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陛下、呪われる


「それにしても暗殺方法がそろそろ被ってきたな。家臣も面白い手を使ってこないだろうか」


 似たようなことを思っていたら、菓子を運んできたメイドが物騒な独り言を呟いた。オレを面白い方法で殺すことを希望している。


「そう思いませんか? 陛下。あ、毒味でもしておきますか?」


 笑いかけるメイドは菓子を一切れ取ると口の中に放り込んだ。

前々から視界に入る目立つ髪色のメイド。顔立ちはメイドの中でも一番美しいだろうが、その顔よりも白髪が目立つ。


「勝手に……というかお前は誰だ」

「メイドですが。」


 それは知っている。よく菓子を運んでは口を挟んでくるんだ。わかっている。

「……その髪色、見慣れないが」と指摘した。

いつからいるのかは知らない。こんなに目立つならば名前くらい聞くはずだが。


「そうですね」


 驚かすためにメイドに忍び寄った近衛のブラッキーが声をかけて髪に触れた。しかしメイドは驚いた反応をしない。


「ま、使用人ですし。覚えてなくても無理ないですけどねー。顔の良し悪し関係なく眼中に入らないし」


 ブラッキーが残念そうに肩を竦めて上っ面の笑みを向ければ、メイドも微笑み返した。


「あ、僕にも淹れてね。彼女の言う通り、暗殺方法も在り来たりでつまんないですよねー」

「お前、狙われてみろ」


 緊張感のないブラッキーの冗談を一蹴する。オレの立場になったらそんな風には笑えないぞ。四六時中刺客に狙われたことないだろうが。毒味役がいないんだぞ。お前がやれ。

そう視線で言うように睨み付ける。

 メイドが既に毒味した菓子を呑気にブラッキーは食べた。その菓子に毒が入っていればいいのに、と思っていたオレの心の声を聞こえたみたいにメイドは笑った。

まだあどけなさが残る少女の笑みは、可愛らしく見えたが疑心暗鬼である今、怪しく見えてしまう。

「……なにが可笑しい」とオレは問い詰めた。


「いえ、陛下。貴方が国民を思う国王だというのに、命を狙うとは可笑しな話だと思っただけですよ。どうか国民のためにも、国王であってくださいませ。陛下」


 口元を一度掌で隠すとメイドは深々と頭を下げる。

メイドが言ったことは、全くもって正論だった。普通は正論でも、そのことを使用人は意見しない。

不可解だったが、メイドは自分の役割を済ませて部屋を出ていってしまった。


「……あのメイドの素性を調べろ」

「え? 惚れちゃったんですか? 陛下」

「……ふざけているのか?」


 睨み付けてもブラッキーは笑うだけ。ふざけているだけだコイツ。

家臣が敵だらけの王宮で数少ない味方だが、コイツは近衛の騎士の隊長にも関わらず一番緊張感がない。

暗殺の標的にされているオレを目の前で他人事のように笑う。

信用出来る近衛の騎士で固めてなんとか暗殺者を食い止めているが、時間の問題だ。

オレが信用出来る部下は限りなく少ない。ずっとそいつらばかりをそばに置くのも限界がある。

隙ができそこを突かれれば、オレは殺られてしまう。

あのメイドを探る人手はないかもしれない。


「怪しいけど単にでしゃばりの性格なだけじゃないですか? 奇抜な髪ですけどね。陛下の命なら部下に調べさせておきますよ」


 ブラッキーはまた菓子を一切れ食べた。

目につく不審者は早めに洗っておくべきだ。放っておいたら何を仕掛けるかわからない。

これくらい警戒しなければ、殺される。

 髪を掻き上げて重い溜め息をついた。

あのメイドが言うように、国民のためにもオレが国王ではなくてはいけない。

オレが若い故に手なづけて国を思うがままにしようと欲を出していた家臣達が、今度はオレを排除して従弟のクリストファーを手なづけて操り人形の王にすると目論んでいる。

 子どもの頃から下心をちらつかせて媚びていた奴らが、両親が他界した途端に正体を現した。

国民を思いやる父上の何を見てきたと言うんだ、奴らは。

 怒りが募るがそれは行き場がない。

 尻尾が出なければ爵位は奪えないのだ。

王位を継承してから一年が過ぎたが、未だに敵を排除できていない。敵がわかっていても、こちらはなにもできず仕掛けられるのをただ防ぐだけ。

その守備も決して強いわけではない。

この現状を打破する武器は───オレにはなかった。





「は? ……誰も知らないだと?」

「えぇ。白髪のメイド……数人が見掛けてますが……誰も知らないそうですよ」


 翌日、ブラッキーの部下が掻き集めた情報を報告された。

あのメイドの素性は誰も知らない。

いつからそこにいたのかさえも、誰も知らないそうだ。


「おい……知らない者が、王宮に働いていたというのか?」

「えぇ、そうなりますね。すごいですねーバレずに王宮で仕事しちゃうなんて」


 顔の筋肉が痙攣するのを我慢してブラッキーに問えば、能天気に笑い退けた。


「笑い事ではないだろう!! 警備が甘いから刺客に入られるんだろうが!!」


 玉座の肘掛けに拳を振り下ろして怒号を飛ばす。

苦笑を浮かべてそっぽを向くブラッキー。


「その女は……捕らえたんだろうな?」

「…………もういないみたいです」


 まさかと思ったがそのまさかだった。

オレの怒鳴り声は再びその場に響き渡り、ブラッキーとその部下は震える。

スパイかもしれないメイドをみすみす逃した。なんたる失態!

 あの女は誰なんだ!?


「何故忍び込んで使用人のフリをした? 目的はなんだ!?」

「さぁ……? 元々菓子を運んでくるメイドは違うメイドだったらしいんですが……そのメイドは記憶がないとのこと」

「魔術か……?」

「えぇ、記憶を消されたようでその時だけ入れ替わっていたみたいです」

「……なにが目的だったんだ!?」


 魔術が使い使用人になり、オレに近寄った。その目的はなんだ?

目的すらわかっていないため、返ってくるのは沈黙だけだった。

堂々と会話を交わしたアイツは平然と逃げおおす。

 なんで敵だと見破れなかった!?

敵と味方の区別はつくのに、何度も目の前で紅茶を淹れたあのメイドを見抜けなかった!

 それが悔しくてたまらない。

何度も紅茶を淹れ菓子を運んだあの素性も知らない女は口を挟むだけでなにもしていないのだ。殺すチャンスはいくらでもあったというのに。

いつでも殺せると宣戦布告をしたつもりなのか?


「次にあの女を見付けたら引っ捕らえろ!!」

「御意、陛下」


 もう一度重い溜め息をついてから玉座から立ち上がる。

何処に行くのかと問われ「部屋で休む!」と乱暴に答えて真っ直ぐに自分の部屋に向かった。

 行き場のない怒りを扉にぶつけて閉める。

薄暗くなった部屋。夕食まで一眠りしようとして立ち止まる。

テラスの向こうの地平線が夕陽で赤く滲んでいた。その光景に目が留まったわけではない。

テラスに繋がる硝子の扉が開いてあったから足を止めたのだ。

部屋の中に誰かがいるような気配はしないが、何か嫌な予感がする。


「……ブラッキー!」


 部屋の向こうにいるであろうブラッキーを呼んで後ろを振り返ろうとしたその瞬間。


「!?」


 何か小さく黒いものがテラスから飛んできたため、腕で振り払う。

それは腕にしがみついた。


「蝙蝠!?」


 ばたつかせる黒い羽からそれが蝙蝠だと推測でき、直ぐ様テラスに放り投げようとしたが───目を疑う。

 無数の蝙蝠が群れを成して飛んできたのだ。

体当たりをしてくる数多くの蝙蝠を追い払おうと腕を振るが無駄な抵抗だった。


「んっ!?」

「陛下!!」


 漸く異変に気付いたブラッキーが駆け付けたと同時にオレは倒れる。

口の中に一匹の蝙蝠が侵入してきたのだ。


「なんだよこれ! 陛下!!」

「んんっ! ぐっ!!」


 口の中に入る異物をなんとか出そうとしたが────無理だった。


「ゲホッ……!! ゲホッゲホッ!!」

「嘘だろ……おい……入っちまったよ……」


 喉を通ると異物は嘘のように消えていったが、確かに蝙蝠がオレの中に入っていた。ブラッキーも見たのだ。

吐き出そうとしたが、その異物は消えてしまった。吐き出そうにも出ない。


「……蝙蝠が……」

「消えた……」


 ブラッキーの部下の呟きに顔を上げて部屋を見回したが、蝙蝠がいた形跡は何一つなかった。


「くそっ……!! 魔術か!」


 オレは跪く床に拳を落とす。


「まさかっ呪いか!?」

「魔術師を呼びますか!?」


 ブラッキーに続いて彼の部下が問う。

オレは首を振る。


「呼んでも来やしない……ソイツがかけたんだからな!!」


 王宮に支える魔術師ドリアン・ジョーンズは、この国で一番の魔術師と謳われている男。ソイツは味方ではない。

いつかは仕掛けてくるとは思っていたが、まさかこんな呪いをかけられるとは……!


「ど……どんな呪いなんですか?」


 ブラッキーが問う。

オレは押さえる胸の衣服をきつく握り締めた。


  ドクン。


鼓動ではない"何か"が脈を打つように震える。始まってしまったか。


「───『吸血鬼』の呪いだ」


 血を求めるように、喉が疼いた。




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