生死
※視点変更しています。
六人と一匹がくぐりぬけた穴を、その向こう側を、占い師は見つめていた。
「――行ったわね」
小さな声で呟いた、その語尾がかすかに震えた。それに気付いた彼女は、嗤う。
幼いころから何度も言われた言葉を、繰り返してみた。やはり少しだけ、震えた声で。
「占い師は唯一、未来を意図的に変えられる者で、変えてはいけないもの。――例えば」
「それが私の未来なんだね。だったら変えちゃだめ。そうでしょ? 秋乃」
大きくなった腹をさすりながら微笑む女性を見て、占い師は顔を歪めた。ポーカーフェイスのあなたにしては珍しいねと女性は笑い、空いている左手で占い師の右手を握った。
「秋乃。私はこの村が好き。秋乃のことも好き。まだ顔を見たことはないけれど、自分の子供『達』も好き。だから、私が死ぬことでそれらを守れるのなら、……それが私の運命なら、それでいいの。きっとあの人もそう言うわ」
「けれど」
「秋乃、昔から言ってたじゃない」
「死ぬ運命にある人間を意図的に生かした場合、他の命が、失われる」
記憶の中の声にあわせるように、占い師は繰り返す。
「私が死ぬという運命を変えてしまったら、他の誰かが、――それこそ秋乃が死ぬかもしれないじゃない。村の誰かかもしれない。……私の子供達かもしれない。それだけは、」
占い師はそこで言葉を切ると、その場にうずくまった。カーディガンを押さえるようにして、肩の震えも止めようとする。
壁の向こう側にも村人にも聞こえない場所で、彼女は繰り返し続けた。毎日毎日、一人で。
「変えられるのなら、変えてしまえばよかった。姉妹のように仲の良かった従妹の運命を、私は少しでも変えようとした? 努力した? ――何もしてない。その結果を出しただけ。『殺せ。双子が生まれたら即座に殺せ。忌まわしき双子を産んだ女を殺せ』。――ねえ、私ね。本当は分かっていた、知っていたの」
汚れることなど気にもせず、占い師は地面に両の手をつく。月の光に照らされた彼女の姿は、まるで獣のようだった。
「知っていたの。本当は双子の凶事なんてない。黒猫が化け物になって、村人を襲うこともない。双子はただの双子。あの黒猫は特殊だっただけ。化け物でも何でもない。私は全てを知っていて、それでも隠し続けたのよ。村の安泰を守れるのならそれでいいと、先祖代々そうしてきたから。嫌われ役が、汚れ役がいた方が物事は綺麗に収まるって、知っていたから」
自分の汚れた指先を見つめていた占い師は、何かを思い出したかのように笑った。
「……おかしいんでしょうね、そんなことまでして村を守ろうとするなんて。けれどその位、この村のことが好きだったの。それに、嫌われ役や汚れ役を作るなんて、『外』の世界でもやっていることなんでしょう? ――違う、私はそれを正当化したいわけじゃないのに」
占い師の指先にある、小さな花。今はまだ蕾だが、朝になれば綺麗な花を咲かせるだろう。彼女は口をつぐむと、その花を摘み始めた。ぷつり、ぷつりと花を摘む音と、小さな滝の音だけがその場に残った。
「――摘んでしまえばいいじゃない。花瓶に飾ればいい。その方が見やすいわ」
地に這いつくばり、服を泥だらけにしながら花を愛でている従妹を見て、秋乃は思わず笑った。
笑われた少女はタンポポに目をやったまま、いつになく真剣な表情で言う。
「摘んだら、死んじゃうから。野に咲く花はこうやって、地面に寝転がって見るのが一番好きなの」
「――……摘んだ花を持っていっても、あの子は喜ばないわね。きっと」
占い師は適当なところで花を摘むのを辞めると、立ちあがった。服に付いた土を軽く払う。頬を伝うものは、拭わなかった。
「……あの子ともう一度会えるかどうかも分からないけれど」
一人きりになった占い師は、滝に向かって歩き出す。彼女が歩くたびに滝の音が、村人達の声が、近くなった。
「死ぬ運命にある人間を意図的に生かした場合、他の命が、失われる」
何度目か分からないセリフ。彼女は笑う。自分自身に。
「変えようとした未来が、生かせようとした人間が、あの忌み子だなんて皮肉よね。――そう思わない?」
返事は、なかった。
未来が見えた。変えてはいけないと言われ続けた。
従妹を殺した。その子供達を忌み嫌った。
のどかだった村の、何もかもが、狂った。
変わってしまった。
変わってしまったのは、
「――大嫌い」
占い師は笑う。
それは、自分には関係のない言葉だと思っていた。
未来が見える、けれどもそれに抗うことはない。
傍観するだけの生温かい場所で、生きようと思っていたのに。
「……人間はね。勝算のない打算で生きるから、面白いの」
滝の前まで来ていた村長に、占い師は告げる。いつも通りの、透き通った声で。
「あれらは今、落石を乗り越え、森の中を走っている。けれど道中、足を滑らせて転落する。死ぬ。それが結果よ。祟りはない。村は静寂を取り戻すわ」
「――……もしも嘘を吐いているのなら、いくら君でも」
「嘘?」
占い師は笑う。澄んだ目と、穏やかな声で。
「私は、嘘を吐いたことなんてないわ」
彼女の手の中の蕾は萎れ、けれども花を咲かせ始めていた。
一人称の小説なのにコロコロと視点を変えてしまい、申し訳ありません。
そして謎の三人称である。本当は秋乃視点の一人称で書く予定だったんです……!
どうしてこうなった。しかしどうしても書いておきたかった。
それではくぃかそ様、お願いします!