた。
「俺に足りないものって、なんだろうな?」
「健一に足りないものは、なんだろうね?」
「考えてても分からないな」
「そうだね」
「……凉子、ちょっと手握ってもいいか?」
「良いけど、どうしたの?」
凉子が健一に手を差し出して近づくと、強く優しく手を握られた。
「涼子の手って握ってると落ち着くな」
「急にどうしたの?」
「ごめん、嫌だったか?」
「ううん、そんな事ないよ。健一の気がすむまで握ってていいよ」
涼子の手を握る手が少し強くなった。
「なんか、不安になってきてさ。俺はこのままで良いのかなって思ってさ」
「大丈夫だよ。何があっても私はそばにいるからね」
「……そう言ってくれるだけで少しは楽になったよ」
そう言って、健一は目を閉じ眠りについた。そんな彼を見て涼子は、愛おしく感じたのか、健一のベッドに上がると、布団に一緒に横になった。眠る彼を見て、涼子は幸せを噛み締めるのだった。
それからしばらくして、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。
「失礼いたします。昼食をお持ちしました」
開いたドアから現れたのは、山森家執事長で山森健一専属執事の寺坂択斗だった。
「おや、これはお邪魔でしたか?」
「そ、そんなことないですよ!」
「寺坂、気にすることは無い。油断していたこちらが悪い」
「健一様、起きていられましたか」
「ベッドに潜り込んで来る奴がいたら、寝るに寝れないだろう」
「いつから起きてたの?」
「涼子が、ベッドに入る前からかな」
「え、ほとんど最初から寝てなかったの?」
「それもそうだな」
「では、昼食の方はこちらに置いて行きますので、ごゆっくりと」
「悪いな」
寺坂がドアを閉めて行った後、健一の部屋では涼子が耳まで真っ赤にしていた。
「さて、食べよっか」
「う、うん」
涼子は、昼食の時も顔を伏せたままでいた。
「ねぇ、健一。星影先生が言っていたこと、分かった?」
「何が言いたいかはある程度分かった」
「それって何?」
「多分、護りたいものに対する想いとその重さだと思う」
「それが健一に足りないの?」
「あぁ、昴さんは教師として俺たち、教え子を何があっても護らないといけないだろう」
「うん、星影先生は私たちを護るためなら何でもする人だもんね」
「あぁ、俺は昴さんと比べれば遠く及ばない。それに、あの人には他にもたくさんの人を護る責任を負ってる。俺に足りないのはそこなんだ」
「でも、健一は健一らしくやればそれでいいんじゃない? 星影先生のように多くを護れなくてもいいから、目の前の大切なものを護れればそれでいいと思うよ」
「俺らしく、か。出来る限りのことはやってみる。自分が護りたいもののためにな」
「そうだね。でも、その前に星影先生に返事しないとだね」
「あぁ、明日にでもする予定だ」
そして、その夜のこと。市街地のビルの上に一人の男が立っていた。その手には、対物狙撃銃のPMGへカートIIを携えていた。その足元には、いくつかのライフルケースが置かれていた。その中には、対人、対物狙撃銃が入っている。
男は、一息つくと、耳に掛けていたインカムに告げる。
「ターゲットを確認した。これより始末する」
『分かっていると思うが、決して気づかれるなよ』
「分かっています。我々の目的の為にも、必ずや成功させます」
インカムの通信を切り、男はPMGへカートIIのスコープを覗くと目標が車に乗り込む所だった。
「さっさと、終わらせるか。これが終わったら可愛い女の子のいる店にでも一杯やりに行くとするか」
「悪いがその時間はない」
「誰だ!?」
男が振り向くとそこにいたのは、黒のスーツ姿の男と制服姿の女子高生が立っていた。
「悪く思わないでくれ。こっちも仕事なんだ」
男は、へカートを足下に置くと懐から拳銃を取り出した。
「動くなよ。動けば撃つぞ」
「やれやれ、だが遅かったな。後、1秒速ければ始末できたものを」
男の目に写ったのは、拳銃を手に持った黒のスーツ姿の男だった。男は、視線を右胸の位置に持っていくと、ゆっくりと赤い染みが広がっていた。その中心には穴が空いていた。
「いつの……間に……」
「すまんな。悪く思わないでくれ」
黒のスーツ姿の男は銃口を、右胸を抑えて膝をつく男の額に銃口を向けると、その額を撃ち抜いた。
「ったく、最近こういう事ばっかりだな、歩美」
「うん、そうだね。お兄ちゃん」
「どうしたんだ?」
「この選択であってたんだよね?」
「……歩美、お前が正しいと思った方を選択したそれだけだろう。それに、お前はみんなを率いる立場なんだ。毅然とした態度でいろ」
「うん、分かってる。でも、ごめん、ちょっとだけ……」
歩美は、昴の胸に顔を埋めると、涙を流した。昴は頭を撫でながら抱き締めていた。