メイド、唇の果実
「まぁ、また毒が盛られていたの?」
「毒味をした者が即死したそうよ」
「あら怖い……」
使用人達がざわめきながらこそこそと声を潜めて話す。ここでは珍しくない光景だ。
日が変われば。
「また刺客が襲ってきたそうよ」
「まぁ、また暗殺されかけたの?」
「あら怖い……」
内容が少しだけ変わり、使用人達はこそこそと情報を噂として広めてゆく。
穏やかな雰囲気のカルシスタ王国の王宮の中は、思惑と強欲が暗躍していた。
若くして王となったヴァルク・ルシタリーゼは、美貌と才能に恵まれたが家臣には恵まれなかったのだ。
まだ若い王を手玉に取ろうと貴族である家臣は躍起になっていたのだが、ヴァルク王はそんなに子どもではなかった。
彼を手なづけることは出来ず、彼は家臣達の思惑を裏切り亡き父である前国王の意志を継いだのだ。
私欲に溺れた家臣達は、ヴァルクを玉座から引きずり下ろし王家の人間であるヴァルクの従弟を次の国王にすると目論んでいるらしい。
ヴァルクの従弟は既に手玉に取った。
後はヴァルクを引きずり下ろすのみ。
よって彼は日々、命の危機に晒されているのだ。
薄汚れた私欲にかられた家臣が上に立てばきっと平穏で安泰しているこの国は変わり果てるだろう。
「それにしても暗殺方法がそろそろ被ってきたな。家臣も面白い手を使ってこないだろうか」
そろそろ聞き飽きた。代わり映えしなさすぎる。
我の声に殺気立つのは、暗殺対象であるヴァルク・ルシタリーゼ陛下。
サラリと揺れるしなやかな金色の髪の下にある青い瞳は、冷たさを放ち睨み付けてくる。
貴族の少女はおろか貴婦人もメイドも、彼のその美貌に心を奪われるが、その冷たい青い瞳で人々を遠ざけるのだ。
「そう思いませんか? 陛下。あ、毒味でもしておきますか?」
我は笑い退けてヴァルクに出した菓子を一切れ手にして口の中に放り込む。
「勝手に……というかお前は誰だ」
「メイドですが」
「……」
警戒した低い声で問うヴァルクに、我の着るメイド服を見せつける。紺色のドレスの上に白いエプロン。
どっからどうみてもメイドだ。
「……その髪色、見慣れないが」
「そうですね」
冷たい視線が向けるのは、我の頭。というか髪。
後ろに忍び寄った騎士が耳の前に垂らした髪を手に取る。赤みかかった髪をした近衛騎士の隊長だ。名は確かブラッキー・フリザン。
警戒が滲んだ目をしていた。
ヴァルクの数少ない味方だ。ヴァルク達はその数少ない味方しか信用していない。見慣れない我は警戒すべき人物というわけだ。
「ま、使用人ですし。覚えてなくても無理ないですけどねー。顔の良し悪し関係なく眼中に入らないし」
ブラッキーは上っ面に笑うと我の髪を戻す。我も微笑み返した。
「あ、僕にも淹れてね。彼女の言う通り、暗殺方法も在り来たりでつまんないですよねー」
「お前、狙われてみろ」
椅子に座るブラッキーが冗談を言えば、ヴァルクは冷たい眼差しで一蹴する。こんなにも冷たい目をしているのに、国民を思う国王だ。ふふ、面白い。
「……なにが可笑しい」
我が笑うことを不快そうに眉間にシワを寄せて怪訝に睨み付けるヴァルク。
「いえ、陛下。貴方が国民を思う国王だというのに、命を狙うとは可笑しな話だと思っただけですよ」
掌で口元を隠して白状する。
「どうか国民のためにも、国王であってくださいませ。陛下」
深々と頭を下げれば、ヴァルクは片眉を上げて目を丸めた。微笑んでから踵を返して、その間から出ていく。
長い廊下を歩いて呟く。
「ふむ。メイド遊びも飽きてきたなぁ……なにか、面白いことが起きないだろうか」
後部で髪を纏めた髪飾りを抜き取って髪をほどき、軽く手でとかす。
廊下を踏み締めたブーツを脱いで、宙に浮く。
そのまま、廊下から森へと移動した。
王宮が建つ街から離れた森の中。
ブーツを投げ捨てて、メイド服も脱ぎ捨てる。
「はぁ、何故こんなにも身体を締め付ける服を着るのだろうか。解せないなぁ」
シャツ一枚だけで十分だと言うのに、コルセットなんかで締め付けたりするドレスは可笑しいな。
それほど女性はくびれがないのか? コルセットをしなければ見映えが悪いのだろうか。
赤い果実がなる木の枝に腰かけて、落ちてきた果実を受けとる。それを吟味するようにくるくる回して見てから噛み付く。
口の中に広がる甘い果汁と柔らかい感触を堪能する。
「そう言えば昔誰かがこの果実は、唇に似ていると言っていたなぁ」
後ろに仰け反れば、鬱蒼とした森が真っ逆さまに見えた。
下では我が垂らす髪を、ライオンが掴もうと後ろ足で立ち前足を振る。
その我の髪の色は、汚れない白。
「金色に見せていたのに、彼らは白に見えていたか……」
ある一定以上の魔力を持っている者にしか本当の髪色は見えないように魔法をかけていたというのに、あの二人は見えていたつまりはある一定以上の魔力を持つ者だ。
魔力は成長とともに増えていく。
その魔力の量を持つ人間が二人以上いるとは、なかなか面白い国だ。
口元が歪む。唇から零れ落ちた果汁を舌で舐めとる。
「何も起こりそうにもないから、首を突っ込んでみようか」
果汁で濡れた手を舐めながら、目を細めた。
ヴァルクの奮闘を傍観してきたが、それもつまらなくなってきたからその渦中に飛び込んでみるか。
その方が、楽しそうだ。
「ふふ……どう遊ぼうかな?」
二日森で遊んでから、王宮に戻ればまた暗殺事件が起きたらしく、使用人はざわめいていた。
ブーツを掃きながら耳をすます。
「今度は呪われたんですって」
「まぁ、そうなの?」
「あら怖い……」
呪い。
それは新しい暗殺方法だ。
笑いが堪えきれず、唇から零れ落ちた。
これはこれは、楽しくなりそうだ。
ブーツを踏み鳴らして廊下を行き、玉座がある広間に行く。
呪いをかけられたヴァルク陛下がそこにいた。苦しげに俯くヴァルクは、気丈に威厳を放って玉座に威風堂々と座っていた姿とは程遠い。
おやおや、面白い呪いをかけられているじゃないか。
その呪いをかけられておいて、堪えていられるなんて……クククッ。
面白いな、人間の王よ。
笑うとヴァルクは気付いて、我に目を向けた。