序章、純白の魔女
月光が照らし出す暗い部屋から、助けを呼ぶ声すらも閉じ込められている。
焼けるような痛みがする喉から、もう声を出すのは無理そうだ。
嫌な汗が滴り落ちる。
雫は月の光を乱反射させて、オレが平伏す絨毯の上に消えていった。
オレを玉座から蹴落としたい者達が見たら、さぞ喜ぶだろう。
込み上げた悔しさと屈辱で燃える怒りで、痺れているような腕に力を振り絞り起き上がろうとした。
顔を上げたらそこに、人が居てオレは目を丸める。
この部屋にはオレしかいなかったはすだ。他人がいるはずがない。入れるはずもないんだ。
メイドの服を着た少女らしき人物は、何度体当たりしても開かなかった扉の前にいた。
白い髪を揺らし、彼女はオレを見下し嘲笑う。
「無様だのう、人間の王よ」
一歩、踏み出すと首を傾けた。
「何者だっ……お前はっ……!!」
振り絞った声は、情けないほど掠れている。
オレをここまで衰弱させた"何か"が、肉だけを食らう猛獣のように暴れろと体に命令してきた。その衝動を堪えるように自分の身体を抱き締める。
「我は───魔女だ」
「!! ……ま、じょ……だと?」
目の前で少女はしゃがみ、オレの顎を指先で上げさせた。
その顔はゾッとするほど美しく、真珠のような瞳に目が奪われる。
魔女。それは神に並ぶ存在だ。
大昔に存在したと言い伝えにある、魔術と精霊の創造主。
その魔女だと、いうのか?
バカにしているのか?
「……魔女だと言うならっ……ハァ……この呪いを……解け!」
「クククッ……我に命令かい? 人間の王よ。人々の上に立つ王というのに、命を狙われ呪いをかけられるとは傑作よのう」
彼女はただオレを嘲笑う。
指先でオレの首をなぞるその手をオレは振り払った。
起き上がっていられなくなり、また絨毯の上に倒れてしまう。
「さぞ苦しかろう。衝動に負けさえすれば楽になるというのに、その呪いをかけられてこれ程の時間誰も傷付けていないとは大した自我だ。強いな、人間の王よ」
また彼女は笑い、オレの唇の中にその指を入れた。噛み千切ってやりたかったが、そんなことをしたら抑え込んでいるコイツがオレの身体を支配してしまう。
口の中に入った指先は、鋭利に尖った牙に触れた。
「人間の王よ。我が助けてやろうか?」
オレの口から指を抜くと、その指を妖艶に彼女は舌で舐めながらそう囁く。
真珠のような瞳を細めて、純白の髪をした少女は微笑んだ。
「魔力と唇を引き換えに───」