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人見知りする碧  作者: くぃかそ 南晶 EARTH 白かぼちゃ うわの空
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名前

 一年前、私とレイを追い出したはずの少女は、とても穏やかな顔をしていた。いや、穏やかというか、――……。

 前を歩く少女の姿をじっと見つめていると、彼女が不意にこちらを、――私の方を見た。

 彼女は、私が話せることを知っている。そして今、美鈴さんたちがいるこの状況では話せない、ということも。

 彼女が私に向かって、小さく口を動かすのが分かった。誰にも見えないよう、声も出さずに呟いた言葉は。



『ごめんね』



 彼女はそれだけ言うと立ち止まり、村で一番の広さを誇る屋敷を見上げた。といっても周りの木々が邪魔で、ここから見えるのは屋根の一角だけなのだが。


「――……この先に、レイ様の弟にあたる人物がいます。ただ、今はまだレイ様と会わせることはできません」

「ああん!?」


 しびれをきらした大道が、舌打ちをした。


獣道けものみちみたいな裏道を通されたうえ、会えねえってどういうことだよ」

「申し訳ありません……」

「まあ落ち着け、おじさん。それよりも、彼女に訊きたいことがあるのだ」


 おじさんという沙耶歌の言葉に、大道と同い年の美鈴さんが反応した。

 彼女、と呼ばれた少女は、「なんでしょうか」と小首をかしげた。その仕草には、若干の緊張と警戒が含まれていた。


「どうしてあなたは少年の、……『レイ』という名前を知っている? この村にいた頃は、その名前ではなかったはずだ」

「ああ」


 沙耶歌の質問に少女はため息をつくと、微笑んだ。


「先ほど、あなた方を追い出した男性……。現村長なんですが、あなた方が追い出されたすぐ後、彼から色々と訊き出しました。レイという名前も、その時に」

「……じゃ、あんたはレイの本名を知ってるんだね?」


 少女の言葉を聞いていた美鈴さんが尋ねた。


「本名というか……」


 少女は苦笑する。そう、レイの『本名』はあくまでも、この少女がつけたものなのだ。


「どうして本名で呼ばないんだい」

「それは……」


 少女は、レイと目を合わせないよう、顔をそむけた。



「私にはもう、その資格がないから」



 若干気まずい沈黙の後、少女は微笑みながら口を開いた。


「……『レイ様』の弟は、お祓いのされている部屋から出ることができません。また、その部屋に行けるのは私を含め、彼の給仕きゅうじのみです。――そこで」


 少女は沙耶歌の方を見ながら、笑った。


「まず、あなたが給仕に扮して屋敷に潜入し、彼に接触してください。そこで、彼とレイ様を会わせるかどうか、……あなたが決めてください」

「む? 私が?」

「待ってください。そんなことしなくても、僕は絶対に彼と会いますよ。だって彼は僕の――」

「いいから」


 レイの言葉を、少女は遮る。


「彼はもう、レイ様の思っているようなひとではないんです。だからまず、レイ様ではない、――この村の住人でもない他人かたに、彼の姿を見ていただきたい」


 少女はそう言うと、レイや美鈴さんたちの顔を見渡した。そしてやはり、沙耶歌の方を向いた。


「給仕に紛れるには、貴女が一番最適かと……」

「まあ、レイは論外だし、私じゃ身長が高すぎて目立つだろうし、大道じゃお化粧させても、マンドリルになるだろうしねえ」

「ああ!?」

「わかった。やろう」


 美鈴さんと大道のコントをスルーし、沙耶歌は笑った。……若干、楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。


「つまり、スパイという奴だな? これは女スパイという奴だな!?」

「いえ」


 興奮気味の沙耶歌のセリフに、少女は苦笑した。


「彼は『忘れる』のも得意ですが、『覚える』こともまた得意なんです。あなたたちの姿は遠目から一度見ているので、あなたが給仕に紛れ込んでいても、彼ならすぐに判別できると思いますよ」

「スパイにならないではないか」

「大丈夫です、貴女ならきっと」


 少女はそう言うと、沙耶歌以外のメンバーに顔を向けた。


「他の方々は、私の実家にご案内します。……といっても、何年も使っていない場所なんですが。遠慮なくお使いください」

「よし少年! 私は行くぞ! スパイだぞ!」

「クロさん、あの……」

「安心しろ少年。私は子供の頃、探偵に憧れていた人間だ!」


 なににどう安心していいのか分からない。




 少女は、今は誰も住んでいない自分の実家にレイたちを案内した後、沙耶歌と二人で屋敷に向かって歩き始めた。その時少女が、私に向かって目配せしたのが分かった。――ああ、そうか。


「にゃあ」


 私はレイに向かって鳴き、それから首を振って『ついてくるな』の合図をすると、自慢の脚で全力疾走した。先ほど通った人気のない獣道まで戻り、適当なところで木によじ登る。

 何故少女が、『人気のない獣道』を選らんで、私たちを『入れない屋敷の手前』まで連れてきたのか、ようやく理解した。


 私のためだ。

 木の上から彼の部屋を見られる場所を、黒猫わたしに教えるために。



 私が木の上から部屋を覗くと、給仕姿になっている沙耶歌と少女、それから、レイにそっくりな少年の姿が見えた。少年は窓に背を向け、沙耶歌と少女はこちらを向いて立っている。


「そこの彼女と、二人きりになりたい。君は外に出て」


 少年の命令に、少女は反応した。


「けどっ……」

「いいよね? 僕が命じているんだよ?」

「私は構わない」


 沙耶歌が微笑むと、少女は目を伏せ、部屋から出ていった。それを見た少年は、畳に直接腰掛ける。少年の身体の向きが変わったおかげで、私のいる位置からも、彼の横顔が見えるようになった。


「適当なところに座って?」

「いや、着物で座るのは面倒だから立ったままでいい。それより、本当に少年そっくりだな」


 沙耶歌の言葉を聞いたレイの弟は目を丸くし、それから声をあげて笑いはじめた。


「あなたは変わっているね」

「そうか? よく言われるんだが、やはりそうか?」

「なぜ、彼のことを名前で呼ばない? 名前、あるんでしょ? 彼にもさ」

「少年は、少年だからな」


 沙耶歌は腕を組み、笑った。


「少年の名前が明日、『伊勢海老』になっても『石ころ』になっても、少年は少年だ。名前などで決まる価値じゃないだろ? 私にとって、名前というのは大切だが、ある意味どうでもいいものなのだ。だから私のことも、香坂でも沙耶歌でも、クロさんと呼んでくれても構わん。……無いものねだりの逆で、あるもの要らずってやつかもしれん」


 沙耶歌の言葉に、少年は歪んだ笑みを浮かべた。


「あなたは本当に変わっているね」

「なんなら、変人と呼んでくれ」

「人間は、名前にこだわる生き物だと認識していたのだけれど?」


 少年の言葉を聞いて、沙耶歌は寂しげな笑みを浮かべた。


「こだわっているのは、君だろう」

「……なに?」

「名前に執着しているのは、君の方だろう」


 沙耶歌の言葉に、震える少年の肩。


「――……あんたには分からない」


 鋭くなる、言葉と空気。


「与えられた名前を、一度たりとも呼んでもらえない。そんな『物』の気持ちなんて、あんたには分からないんだよ」


 沙耶歌の顔が、少年のそれとは別の意味で、歪んだ。



すみません、恐ろしいくらいに長くなりました……。


くぃかそ様、お願いします!

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