追跡者
11月下旬に行われた山戸川高校球技大会からおよそ2週間が経過していた。12月7日から始まった期末テストも最終日を迎え、最後のテストが終わろうとしていた。その中には、時間ギリギリまで考えている者や諦めて机に突っ伏している者、天井を見上げて考えている者、机に肘をつき呆ける者がいた。
テスト終了の鐘がなると、各列最後尾の生徒が回収し、試験官の教師が確認を終えると、そのまま下校となった。
「やっと終わったな、山森」
前の席から後ろを向き声を掛けてきたのは、山戸川高校スカッシュ部唯一の部員である齋藤友利だ。
「そうだな。それで、今回のテストどうだった?」
「んー、テスト範囲が狭いだけあって、難しかったな。山森の方は?」
「まぁ、いつも通りだな」
「羨ましいな、そんな学力が欲しいぜ」
「別に学力がどうとかじゃないだろ」
「それもそうだけどよ……」
「ところで、話は変わるんだが……」
「なんだ?」
「お前、この前の日曜日にどこに行っていた?」
「え、一人でゲーセン行ったり本屋に行ったりしてたけど、それが?」
「いや、見間違いなら良いんだが、日曜日の昼頃に女性といなかったか?」
「え、何言ってんだよ。俺は、女子高生と一緒になんていないよ?」
「……齋藤、俺は女性と言ったんだが、女子高生とは言ってないよ」
「う、それは……」
「あれって、確か並姫だよな? 付き合ってんの?」
「まぁ、付き合ってると言えば付き合ってる」
「それより、なんで嘘ついたの? 隠す必要ないだろ?」
「隠す必要も無いんだけど、智華が周りに知らたれたくないみたいでさ。それで、俺もそれほど、周りに言う必要も無いかなって思ってさ」
「ふーん、まぁ、付き合ってるなら大事にしてやれよ」
「それぐらい分かってるって。お前の方は、言うまでもないか」
「さて、じゃあ、また明日な」
健一は齋藤にそう声を掛け、既に教室の外で待っている女子生徒の元に向かった。
「ごめん、遅くなって」
「大丈夫、そんなに待ってないから」
「そっか。なら良かった。それじゃ、帰るか」
「帰る前に図書室寄っていい?」
「良いけど、何か借りるのか?」
「借りるのもあるけど、返却するのもあるからね」
「ふーん、俺も借りるかな」
「家にいっぱいあるから借りる必要ないんじゃないの?」
「それもほとんど読み終わっちゃったから、良いのがあったら借りようかなって」
「きっと、良いのが見つかると思うよ」
二人は教室から6階にある図書室まで何の変哲もない会話をしながら向かった。
「司書さん、本、返却しに来ました」
「はーい、どうも」
「司書さん、この前リクエストした本入ってますか?」
「そう言うだろうと思ったから取り置きしておいたよ」
「ありがとうございます」
「他にも何か借りていく?」
「そうですね、後2冊ほど気になってるのがあるので持ってきますね」
司書の志水さんにそう言い、目当ての本を取りに小走りで向かっていった。
「本当に本が好きなのね」
「そうですね」
「山森君も何か借りる?」
「……何か面白い本とかオススメの本ってありますか?」
「ジャンルはどう言うのがいいの?」
「基本は、なんでもいいですよ」
「オススメの本だったら、ライトノベル系で何冊かあるけど、借りてみる?」
「ライトノベルですか……たまにはいいですね。2冊ほど借りてもいいですか?」
「ええ、どれにするの?」
「では、司書さんのオススメの本でお願いします」
健一がそう言うと、志水司書は一番左の本と真ん中の本の2冊を取り出して、パソコンに入っている生徒名簿からクラスと名前を照合し、後付けに貼ってある返却日の用紙に日にちの刻印された判子を押した。
「それじゃ、1週間後が返却日だから忘れないようにね」
「ええ、分かりました」
健一がそう言ったところで涼子が目当ての本を2冊持って戻ってきた。
「司書さん、これお願いします」
「後、これもだったわね」
志水司書は、そう言うと、先ほど見せた本を入れて3冊を借りた。
「それじゃ、1週間後にね」
「はい、それではさようなら」
「はい、さよなら」
それからまた、他愛もない話をしながら下駄箱で靴に履き替えて、昇降口を抜け、正門を抜けた。その間、涼子は鼻歌交じりだった。
「随分、機嫌がいいな」
「ふふん、それもそうでしょ。やっと、リクエストしてた本が借りられたんだから」
「でも、それだけじゃない気がするけどな」
「え。……そりゃあ、その、好きな人と毎日一緒にいられる嬉しいもん」
「……素直にそう言われると照れるな」
「……健一はどうなの?」
「そりゃあ、俺だって、毎日一緒にいられるだけで幸せだよ」
「そ、そっか……」
「今日はどうする?」
「健一の家に泊まっていきたいけど、お父さんや弟たちの夕食と朝食を作ってから泊まりに行こうかな……」
「そうか。だったら、出るときに電話してくれる。迎えに行くから」
「そんな悪いよ」
「気にするな。暗い中に女の子の一人歩きは危険だからな」
「……分かった。ちゃんと電話するね」
「じゃあ、ここで」
「また後でね」
健一は、涼子が家に入るまで見届けると、後ろに気を配りながら歩き始めた。
◆ ◆ ◆
後ろに三人か。その内の一人は気を隠そうともしないな。残りの二人は、ある程度は気を消してるな。仕方ない。誘い出すか。その前に、寺坂に連絡しとくか。
◆ ◆ ◆
健一は、スマホを取り出し寺坂に電話をした。
「寺坂か?」
「健一様ですか、どうされました?」
「悪いが、今から言う場所に来てくれないか?」
「それは、構いませんが……」
「悪いな。それと木刀一本と例のスーツを持ってきてくれ」
「木刀と例のスーツですね。分かりました。それで、どちらに行けば?」
「あぁ、家の近くにあるコンビニの裏に病院があるから、そこに来てくれないか?」
「分かりました。早急に向かいます」
「頼んだ」
電話を切ってスマホを閉まった所で、後ろに聞こえるように声を出した。
「さて、コンビニでも寄ってから帰るかな」
◆ ◆ ◆
さて、どこまでついて来てくれるかな? 上手く誘い込むか。こっちの領域に。逃がさないようによく見といてくれよ? どこに行くのかを。さぁ、ゲーム開始だ。
◆ ◆ ◆
健一が、目的地のコンビニに向かい始めると、その後の電柱の影と塀の影から一人ずつ現れ、残る一人は堂々と健一をつけ始めた。幾つかの角を曲がりながら、目的地の近くに来ると、健一は突如走り出して、コンビニの角を曲がった。それを後ろからつけていた三人は見失わない様にコンビニの角を急いで曲がるが、健一の姿は無かった。
「見失ったか……」
「気づかれていましたしね」
「こんな事する必要なかったんじゃないのか?」
「桜咲奏が言っていた通りの青年かどうか確かめようと思ったんだがな」
「その成果は?」
「言っていた通りだな」
「そうですか……」
「それに関して君はどう思う?」
「……興味ないね」
「では、戻るとしようか」
コートを着ていた二十代後半の男が二十代前半の男女と共に帰ろうとした時だった。
「いえ、そういう訳には行かないようですよ」
「どうやら、避けては通れないか」
「仕方が無いか。あまり痕跡は残したくないな」
「さて、名前を名乗ってもらいたいな」
「そうですね。あなたは誰ですか?」
「名を名乗れ。さもなくば痛い目にあうぞ」
三人の問に答えるものはいない。
「仕方無い。相手をするしかないようだな」
二十代後半の男は着ていたコートを脱ぎ懐から特殊警棒を取り出し、二十代前半の男は、トンファー型の特殊警棒を袖から引き出し、二十代前半の女は、短めの木刀を腰から抜いた。
それに対して、三人と対峙するように現れた青年は、特殊なスーツに身を包み木刀一本のみを構えて立っていた。
◆ ◆ ◆
なるほどな。三人とも相当の手練れか。それぞれ持つ武器は違うが、連携は息があってるな。これなら、小細工は一切不要か。
青年、山森健一はそう心の中で思うと、構えていた木刀を脇に降ろした。
◆ ◆ ◆
「さて、少し痛い目を見てもらうぞ」
「久々に三人での連携ですね」
「彼奴も居れば完璧だがな」
「仕方無いだろう。彼には、あの方から少しの間私たちが居ない事を誤魔化してもらいたしな」
「喋っている暇はないですよ?」
「行くぞ」
三人の男女が山森健一に攻撃を仕掛けた。それを見て、脇に降ろしていた木刀で三人の攻撃を捌いていく。
「ふむ、中々やるな」
「少し手を抜きすぎましたね」
「最初から本気でやれよ! てめぇらと合わせるこっちの身にもなれ!」
「仕方ありません。本気で参りますよ。お二人さん」
「分かりました」
「仕方ねぇな。どうなっても知らねぇぞ」
三者三様、それぞれの本気を出した。
「さぁ、手加減無しだ」
再び、三人は健一に攻撃を仕掛けた。三人の攻撃を全て捌いていく。
「さて、俺も本気で行かせてもらう。黄道十二宮が一つ。保守の金牛が目醒める」
健一の目が金色に変わり、髪の色が黒から白に変わった。
「覚悟しろ」
そう言って、健一は反撃を開始するためその場から姿を消した。
「消えた!?」
「油断するな! 近くにいるぞ!」
「見えない敵を相手にか」
「遅いな」
「きゃ……!」
二十代前半の女が健一の攻撃を受けて木刀を手放す。
「おい、大丈夫か!」
「余所見してんなよ?」
「が……!」
二十代前半の男が健一の攻撃を受けてトンファー型の特殊警棒を手放す。
「油断するなと言ったはずだ!」
「それは、貴方もですよ?」
「く……! 後ろに回り込むとは!」
特殊警棒を手にした男は辛うじて健一の攻撃を防いだ。
「それで防いだと言えるのですか?」
健一は、その手に更に力を込める。それに対して、男も手に力を入れる。
「その木刀では、折れるんじゃないのか?」
「その心配はないですよ? なぜなら、貴方が倒れるからです」
「何を?」
「遅いですよ」
「な……!」
健一は、一瞬にして背後に回り込むと同時に特殊警棒を弾き飛ばした。
「ここ迄です」
「彼の言っていた以上だな」
「不覚です」
「ちっ、甘く見すぎたか」
「一応、名乗らせてもらう。山森健一だ。さて、お前らは何者だ?」
「やれやれ、分かった。何者なのか話そう。だから、その木刀を下げてくれないか」
「変な気は起こすなよ?」
「分かっている」
健一は、二十代後半の男に突きつけていた木刀を下げた。
「さて、私たちが何者なのかについてだが、桜咲奏を知っているな?」
「あぁ」
「彼と私たちは同じだ」
「つまり、お前らは」
「山森君、彼らの事は私から話そう」
突如、物陰から声がした。健一が声の方に視線を向けると、現れたのは黒のテーラードジャケットに、グレーのトップス、白のスラックスを着た男、桜咲奏だった。
「……!」
「久しいなと言っても、つい先日会ったばかりだがね」
「桜咲奏……」
「あの方はうまく誤魔化したのか?」
「ええ、もちろんです。それにしても無様に負けてますね」
「お前の言っていた以上だったな」
「再び腕を上げたようですね。山森君」
「そう言うあなたこそ変わりましたね」
「ふふふ。さて、一応彼らの紹介をしよう。私と同じで破壊で潜入捜査を行っているFBIの橋森雄司。CIAの神凪千景。そして、MI6の大塚大奨だ」
桜咲奏は、二十代後半の男、二十代前半の女、二十代前半の男の順に紹介した。
「……一体何のために俺と接触しようとしたんですか?」
「桜咲奏に言っていた通り信頼できる人物かどうか確かめようとな」
「それで、結果の方は?」
「信頼に値する人物だ」
「それは、どうもありがとうございます。では、味方だと思っていいんですね?」
「もちろんだ。これから先は、桜咲奏と同様に私たちも分かったことを星影昴や平和の総司令、君に伝える事を約束する」
「そうですか。分かりました。あまり無茶はなさらない様に」
「君に言われなくても分かっているつもりだ。では、私たちはこれで失礼する」
そう言って橋森雄司は、神凪千景と大塚大奨を連れて、その場から消える様に居なくなった。
「では、私も失礼するよ」
桜咲奏も同じ様に消える様に居なくなった。
「寺坂、帰るぞ」
「かしこまりした、健一様」
健一も寺坂を連れてその場から消える様に居なくなった。山森健一らが消えた後で、その場に一組の男女が現れた。
「一足遅かったか」
「そのようです」
「まぁ、ここで何が行われていたかは、見なくてもわかるからな。さて、長居は無用だろう。帰るぞ、歩美」
「ええ、分かりました。お兄ちゃん」
星影昴と桐塚歩美の二人は、人目につかないように消えていった。
◇ ◇ ◇
その後、健一は白岩涼子から電話を受けて家まで迎えに行き幸せな時間を二人で過ごしていた。




