兄弟と友達とそれから――と
むむむ、もう少し速めにあげられないものか……
要精進です
顔を両手で被ったハルカに、レイ以外の人間がおおよそを察する。
彼女が、どういう立場にいたのか。
これまでの異様にへりくだった態度が何に起因するのか。
レイは決して頭が鈍い少年ではないが、
それでも、レイの優しい性格が裏目に出て、人間の悪意には疎い。
今目の前でこんなにも優しく尽くしてくれている人間が、
かつて自分に害意をぶつけていた人間だという想像が出来ない。
それもそのはず、レイにとって他人から受け取る害意はすなわち過去であり、
過去とはつまり”存在しない”のだから。
肉体年齢に比べて、圧倒的に他人からの害意に経験のないレイは、
ハルカの嘆きに首を傾げる事しか出来なかった。
無言で皆がレイとハルカを見守る中、
美鈴さんが疑問の声を上げた。
「ちょっといいかい?
資料に不審な点があるんだ。
資料では双子には名前が無かったとされる。
でもそれは可能なのかい?
帝王切開をしたという事は、
それなりの施設で産んだということだろ?
つまり出生届はしたはずだ。なのにその資料がない。
双子の弟の後見人として村長宛に戸籍に関する書類が届いてるけど、
その書類に兄の記載がない。
レイの分の戸籍はどうなっているのか、
まずはこの点に関して、ハルカさんだったね、何か知らないのかい?」
ハルカは顔を被っていた手を組んで膝の上に置き、
のろのろと歯切れ悪く語りだした。
「私が知っているのは、
父やその周りの人間の話していた内容からの推察なんですけど、
その、双子の出生届は一人分しか出していなかったようです。
死産したことにして、と…………。
恐らくお金を積んだのでしょう、医師に頼んで一人分の、
弟として生まれた子供の名前だけを提出しました」
「なんでそんな面倒な事」
大道が誰へともなく舌打ち交じりに顔をしかめる。
「村には占い師がいました。
双子の凶事から村を守る為、
どうすればいいかを占った結果、
双子を六歳まで育て、六歳の朝、先に目覚めた子を捨てるようにと……
六年間、双子は兄弟の区別なく、名前すら与えられず、
まるで一人の人間を育てられるように扱われたそうです。
着る物は一人分の着物だけ、食べ物は同じ器に二人分盛る。
そうやって子供が一人であるかのように育てたんです」
「つまりその、弟一人分の届出を『枠』として提出して、
6年後、残したほうを適当にその枠にはめたって事かい?」
「そうなります」
あまりの話に全員が絶句する。
私も初めて聞いた。つまりレイは、
全くの偶然の重なりで今の状況にいるというのか。
全く偶然に双子として生まれ、
全くの偶然により難産の末に切開、
挙句全く偶然に捨てられ、あんな目に…………!!
私の毛が人知れず逆立っているのに気がついたのか、
ハルカはすまなさそうに眉を落とす。
「それでその……僕は何故この村を」
遠慮がちに口を開いたレイに、
美鈴さんとハルカが同時に顔をしかめる。
美鈴さんも必死でその話題から遠ざけたかったのだろう。
下を向いたまま口を開けずにいるハルカに、
レイの視線が突き刺さる中、
私はするりとレイの前に立ち、
尻尾をゆるゆると振ってレイの視線をひきつけた。
「私も話そう、レイ。
彼女では知らない事もあるから」
振り向くと、どうしてと目を見張るハルカと目が合った。
私は何も言わず適当に首を振って、
レイに向き直るよう正面に腰を下ろした。
いつも見慣れたはずのレイの顔が、
さっき見たアキラの顔と重なる。
すまないがハルカ、君もあいつと同じ加害者で、
紛れもなく共犯者なんだよ。だから――――
「私がこの村で知っている事をいちいち並べればとても長くなるし、
私の意にも反するから適当にかいつまむが、
君が追い出された理由は、獣狩りだ」
「獣……狩り?」
よからぬ気配を言葉に感じたのか、
もしくは記憶のかけらが反射的に作用したのか、
はじめは表情を暗くする。
「そう、獣狩り。
名目は当時村でそれなりに被害が出ていた害獣駆除、
だったが実際、村人のターゲットは君と私だった。
共に不吉な存在として、村に存在してはいけないとし、
永久追放するという村長命令が出たんだ。
……逆か、君を追い出してはいけないという村長命令が解除されたんだ。
皆、血眼で追いかけてきたよ」
遠い記憶がうっすらと脳裏をよぎる。
どっちが獣なのかというような怒声、奇声。
夜の暗闇の中、松明や武器になりそうな農具、
中には本当に武器を持って迫り来る、幾多の村人。
殺してはいけない、殺してはいけない。
でも戻してもいけない、戻してはいけない。
斬ろう、折ろう、もごう、手を、足を。
二度と戻れない体にして村の外に置いておけばいい。
酔ったように歌うようにこだまする村人達の悪意。
そんな、私でさえ始めてみた狂気の夜。
「私たちは必死に逃げた。
中には銃器や鈍器、刃物や除草用火炎放射を持ち出すものもいたかな。
とにかく、殺しさえしなければ何をしても良いという事だろう、
そういう内容の話も聞いたしな。
とにかく、君と私は同じく
『害獣』としてこの村から駆除された」
「それはその、聞いてた僕の」
「”村人全員”が、君を追い出した。
物理的に、直接な」
レイが明らかにショックを受けた顔で呆然とする。
”村人全員”とはつまり、
ある意味最高の理解者であるはずの弟、
そして自分を好いていたという今は名も顔も忘れた少女、
さらに目の前のハルカ、それら全てを含むという意味。
そして物理的に直接といった以上、
ただ村の方針に逆らえず、無視していたという事ではなく、
何らかの方法で能動的に動いたという事を意味していた。
呆然と呆けていたレイの顔がどんどん曇っていき、
肩をすぼめて小さくうつむいてしまう。
もう顔を上げてハルカを見るのも辛いのだろう。
ハルカの方も、まるで鏡に映したように
肩を縮めてうつむいている。
重たい重たい沈黙の中、最初に沈黙を破ったのは、
ぐううぅぅぅぅううううぅぅうぅ。
強烈な、腹の虫だった。
全員の視線をいっせいに浴びた沙耶歌は、
顔全体を真っ赤にして両手でお腹を抑え、
「し、仕方ないじゃないか!
さっきまでのスパイ任務ですごく緊張していたし、
それに私は昨日の夜から何も食べていないんだ」
と、一気に言い訳じみた弁解を吐き出すと、
恐る恐る上目づかいで皆を見回し、
「お昼にしないか?」
打って変わって遠慮がちに提案した。
一気に良い意味で白け、皆も同じように少なからず空腹だったのだろう、
台所に大道とレイが入っていく。
美鈴さんは大道に、沙耶歌はレイに必死になって押しとどめられ、
女性陣は軒並み調理班からは外されていた。
「材料見繕ってきます」
ハルカはそう言って屋敷を出て、食べる専門の私もそのあとを追った。
「すまないな、ハルカ」
納屋の奥で適当な野菜を拾っていくハルカに入り口から詫びると、
ハルカは振り向く事無く背を向けたまま、明るく答えた。
「いえ、あなたが言ったのは紛れもなく事実ですし、
また私は紛れもなく加害者ですから。
何を言われても当然です。
むしろ気遣っていただいて感謝しているくらいで――」
そう言って幾つか拾っていた野菜を、
その辺にあった籠に転がす。
「私は……嬉しかった、あなた方が帰ってきてくれて。
それもご友人を連れてだなんて」
「あれは友人というのかな?」
私が苦笑すると、ハルカも可笑しそうに笑った。
「『彼は戻ってこないよ、戻ってきたとしても、どうせ僕らを殺しにさ』
アキラ君なんてこう言うんですよ?
私はずっと、ずっと祈ってたんです。
いつか、どんな理由でも、どんな姿でもいい、
彼が戻ってきますようにって。
今度は逃げない、今度こそ私は彼に立ち向かいたい。
――その数秒後死ぬ事になっても、
彼の顔を見て、彼と話がしたかった。
ただ、彼の声が、聞きたかった…………」
少しだけ、ほんの少しだけハルカは声を湿らせると、
軽く首を振って、勢いよくこちらを向き直った。
「さ、皆さんお待ちかねです、行きましょう」
それはいつもの、明るく元気な満面の笑顔だった。
「時にハルカ、その籠に入ってる大量の大根とジャガイモ、
それだけで一体どんな料理を作るんだい?」
「あ、あれ!?」
うろたえてオドオドするハルカも、
私のよく知っている彼女だった。
クロさん面白いですね
美鈴さん格好いいですね
ハルカさん可愛いですね
大道? ごめんそんなキャラいたっけ?
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