球技大会1日目終了の夜
その夜、シゲルとミユキは電話越しではなく、三度目となる直接顔を合わせての会話をしていた。
「それで、今のところはどうなの?」
「今のところは特に注意する事は無いが、奴らの構成員が何人か山戸川高校に侵入した形跡があった」
「それで、侵入経路はわかったの?」
「途中までは、な」
「…………気抜かないでよ?」
「分かってるさ。当日は特務課ともう一つに連絡をしておく」
「…………」
「それより…………また尾けられたのか?」
「ごめん、最近なんだか監視されてるみたい」
「はぁ、以前より数が多すぎるぞ……」
「あはははは……」
「笑い事じゃないんだが……敵の数は右側に前回より2人増えて7人か……。
左側には3人……か」
「どっちから行くの?」
「左から行けばすぐに街中に入れるからな。
左側の3人を無力化してから街中に逃げ込む。
奴らも街中で騒ぎを起こすわけにはいかないだろ」
「それも……そうだね」
「まぁ、今回は拳銃は一挺しか持ってきてないからな」
そう言って、シゲルは腰のホルスターから一挺の拳銃を取り出した。
「あれ? その銃は前の時のとは違うよね?」
「ん、あぁ、これか。
これは、トカレフTT-33って言って、別名ノリンコ54式黒星ともいう」
「へぇー、色んなこと知ってるんだね」
「あぁ、だがこんな事は女子高生に教える様な事じゃないな……」
「今更、遅いと思うけど?」
「それもそうだな。しばらく目を閉じてろ」
「え?」
「ここから先は大人の戦いだ」
「あっ……分かった。ここで待ってるね」
「あぁ、そこのゴミ箱の裏に隠れてろよ」
そう言って、シゲルはミユキと隠れていた路地裏から左側に出ると3人の前に姿を現した。
その姿に気づいた3人がシゲルを取り囲んだ。
「っ! 貴様、何者だ!?」
「手荒い歓迎だねぇ」
「何者か答えろ」
「答えろ、と言われても守秘義務っていうのがあるし、そう簡単には答えられないな」
「命が惜しくないのか?」
「命ねぇ、そう簡単に命は賭けるもんじゃねえぜ?」
「あぁ? 貴様、今の自分の立場がぐぁ」
シゲルを取り囲んでいた3人の内1人がその場に倒れ込んだ。
しかし、ただ倒れ込んだだけではない。
倒れてから、ピクリとも動かないのだ。
「お、おい、しっかりしろ! おい!」
「駄目だ、死んでる」
2人が駆け寄るもその倒れ込んだ男は
既に絶命していた。
「………貴様ァ、よくもよくも仲間をォ!」
「こう言ってはなんだが、先に仕掛けてきたのはそちらだと思うんだが……」
「そんな事はどうでもいい! 貴様は殺してやる!!」
「殺すって、物騒だねぇ。
それと、あまりそう言う事は言わない方が身のためだぜ?」
「あぁ? 死ねや! 貴様ぁぁぁ、殺してぎゃぁ」
残る2人の内1人もその場に倒れ込んだ。
最初の1人と同じようにピクリとも動かない。
「ひぃぃぃぃ……やめてくれ!
お願いだ! 命だけは! 命だけは助けてくれ!!」
「命乞いか……お前たちに敵対する組織の
ボスの命を狙っておいて、よくそんな事が言えるな」
「ち、違う! そうじゃない!
俺は、ただ奴らに無理矢理従わせられていたんだ!」
「それが本当なら見逃してやるが、嘘ならどうなるか分かってんだろうな?」
「もももももももちろんだ!
俺には、大事な彼女がいるんだよ。
それに、まだ産まれてきてはいないが子供がいるんだ。
だから、どうしても生きて帰らないといけないんだ! 俺は、こんなとこで死にたくない! お願いだ! 助けてくれ!!」
「……一つ言っておくが、あまりそう言う事は言わない方がいい。死ぬぞ?」
「え?」
「お前の事情の事は分かった。下がってろ!」
「え?」
シゲと最後の1人を取り囲むようにして、
反対側にいた7人に囲まれていた。
その中のリーダー格の男が口を開いた。
「おやぁ、何をしてるんだァ?」
「ひぃぃぃぃ!」
リーダー格の男に鋭い眼光でそう言われて腰が引けた最後の1人はその場に座り込んでしまった。
「おぉ、どうしたんだね?
そんな顔をしないでくれよ」
「人を無視して話をすすめんなよ」
「なんだ貴様は?」
「悪いけど、相手をしている暇はない」
「ふん、こざかしい奴だ。お前ら、殺れ!」
そうリーダー格の男が言うと6人の
男たちがシゲルを取り囲んだ。
「……はぁ、あまり手の内を見せたくないんだが……致し方ないか」
「なんだァ? 死ぬ前の遺言か?」
「へっ、遺言なわけねーだろ!」
「あぁ、そうさ! こいつァきっと、命乞いだ!」
「あっはははははは! 命乞いたァおもしれェ!」
「その汚ねぇ口を閉じろ」
「あぁ? なんか言ったかおげぇ」
「な……貴様、その銃はノリンコ54式黒星……なぜだ……なぜ、それを貴様が持ってがぐぁ」
「お、おい、しっかりしろ!
貴様ァ!! よくも仲間を殺ってごぐぁ」
「この野郎! 仲間の仇! 覚ぎぐぁ」
「お前だけはぁぁぁぁ俺がげぁ」
「……死ねぇぇぇぇ!この野郎がぶぐぁ」
「おいおい、殺ってくれるな」
「後は、お前だけだ。どうするよ?」
「仲間を殺られて逃げるわけには行かないからなぁ。
それより、いつの間に撃ったんだァ?」
「お前が知る必要はない。
なぜなら、今ここでお前は死を迎えるんだからな」
「なら、私を殺す前に、所属と名前を教えてもらおうか?」
「……名乗るならそちらが先じゃないのか?」
「これは失礼をした。
私は、破壊の河並康だ。
これはあくまでも、日本人としての名だ。
本名は、ジーク・ノーゼル・アクバだ」
「そうか。俺は、平和のシゲルだ。
単なるコードネームだ。本来の所属と名前は、
警視庁特務強行捜査課。通称"特務課"の星影昴だ」
「シゲル……スバル・ホシカゲ……なるほど、
お前があの冷酷なる死への案内人か。
さぁ、私を楽しませてくれ!」
「あいにく勝負にはならないと思うがな」
2人の男はそれぞれ拳銃を取り出した。
星影昴はトカレフTT-33をジークはブレン・テンの銃口をお互いの左胸に向けた。
決着は一瞬の事だった。
お互いが、ほぼ同時に引き金を引いた。
僅かにだが、河並の方がコンマ2秒速かった。
先に膝をついたのは、シゲルの方だった。
しかし、銃弾は左胸には当たっていなかった。
当たっていたのは、僅かに逸れて左腕だった。
そして、その向かい側で微かに微笑んでいた
河並は、口から血を吐いた。
「ゴブッ……はははは……私が負けたのか……」
「悪いな……」
「私の心臓を貫いても、私は死ぬ事は出来ない」
「………………」
「そこで、お前に止めを刺してもらいたい」
「………………」
「心臓ではなく、私の頭を狙え。
それで、私は死ぬ事が出来る」
「…………分かった。
河並康、改めジーク・ノーゼル・アクバという人間に敬意を表そう」
「すまんな……シゲル……いや、星影昴。
我が生涯の最後にお前のような男に会えて悔いのなき人生だった」
星影昴は、キリスト教徒でも聖職者でも無いが、右手の三本指で額、胸、右肩、左肩へと移動させる。
そして、トカレフTT-33の引き金を引いた。
「ミユキ、もう出てきても良いぞ」
シゲルのその言葉に路地裏のゴミ箱の後ろに隠れていたミユキが姿を現した。
静かに、シゲルの近くに歩み寄る途中で至る所に倒れた死体と怯えて腰の抜けた一人の男を視界に捉えた。
「その人、以外は殺したんだ……」
「あぁ……」
「その人はどうするの?」
「こいつは、保護するつもりだ」
「そう……どこで保護するの?」
「一応、俺の方で保護するつもりだ。
俺の仲間なら精鋭たちが勢揃いだから危険はないだろう」
「なら、その人の事は任せる」
「分かった……それより調子が悪いのか?」
「調子は……悪くないよ……」
「しかし、会った時よりも顔色が悪いぞ?」
「……私の過去のこと聞いてくれる?」
「あぁ、聞こう」
「私には、8年前に生き別れになったと言うよりもある事件を機に私の前から家族の前から姿を消してしまったたった一人の兄がいたの」
ミユキは、冷え込み始めたこの夜に、静かに、そして、言葉を紡ぎ出すように語り始めた。