公安の男
一人の男は、煙草を吸い一息つくと、話を始めた。
「悪いな。こんな夜遅くに来てもらって」
「それは良いんですけど、何で桐塚もいるんですか?」
「家に一人でいると危険だからな」
「同居してるんですか」
「同居と言うよりは、歩美が勝手に居るだけだからな」
「でも、誰のおかげで今までより美味しいご飯が食べられると思ってるの?」
「う、それは、歩美のおかげです」
「素直でよろしい」
「二人とも、肝心な話がまだなんだが……」
「ああ、すまん山森。お前から頼まれた例の件なんだが、歩美のおかげで色々と分かったことがあってな」
「それで、咲桜奏は何者なんですか?」
「ああ、奴は……」
星影昴が咲桜奏の事を伝えようとした時、上に気配を感じ見上げると、低めのビルの屋上にいたのは。
黒のテーラードジャケットに、グレーのトップス、白のスラックスを着ている男だった。
「やあ、久しいな。と言っても、つい先日会ったばかりだがな」
「桜咲奏……」
「そう怖い顔をしないでくれ。警視庁特務強行捜査課課長星影昴君」
「何故それを?」
「私のことを調べたのなら分かるだろう」
そう言って、奏は、屋上から降下してきた。
「何のつもりだ」
「別にただ話しておきたい事があってな」
「それは、お前の正体についてか?」
「まぁ、それもあるな」
「なら、話してもらおうか? 俺らが調べた情報と違いがなければな」
「なら、言わせてもらうが……星影昴、煙草を一本貰えるかな?」
「構わないが」
星影昴は、言われた通りに煙草を一本差し出すと、そっと受け取り火をつけ、一息つく。
「久々に一服させてもらったよ」
「それより、本題だ」
「分かっている。慌てるな」
そう言い、桜咲奏は壁に背をつけ、口を開いた。
「俺の正体は、破壊改め、警視庁公安部公安第"零"課課長を務めている」
「公安第"零"課だと……」
「聞いたことぐらいはあるだろう?」
「噂でしか聞いたことがないが、まさか実在するとは……」
「まぁ、事実上は実在しない事になってるからな……」
「その零課がなぜ?」
「なぜか? 簡単な話だ。奴らの目的が世界を支配する事。それを阻止するためだ」
「それは、お前だけでか?」
「いや、俺の部下を含めてだ」
「部下、それは、あの迷彩服を着ていた男も含めるのか?」
「彼は、俺の直接の部下じゃない。元々は、奴らの仲間の一人だった」
「だった、ということは今は違うのか」
「今は、俺たちと同じ思想を持っている」
「…………」
「その他にも、あの組織内には、FBIとCIAの奴らもいる」
「一体何のために?」
「恐らくは、世界を支配する事を阻止するためだろう。俺としては、俺たちの庭で好き勝手動いてもらいたくないから、早く日本から出て行ってくれると嬉しいんだよな」
「その他に、何か情報はあるのか?」
「そうだな、他に話せることと言えば、最高幹部のコードネーム兼イニシャルかな」
「最高幹部の人数とイニシャルは?」
「人数は四人。コードネームはトランプ」
「トランプ? どういう事だ?」
「トランプの4枚の図柄だよ。トランプに何の図柄がある?」
「それは……」
「ハートにクローバー、ダイヤにスペード。それが何の関係があるんだ? まさか!?」
星影昴を遮って、山森健一が答える。
「気づいたか?」
「ハートは『H』、クローバーは『C』、ダイヤは『D』、スペードは『S』。その4つの共通点は、それぞれに1つずつ入ってるわけか」
「その通りだ。それに、最高幹部の一人はここにいる」
桜咲奏は、自分を指して言った。
「そういう事か。桜咲奏だから『S』と言うわけか……」
「そういう事だ。まぁ、桜咲奏と言うのは偽名なんだ。組織に潜り込むためのな。俺の本当の名前は、倉出奏沙。桜咲奏は本名をローマ字表記で入れ替えただけの名前だ」
「なら、ほかの最高幹部たちもか?」
「そこまでは分からないが、可能性はあるだろう」
「それで、倉出……奏沙」
「言いづらければ、桜咲奏でもいい」
「なら、桜咲。一つ質問に答えろ」
「なんだ?」
「うちの女子生徒三人の様子がおかしくなった事にお前は関与したのか?」
「それに関しては俺は関与していない。正確に言うなら、最高幹部四人とその部下は関与していない」
「なら誰が?」
「俺にも分からん。その件に関しては、分かり次第教える」
「分かった。お前のことは味方だと思っていいんだな?」
「味方と思っていてくれて構わない」
「そうか。なら、これ以上ここにいるのは危険だろう。そろそろ帰った方がいいだろう」
「次に会う時を楽しみにしてる」
星影昴と桐塚歩美の二人が先に路地裏から出て行き、桜咲奏は再びビルの屋上に登っていた。
路地裏には、山森健一が取り残されていた。
「健一様、そろそろご帰宅した方がいいかと思います」
「寺坂、そうだな」
山森健一も寺坂択斗と共に帰路についた。
山森健一らが、帰路についた後の路地裏から3km離れた所に建っているビルの屋上で1組の男女が話をしていた。
「彼らも動きましたね。会社所属のあなたはどう思います?」
「彼らが動くなら私たちも動くべきではありませんか? 事務局所属のあなたも同じ考えでしょう?」
「これは恐れ入った。さて、残るもう一人の最高幹部にも声をかけるとしますか」
「では、私も御一緒させて頂いきますね」
「良いんですか、私と一緒で?」
「ええ、構いませんよ。むしろ、あなたと一緒の方がいいですからね」
「それはどう意味で?」
「ふふふふふ、さあ、行きましょう」
1組の男女はビルの屋上からどこかへと消える様に姿を消した。
最後の欠片が揃いつつあった。それは、希望か絶望か。それは、今は、誰にも分からないのかもしれない。