表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人見知りする碧  作者: くぃかそ 南晶 EARTH 白かぼちゃ うわの空
41/51

生死

※視点変更しています。



 六人と一匹がくぐりぬけた穴を、その向こう側を、占い師は見つめていた。


「――行ったわね」


 小さな声で呟いた、その語尾がかすかに震えた。それに気付いた彼女は、嗤う。

 幼いころから何度も言われた言葉を、繰り返してみた。やはり少しだけ、震えた声で。


「占い師は唯一、未来を意図的に変えられる者で、変えてはいけないもの。――例えば」




「それが私の未来なんだね。だったら変えちゃだめ。そうでしょ? 秋乃」


 大きくなった腹をさすりながら微笑む女性を見て、占い師は顔を歪めた。ポーカーフェイスのあなたにしては珍しいねと女性は笑い、空いている左手で占い師の右手を握った。


「秋乃。私はこの村が好き。秋乃のことも好き。まだ顔を見たことはないけれど、自分の子供『達』も好き。だから、私が死ぬことでそれらを守れるのなら、……それが私の運命なら、それでいいの。きっとあの人もそう言うわ」

「けれど」

「秋乃、昔から言ってたじゃない」




「死ぬ運命にある人間を意図的に生かした場合、他の命が、失われる」


 記憶の中の声にあわせるように、占い師は繰り返す。


「私が死ぬという運命を変えてしまったら、他の誰かが、――それこそ秋乃が死ぬかもしれないじゃない。村の誰かかもしれない。……私の子供達かもしれない。それだけは、」


 占い師はそこで言葉を切ると、その場にうずくまった。カーディガンを押さえるようにして、肩の震えも止めようとする。

 壁の向こう側にも村人にも聞こえない場所で、彼女は繰り返し続けた。毎日毎日、一人で。


「変えられるのなら、変えてしまえばよかった。姉妹のように仲の良かった従妹あのこの運命を、私は少しでも変えようとした? 努力した? ――何もしてない。その結果を出しただけ。『殺せ。双子が生まれたら即座に殺せ。忌まわしき双子を産んだ女を殺せ』。――ねえ、私ね。本当は分かっていた、知っていたの」


 汚れることなど気にもせず、占い師は地面に両の手をつく。月の光に照らされた彼女の姿は、まるで獣のようだった。


「知っていたの。本当は双子の凶事なんてない。黒猫が化け物になって、村人を襲うこともない。双子はただの双子。あの黒猫は特殊だっただけ。化け物でも何でもない。私は全てを知っていて、それでも隠し続けたのよ。村の安泰を守れるのならそれでいいと、先祖代々そうしてきたから。嫌われ役が、汚れ役がいた方が物事は綺麗に収まるって、知っていたから」


 自分の汚れた指先を見つめていた占い師は、何かを思い出したかのように笑った。


「……おかしいんでしょうね、そんなことまでして村を守ろうとするなんて。けれどその位、この村のことが好きだったの。それに、嫌われ役や汚れ役を作るなんて、『外』の世界でもやっていることなんでしょう? ――違う、私はそれを正当化したいわけじゃないのに」


 占い師の指先にある、小さな花。今はまだつぼみだが、朝になれば綺麗な花を咲かせるだろう。彼女は口をつぐむと、その花を摘み始めた。ぷつり、ぷつりと花を摘む音と、小さな滝の音だけがその場に残った。




「――摘んでしまえばいいじゃない。花瓶に飾ればいい。その方が見やすいわ」


 地に這いつくばり、服を泥だらけにしながら花を愛でている従妹を見て、秋乃は思わず笑った。

 笑われた少女はタンポポに目をやったまま、いつになく真剣な表情で言う。


「摘んだら、死んじゃうから。野に咲く花はこうやって、地面に寝転がって見るのが一番好きなの」




「――……摘んだ花を持っていっても、あの子は喜ばないわね。きっと」


 占い師は適当なところで花を摘むのを辞めると、立ちあがった。服に付いた土を軽く払う。頬を伝うものは、拭わなかった。


「……あの子ともう一度会えるかどうかも分からないけれど」


 一人きりになった占い師は、滝に向かって歩き出す。彼女が歩くたびに滝の音が、村人達の声が、近くなった。


「死ぬ運命にある人間を意図的に生かした場合、他の命が、失われる」


 何度目か分からないセリフ。彼女は笑う。自分自身に。


「変えようとした未来が、生かせようとした人間が、あの忌み子だなんて皮肉よね。――そう思わない?」


 返事は、なかった。




 未来が見えた。変えてはいけないと言われ続けた。

 従妹を殺した。その子供達を忌み嫌った。

 のどかだった村の、何もかもが、狂った。

 変わってしまった。

 変わってしまったのは、


「――大嫌い」


 占い師は笑う。


 それは、自分には関係のない言葉だと思っていた。

 未来が見える、けれどもそれに抗うことはない。

 傍観するだけの生温かい場所で、生きようと思っていたのに。


「……人間はね。勝算のない打算で生きるから、面白いの」




 滝の前まで来ていた村長に、占い師は告げる。いつも通りの、透き通った声で。


「あれらは今、落石を乗り越え、森の中を走っている。けれど道中、足を滑らせて転落する。死ぬ。それが結果よ。祟りはない。村は静寂を取り戻すわ」

「――……もしも嘘を吐いているのなら、いくら君でも」

「嘘?」


 占い師は笑う。澄んだ目と、穏やかな声で。


「私は、嘘を吐いたことなんてないわ」


 彼女の手の中の蕾はしおれ、けれども花を咲かせ始めていた。






一人称の小説なのにコロコロと視点を変えてしまい、申し訳ありません。

そして謎の三人称である。本当は秋乃視点の一人称で書く予定だったんです……!

どうしてこうなった。しかしどうしても書いておきたかった。


それではくぃかそ様、お願いします!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ