山戸川高校騒乱決着
健一の回し蹴りが、漣劔の後頭部をとらえた。
それも、完璧と言っていいほどの、位置を綺麗に、とらえた。
これが、武道をやっていない者が受ければ、倒れる事は、疑いようもなかった。
しかし、相手は、漣劔だ。
漣財閥の次期総帥として、昔から、あらゆる武道を習っているのなら、健一の回し蹴りを、避ける事は造作もない。
漣劔は、健一の回し蹴りを避けると左高蹴で、健一の、右側頭部を正確にとらえた。しかし、これは、健一にとってみれば、予想通りの攻撃だ。
彼も漣劔と同じく山森財閥次期総帥としてあらゆる武道を習っており、避ける事は造作もない。
「やっぱり君も、僕と同じなんだね」
「喋ってる暇もこれ以上戦う理由は無いはずだ。だったら、さっさと終わらせようか。これ以上付き合ってる暇はない」
「僕も同感だ。終わらせようか」
漣と健一の攻撃は、全く同じで、相手の鳩尾を狙った左ストレートだ。漣の方が、僅かだけ、ほんの僅かだけ、健一よりも速く繰り出された。けれど、健一は、既に、漣劔の前から姿を消していた。
それが、決着の瞬間だった。
「悪いけど、終わりだ」
その声は、漣劔の後ろから聞こえてきた。
彼は、山森健一は、一瞬にして、漣劔の後ろに立っていた。
「なんで……? 僕の方が、速かったのに……」
「確かに、お前の方が速かった。
でも、それだけだ。速さなら誰にも負けない自信がある」
「ははは………僕たちの負けってことか。なんでだろう。負けたのに清々しいや。君は、強いんだね」
「ただ強いだけじゃない。技術や精神面でもあらゆることに強いと言える」
「はは……そっか、そうだ。
忘れるところだった。君に話したい事があったんだ。でも、その前に、一つだけ質問してもいいかな?」
「構わないが……」
「君の後ろにいる女の子は誰かな?」
「え?」
彼が振り向くと、そこにいたのは、
彼の彼女である白岩涼子だった。
「白岩……なんで?」
「健一……えっと、あの、その怪我はしてないよね?」
「ああ」
「良かった。健一が怪我でもしていたらどうしようかと思った」
「そうか」
「あのお二人さん、そろそろいいかな?」
「あ、悪い」
「君の大切な人なんだね」
「ああ」
「僕が、ここに来た理由を話してもいいかな?」
「ああ、構わない」
「僕が、ここに来た理由は、聖神学園理事長山竝證のある計画についてだ」
漣劔の声音は、先程まで健一と対峙していた時の声音とは違い、表情からは真剣味が見てとれる。
「山竝證の計画?」
「うん。あの人は、全国の小・中学校、高等学校を支配しようとしている」
「ーー!」
漣劔のその言葉は、衝撃を与えるものだった。
全国の小・中学校、高等学校の支配。
それは、山竝證の今までの行いを全国的に行うことだった。
「あの人が、この計画を実行するなら、僕たちに出来ることは、それを、阻止すること以外に方法はない」
「だが、阻止出来なければ、その時は……」
「それが来ないようにするのが、僕たちに出来ることだよ」
「要するに、失敗することは、考えないで成功することを信じろってか?」
「まぁ、そうなるね。一応今回の件は、既に、全国の高等学校に出向いて、知らせてある。まぁ、中には君と同じで、一戦交えた高校も何校かあるけどね」
漣劔は、真剣な声音から一転して、おどけた声音になった。
「で、山戸川高校はどうしろと?」
「…………協力、してほしいんだ」
「協力……ねぇ。具体的に言え」
「さっきも言ったよね。全国の高等学校には知らせてあると」
「ああ」
「で、その時にある提案を持ちかけたんだ。
それは、『僕たちと共に理事長の山竝證の野望を阻止するために、力を貸して欲しい』とね」
「それで結果は?」
「全部断られたよ」
「…………つまり、迂闊に手は出したくない。
他の高校が協力していないのに、協力はしたくない。そう言う事か」
「半分正解」
「半分?」
「もう半分は、『ある人物が協力するなら協力してやっても構わない』と」
「その人物ってのは?」
「君だよ、山森健一」
「なぜ、俺なんだ?」
「それは、君が唯一の対抗手段だから」
「どういう事だ?」
「僕を含めた全国の高校の生徒の一人が人質として囚われている。それも、全てが生徒会長の彼女又は彼氏が囚われている」
「他の高校はともかく、お前の彼女はどうして囚われた?」
「おそらく、行動を制限するためだよ。でも、授業にはしっかりと出てるよ。ただ、雪は、監視されてるんだ」
「……………つまり、俺が協力すれば、皆が動くわけだな?」
漣劔は無言で頷く。
「分かった、協力しよう。
ただ、一つだけ言っておくが、協力はするが白岩が危険な目にあいそうになったら、白岩を助ける事を優先にする。それでも構わないか?」
「協力してくれるなら、どんな形でも構わないよ」
「ところで、漣。一つだけ質問してもいいか?」
「いいよ?」
「お前は、何者だ? 普通の高校生にしては身のこなしや知っている知識がおかしくないか?」
「………………」
「お前は、何者だ?」
漣劔は、山森健一の問いに答えない。
その無言が、一つの結論を示していた…………。