表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人見知りする碧  作者: くぃかそ 南晶 EARTH 白かぼちゃ うわの空
20/51

はじまりの場所

 村の入口。そう表現したが、厳密には入口があるわけでも、『ここからが村の敷地です』という線が引かれているわけでもない。


 ただ、私には分かる。

 空気が、違うから。

 


「……で、どこに向かえばいいんだい?」


 あたりを見渡しながら、美鈴さんが声を出す。しかし、問いかけられたレイは申し訳なさそうな声を出した。


「分かりません……」


「あ、そうか」


 レイは記憶を失っているのだ。どちらに行けばいいのかなんて、分かるはずがない。

 ここから見えるのはせいぜい、平屋と畑くらいだ。


 けれど、私は覚えているから。

 君と出会ったあの日のことも。一緒に遊んだ場所も。

 ちゃんと覚えているから。


「……にゃあ」


 私は小さな声を出すと、レイの半歩前に出た。私の意図に気付いたレイが、「とりあえずこっちに行ってみましょう」と皆に声をかける。私はレイの半歩前を、ゆっくりと歩き出した。


 目的地は、決まっていた。

 村に着いたら、最初に連れて行こうと思っていた場所。


 私とレイが、初めて会った場所。




 そこは私の寝床で、大道の家を更に劣化させたような掘立て小屋だった。

 村の端にあるボロボロの小屋は、『黒猫』の私がこの村で暮らせる唯一の場所で、


「わあ、猫ちゃんだ!」


 ――彼が初めて小屋に来た時は、正直困惑した。追い出されると、思ったから。

 けれど彼は、私の黒い毛など気にする風でもなく、私が人語を話せることを喜び、


「僕たち、友達になろう?」


 こちらをまっすぐ見ながら、そう言った。


 彼は毎日のように小屋に遊びに来ては、『その日の自分の名前』を私に報告した。それからよく、難しい本を読んでいた。――彼が自分の名前に凝り始め、読みにくい(かつ分かりにくい)名前をつけるようになったのは、そのせいかもしれない。


「そういえば、君にも名前がないね」


 彼はある日、ふと思い出したようにそう言った。


「私には名前など、必要ないからな」


「……ふーん」


 名前など、必要ない。

 あの時は本当に、そう思っていたんだ。




 彼が『あの娘』を連れて来た時もまた、私は困惑した。しかし、素直に喜んだ。彼を受け入れてくれる人間が、この村にもいたのだと。――いや。彼女は、私の存在までもを認めてくれた。


「この猫ちゃんにも、名前をつけよう」


 少年に名前を与えた少女は、私の方を見て頬笑んだ。それから二人で、私の名前を考え始めた。クロという名前も候補に挙がったが、却下された覚えがある。そして、


「決めた! 猫ちゃん。君の名前は、×××。……どう?」


 彼女に言われた名前。生まれて初めてもらった、名前。


「……いい、と、思う」


「思うって、自分の名前なのにー」


 膨れっ面をする彼女を見て、少年は笑った。きっと照れてるんだよ、と彼女に説明をする。彼は私との付き合いが長いだけあって、私のことをよく知っていた。


「じゃあ決定!」


 彼は私の方を見て、嬉しそうに笑った。そして、言った。


「君の名前は、×××。僕の名前は、」




 それから半年後。村を追い出された少年は、


「僕の名前は……」


 自分の名前も、村のことも、少女のことも、


「君の、名前……?」


 私の名前も、忘れてしまった。



 私は記憶を失った少年に向かって、笑いかけた。


「……私には、名前なんてないんだよ。必要、ないからね」



 嘘だ。本当は、嬉しかったんだ。名前を貰えて、呼んで貰えて。

 存在を認めて貰えた気がして、嬉しかった。


 だから。

 村に行くことを提案したのは。小屋に案内しようとしているのは、私のエゴでしかない。

 期待してるんだ。


 彼がもう一度、私の名前を呼んでくれることを。





「――ひっ!」


 後ろから小さな悲鳴が聞こえてきて、私は振り返った。背中の毛が逆立つのを自覚する。

 私たちの背後にいたのは、村人だった。早朝なら村人には会わないだろうという、誤算。農作業のために外に出たらしい中年男性は、黒猫……つまり、私を見て腰を抜かしていた。


「む? 私の美貌に、腰が抜けたのか?」


 こんな間抜けなことを言うのはもちろん沙耶歌だが、彼女も分かっているはずだ。

 村人の反応の、意味を。


「お、お前ら……」


 村人は私とレイの顔を交互に見比べ、それから沙耶歌たちに向かって叫んだ。


「お前ら、『それ』から離れろ! 早く! 『それ』は、呪われて――」


 村人はそこで言葉を切ると、自分の家へと逃げ帰った。



 美鈴さんと大道が、村人からレイへと目をやる。レイは浅い呼吸を繰り返し、小刻みに身体を震わせていた。一瞬訪れる静寂。それを破ったのは、


「すまんな猫ちゃん。しかし、言わせてくれ」


 沙耶歌だった。


「少年」


 沙耶歌の声に、レイが振り返る。沙耶歌は、――微笑んでいた。


「君がどちらを選んでも、私たちは怒らない。『帰ること』を選んでも無駄足だったとは思わないし、『進むこと』を選んでも不快だとは思わない。絶対に。だから」


 彼女は私の方を見て、……私にも、笑いかけた。



「私たちのことは気にせず、自分の進みたい道を行けばいい」



 肌寒い風が、彼女の髪をかすかに揺らした。



書きたいものを詰め込みました、うわの空です。


それではくぃかそ様、お願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ