閑話休題 片割れ
あけましておめでとう御座います
くぃかそです
今回は私にしては珍しくどっぷりドロドロ
飲み物でいうならトルココーヒー(注:検索してみてね)
今回は閑話休題
視点変更の三人称でお届けです
では、どうぞ
2012 1/3
誤字脱字を回収 一部に表現を追加
猫一行が村に到着してすぐ、それを眺める少年がいた。
少し茶色い髪は、かなり適当にカットされていて、
頭のあちこちから四方八方にはねている。
セットのように見えなくも無いが、恐らく単に無頓着なだけだろう。
10月の肌寒い気温にも関わらず、淡黄色の薄い浴衣の上から黒い羽織を、
袖を通さずに羽織っている。
服装は整っていて清潔感が漂うものの、
気を使って整えたといった感じはない。
まるで着付けられた人形のように。
その少年がいるのは村の最奥の屋敷の離れ
――さらにその中心に位置する座敷の窓――
から、指先ほどもない一行を眺めていた。
その部屋には少年の他に誰もいない。
車から皆が出てきた所を目撃すると、少年はきびすを返して振り返り、
男声にしては少し高い、良く通る声を響かせる。
「誰か!」
同時に、少年から一番遠いふすまが即座に開き、
そこにいる、頭を深く下げて座る和装の女性数名が姿を現した。
「彼女をここへ」
無言の女性衆に少年は簡潔な文章で命令を下す。
台詞が終わると即座に、一人の女性が音も無く消え、
少年が窓のほうを向くとふすまは音も無くすべり、
何事もなかったかのように閉じた。
数分後、一人の少女があたふたと同じふすまを開けて現れる。
服装は先の女性衆と同じく和装で、
うなじを隠す程度の黒髪を後で一つにまとめている。
「す、すいません。遅れてしまって」
「こっちへ」
浴衣の少年はさっきと同じく短い命令を下し、
少女は黙ってそれに従う。
ふすまが閉まると、少年はさっきとは打って変わった明るい笑顔を浮かべ、
少女の手を取って立たせた。
「ごめんね急に」
「ううん、それより何かあったの?」
少年は無言で窓の外をそっと指差す。
「『彼』が来た」
驚愕の表情を浮かべて、少女は凍りつく。
「仲間がいるけど、荒っぽい感じではなさそうだね」
「…………」
少女は食い入るように窓の外を見つめ、隣にいる浴衣の少年はすでに意識の外だ。
「小屋のほうに行く」
少女は呟くようにいうと、祈るように硬く目をつぶった。
隙間から雫がじんわりと滲む。
「――分かってると思うけど」
少女に冷たく、浴衣の少年は言い放つ。
「彼はもう君の知ってる『彼』じゃないよ。
彼の恨みも憎しみも、紛れもない君の咎で、彼の正当な怒りだ」
「分かってる」
少女は暗い表情で、思いつめた目をし、
自分に言い聞かせるように言った。
「私はそれを受ける義務がある」
――――昔の話。
山奥の村に男の双子が生まれた。
その村の者は狂信的で、不吉とされる双子を壮絶に恐れた。
占い師はまず双子の両親を殺し、6年間双子を育て、
6年後の朝、先に目覚めた子供を捨てるよう告げた。
そしてそれは即座に実行された。
捨てられた方の双子はその後、人間でなくなった。
夏は腐りかけた食べ物を食し、冬は半分凍った水を飲む。
厳しいは寒さに震えて日付単位で眠れず、
食べ物は凍り付いて食べれない。飢えて土を食べた事もあった。
言葉は話せる。6歳まで人間だったから。
殺されはしない。村長が殺すなと言ったから。
だから、少年は死ぬことさえ出来ず、ただ本能のまま、生きた。
一方、残った片割れも凄惨な日々をすごした。
別に捨てられなかっただけで、彼も双子なのだ。
自由などなく、魔除けと御払いのされた空間から出ることは許されない。
名は与えられても誰も呼ばない。
禍神として扱われ、囚われて生きる。
全てを縛られ、視線の向ける先まで強要された。
人形であることを強いられた。
彼は、片割れと等しく孤独だった。
そんな彼の生きる理由は、他ならぬ片割れだ。
無かった事にされてなお、捨てられてなおたくましく生きる片割れに、
彼は深い尊敬と誇りを持っていた。
そして自分の片割れがどんな生き方をしているか知りながら、
片割れを無かった事にした大人達に、
何よりぬくぬくと平穏に生きる自分を憎しみながら、
名付けられた少年は囚われ、飼われるように生きた。
また、名のない少年も、たまに村人の口から出る片割れの立派な様を、
とても誇りに、大事に思っていた。
会わずとも伝わる、双子の絆だった。
そんな名のない少年を、いつからか助ける人物が現れた。
それが、『彼女』だった。
彼女が食べ物を、着物を、隠れる場所を、全てを与えた。
彼女と繋がって少年は人間になった。
少年は後に人の言葉を話す猫と出会い、少女と共に、
ささやかで、けれどかけがえのない日々を送り、やがて、
全てを亡くした。
名のない少年を、名付けられた少年が、
村から猫と共に追い出した。出来る限り残酷な演出をして。
彼のために。
彼が今後幸せに、外の世界で生きるように。
無理やりにでも頬を引きつらせて哂い、
目を刺すようにして涙を止め、
敬愛する片割れを、徹底的に追い出した。
そして『彼女』もそれに加わった。
ただ名の無い彼の幸せを心から願って。
誰より大切な彼を、少女は残酷な笑みを演技して、
すがる手を振り払って拒絶した。
本当はついて行きたかった。どこまででも二人笑いあって、
幸せに生きていきたかった。
――村長の娘でさえなければ。
自分が行けば父は殺される。父が死ねば、双子は即座に殺されるかもしれない。
そう言い聞かせ、唇を噛み切る思いをして、彼女は大切な人を失った。
少女は今でも、ふらふらと村を出る彼の背を夢に見る。
あれで本当に良かったのだろうか、間違ったのではないか。
理性で積み上げた理屈はいとも簡単に崩れ、どうしようもない葛藤が夜を襲う。
それは一年たった今でも彼女の胸を苦しめた。
「私がちゃんと受け止めないと」
強い意志を持って目を見開く少女の頬は、幾重にも雫の垂れたあとが光っている。
少女は軽く頬を袖で拭うと、無理やりひねりに笑顔を浮かべ、
少し鼻声になった声でいった。
「大丈夫、父さんは村長の座を降りて、もう貴方は大丈夫でしょ?
だったらもう――大丈夫」
「『彼』は僕達を殺しに来たのかもしれないよ?」
名付けられた少年は笑った。
「そんなこと絶対無い、だって彼は貴方のお兄さんだもん。
きっと貴方と同じで」
「僕に兄弟はいないよ?」
彼女の台詞を遮り、少年は不思議そうに少し首を傾げる。
「僕に兄弟はいないよ?」
壊れた機械のように同じ動作を繰り返す少年。
さっきまでの柔らかい笑みは消え、硬い表情を浮かべている。
「……分かってる」
「僕に兄弟はいないよ?」
「分かった、分かったから」
少女は涙を流しながら、少年に向かって深々と頭を下げる。
「失礼を……致しました」
少女の言葉を聞き、少年の瞳に光が戻る。
それを確認すると、少女は少年に背を向けて無言で入ってきたふすまの前へ移動し、
「失礼致します」
厳粛な態度と言葉と共に部屋をあとにした。
自分の唯一の肉親と、
唯一の救いの『彼女』に村を追い出されて、
名のない少年が全ての記憶を失ったように、
名付けられた少年も失った。
少年の背に写る幾重もの傷跡。
焼印、刺傷痕、醜い痣。
何十日にも及ぶ拷問が、
一人の少年にくだらない条件反射を刻むためだけに行われた。
兄、弟、兄弟。
そんな言葉を聞けば即座に答えるその台詞。
『僕に兄弟はいないよ?』
自然に普通に振舞うように、表情まで、仕草まで矯正された。
誰かの謝る台詞を聞くまで、ずっとその動作を意識もなく繰り返す。
それ以外の領域を守ったのが奇跡的なほど、深く徹底的に、
少年の心は壊れた。
誰もいなくなった部屋で意識の戻った彼は、窓の外の乗り物を、長い間ずっと眺めていた。
頑張ったけどこんなに長くなってしまった
次は南様、よろしくお願いします
本年も『人見知りする碧』を、
どうかよろしくお願いします(筆者団一同)